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3 英雄トーナメント
7.王のもてなし2
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夕食の席の最終確認をしていた審判……ルーワンは、義父サハルが来たのに気づいた。
「今宵の客人は、下賤の者どもにございます。同席なさる必要はございません」
義父の上着を受け取りながら言う。
「酒だ」
一言、サハルは命じた。
すぐに給仕の女官が現れた。サハルの握った盃に、温めた提子から、慎重に酒を注ぐ。
彼女の手が震えていたとしても無理のないことだった。かつて、ほんの数滴こぼしたというだけで、斬り殺された同僚がいたのだから。
幸い、女官は一滴も零すことなく、注ぎ終えることができた。安堵のあまり呆けたようになっている彼女をじろりと見やってから、サハルはぐっと一息で盃を開けた。
目で合図をし、ルーワンは女官に、厨房へ下がらせる。再び突き出された盃に、自ら酒を注ぐ。
「義父殿。お礼を申し上げます」
「礼?」
口元に持っていきかけた盃を、サハルが止めた。目元がほんのりと赤い。大量の酒を飲むこの義父は、実は酒に弱いのだということを、ルーワンはよく知っている。
「本日、貴方は、このわたくしに同席して下さいました。わたくしが、地下の迷路の試合の審判をしておりました時」
「たまたま通りかかっただけだ」
「わたくしがどんなに心強かったか、義父殿にはお分かりになりますまい」
「なんだ。地下が怖いのは克服したのではなかったか?」
ルーワンの母エルナは、エルファに領土を貰う手土産に、息子を宮殿の地下牢に投げ込んでいった。サハルが彼を牢から解放するまで、ルーワンはずっとそこに閉じ込められていた。
もっとも、ルーワン自身は、自分が地下牢に入れられたいきさつを知らない。気がついたら、地下牢の暗さと静けさに怯えていた。
「義父殿がおられます宮殿の、どこが怖いことがありましょう。わたくしが言いたいのは、義父殿のお力で、神官共の反論を封じることができたということです」
三人の勝者の順番については、異論の余地はなかった。けれど、ルーワンは若輩者だ。彼が審判を務めたとあっては、三人の成績について疑義が出てくる可能性があった。
義父であり王でもあるサハルは、公正な試合を望んでいる。ルーワンを審判役に任命したのは、義理の息子に権威を与える為だということはわかっている。けれど、経験の浅い彼には、完全に役不足だった。
「第二試合の結果は、義父殿もご覧になっておりました。わたくしの判定に疑問を唱える者はおりますまい」
サハルは鼻で笑っただけだった。
「わたくしの地下牢への恐怖は、完全に払拭されました」
提子を卓に置き、ルーワンはサハルににじり寄った。高貴な体に焚き込められた香の香りがする。
幼いルーワンが閉じ込められていた一室は、狭く暗く、湿気の多い部屋だった。閉所や暗闇への恐怖を克服できたのは、義父のお陰だ。
義父は彼を地下牢から救出してくれた上、養子に取り立て、教育まで施してくれた。しかも、武芸や馬術は、義父自らが手ほどきするという念の入れようだ。
今ではルーワンは、エメドラードの立派な貴公子だ。全て、義父サハルのおかげだ。
「けれど、義父殿。なぜかあのホライヨンは、暗闇を恐怖するようですね」
「ああ、お前と同じだな」
愉快そうにサハルは笑った。釣られて少しだけ笑い、ルーワンは眉を顰めた。
「あの者と同じなどと。御冗談を」
「なんだ。あいつが嫌いか」
「ええ、大嫌いです」
「なぜ?」
「なぜと申されましても……」
ルーワンは首を傾げた。ホライヨンというあの鷲の王が嫌いだ。けれど、これといって理由が思いつかない。
「やはり姉妹なんだな。同じ仕打ちをしやがったんだ」
サハルが感心したように首を振っている。
誰と誰が姉妹なのだろう、とルーワンは思った。自分とホライヨンに関係した二人なのだろうか。
けれど、義父に尋ねることはしなかった。なんとなく、彼がそれを望んでいないような気がしたからだ。そしてルーワンは、義父の気に染まぬことは、決してしない。
さり気なく、話題を変えた。
「あのホライヨンという鷲の王は、前王の息子なのでしょう?」
「ほう、知っていたか」
「城内その噂でもちきりです」
「ふうん」
「危険ではないのですか?」
ルーワンはきまじめな顔で、サハルを見つめる。
「何が?」
「あの男は義父殿のお命を……」
サハルは盃を乱暴に卓に叩きつけた。赤い瞳が凄みを帯びている。
「俺があいつに殺られるとでも?」
「そのようなこと、わたくしが許しません」
飛び散った酒を浴び、なおも毅然としてルーワンが答える。
「ただ、あの男は、しきりと王座を気にしているようで……玉座のある方角ばかり見ておりました」
「ふん」
「このようなトーナメントに、意味があるのでしょうか」
敢えてルーワンは疑問を呈する。だって、この国で一番の勇者は、王である義父に決まっている。サハル以上に勇敢な戦士が、この国にいるわけがない。トーナメントに優勝したとしても、その者は二番手だ。決して、一番手ではない。
王の企画した大会に疑問を唱えたのだ。怒りを買ってしまったかもしれない。恐る恐る、ルーワンは義父の様子を窺う。
意外にも、サハルは冷静だった。
「俺は、あいつの欲しがっている物を返してやりたいだけだ」
「ホライヨンの欲しがっているもの?」
サハルは答えなかった。その沈黙に、ルーワンははっとした。
「では、義父殿は、あの者が優勝するとお考えなのですね?」
「実力があればの話だ。勝負は公平だ」
サハルの投げ捨てた盃を、ルーワンが拾い上げた。新しいものに取り換え、酒を注ぐ。手首まで覆った袖口から、何か白い粉のようなものが酒と共に盃に舞い降りたが、サハルは気がつかない。
「それより義父殿。わたくしの肌を染めて下さってありがとうございます。おかげで、目立たずに審判の仕事を成すことができます」
ルーワンには、肌の色を変える魔法が施されていた。彼の本当の肌の色は、深い緑色だ。それを、魔法の力で、この国の民と同じこげ茶に変えたのは、サハルだ。
「ああ、それか。お前にはまだ、ここにいて欲しいからな。やってほしい仕事がある」
「義父様のお側を離れるなど、考えられません!」
勢い込んで、ルーワンは叫んだ。
「貴方様は、わたくしの父上です。子は、父を慕うものです」
「父親? 義理の、だがな」
サハルが訂正する。
「いいえ。わたくしが父と慕うは、貴方様おひとり。信じて下さい。わたくしは決して、義父殿を裏切らない。何が起ころうと、誰が何と言おうとも。わたくしは終生、貴方様のお味方です」
「滅多なことで一生の約束をするんじゃない」
きつい声が諫めた。咎める口調だったが、怒りを孕んでいるわけではない。
「俺はそんなことは望んではいない」
「義父殿……」
ルーワンの目に傷ついた色が浮かんだ。一瞬、泣きそうになるのを、寸前のところで踏みとどまった。
「本日はお疲れになったでしょう? ご酒もお上がりになられたし、もう、お休みになられたらいかがでしょう」
「疲れてなんかいない。勝者どもと語らいたい」
「義父殿が、そこまでなさる必要はありません」
いずれも卑しい身分の者どもだ。いかに勝者であろうとも、王が自らもてなすなど、以ての外というものだ。
力自慢と魔法使いはまだいい。ルーワンが最も義父に近づけたくないのは、鷲の王だった。たとえ前王の息子であろうとも、今では彼も、卑賎の者に違いない。
その上彼は、明確にサハルの敵だ。サハルは彼の父を倒して、王座を手に入れたのだから。サハルに対して、どのような挙に出るか、わかったものではない。
けれどそれは、後付けの理屈だった。ルーワンはとにかく、あの男が虫が好かない。サハルを見つめる目が気に喰わない。あのような者に、義父を会わせるわけにはいかない。
「誰をもてなそうと、俺の勝手だ」
サハルが盃を突き出した。
「それは、下に落ちたものです。こちらをどうぞ」
ルーワンが渡した盃を、サハルは一息で飲み干した。
「なんか、こちゃこちゃしてるなあ」
卓の上に所狭しと並べられた料理を睥睨しながら、ゴールが文句を言った。
「だが、見ろよ! 舌平目のムニエル、生きたままの大赤エビ、そうかと思うと、百合根に蓮の実、銀杏などの山の幸。まさに山海の珍味だ。その上、芋やカボチャは一度千切りにしてから揚げてあるという手の込みよう。おや、鯉こくまであるよ」
碗の汁をぺろりと嘗めて、ケフィルは満足そうだ。
「だがよ、みんな小せえよ。こんな小さな食器、俺は始めて見たぜ」
ゴールはなおも不満げだ。
「お代わりをしてもいいんですよ」
口元に笑みを含みながら、審判が言う。ゴールはむくれた。
「俺は、一気にガアッと食いたいの。ちまちま食ってたんじゃ、空気ばかり飲み込んで、腹の足しになりゃしねえ。お前もそうだろ、ホライヨン」
「え?」
上の空で上座の辺りを窺っていたホライヨンは、急に声を掛けられて我に返った。
「何?」
「こんなお上品なお食事じゃ、もの足りねえよな」
「足りないと言えば、審判さん。サハル陛下は来ないんですか?」
強引にホライヨンは、王に関する話題に振り直す。
「ここまで案内してくれた女官の話では、国王陛下が、俺たちをねぎらってくれるということでしたが」
審判の少年のような顔が、わずかに歪んだ。
「それが、陛下に於かれましては急に体調を崩されてしまいまして」
「腹痛か? 刺身があたったのか?」
ゴールの胴間声が響き、ケフィルが、口に入れたばかりのイカを吐き出す。素早く彼にナプキンを渡しながら、審判は言った。
「いいえ。ただちょっと、お疲れになっただけです」
ホライヨンはため息をついた。
「そうか。それは残念。とても、残念だ」
赤い髪と青い衣。
夢のように美しい人。
会いたい。会って確かめたい。本当にあの人だったのか。
あの人?
……誰?
宴が始まると(ゴールとケフィルはとっくに食べ始めていたが)、審判がホライヨンの隣へやってきた。皿に、あれやこれやの料理を取り分けてくれる。
「皆さんにお聞きしているのですが……」
既にいい感じにできあがっている他の二人をちらりと見てから、審判は言った。
「もし優勝したら、ホライヨンさんは、何をご所望ですか?」
ホライヨンは首を傾げた。
「もしかして、まだ決めていらっしゃらないとか? いえ、恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。ゴールさんもまだだそうです」
「決めてはあるんです。ただ、母と意見が合わないと言うか」
「ああ! よくあることです。家族や村の人と意見が合わないということは」
訳知り顔に審判が頷く。
「いえ、僕の心は決まっています。他の賞品なんて、考えられません」
「それは何ですか? 準備の都合がありますので、差し支えなければ教えて欲しいのですが」
「準備なんていりませんよ」
「なぜ?」
審判の目に、好奇の色が宿った。
「僕は、愛する人が欲しいのです」
審判の箸から、つまんでいて揚げ物が、ぽろりと落ちた。
「今宵の客人は、下賤の者どもにございます。同席なさる必要はございません」
義父の上着を受け取りながら言う。
「酒だ」
一言、サハルは命じた。
すぐに給仕の女官が現れた。サハルの握った盃に、温めた提子から、慎重に酒を注ぐ。
彼女の手が震えていたとしても無理のないことだった。かつて、ほんの数滴こぼしたというだけで、斬り殺された同僚がいたのだから。
幸い、女官は一滴も零すことなく、注ぎ終えることができた。安堵のあまり呆けたようになっている彼女をじろりと見やってから、サハルはぐっと一息で盃を開けた。
目で合図をし、ルーワンは女官に、厨房へ下がらせる。再び突き出された盃に、自ら酒を注ぐ。
「義父殿。お礼を申し上げます」
「礼?」
口元に持っていきかけた盃を、サハルが止めた。目元がほんのりと赤い。大量の酒を飲むこの義父は、実は酒に弱いのだということを、ルーワンはよく知っている。
「本日、貴方は、このわたくしに同席して下さいました。わたくしが、地下の迷路の試合の審判をしておりました時」
「たまたま通りかかっただけだ」
「わたくしがどんなに心強かったか、義父殿にはお分かりになりますまい」
「なんだ。地下が怖いのは克服したのではなかったか?」
ルーワンの母エルナは、エルファに領土を貰う手土産に、息子を宮殿の地下牢に投げ込んでいった。サハルが彼を牢から解放するまで、ルーワンはずっとそこに閉じ込められていた。
もっとも、ルーワン自身は、自分が地下牢に入れられたいきさつを知らない。気がついたら、地下牢の暗さと静けさに怯えていた。
「義父殿がおられます宮殿の、どこが怖いことがありましょう。わたくしが言いたいのは、義父殿のお力で、神官共の反論を封じることができたということです」
三人の勝者の順番については、異論の余地はなかった。けれど、ルーワンは若輩者だ。彼が審判を務めたとあっては、三人の成績について疑義が出てくる可能性があった。
義父であり王でもあるサハルは、公正な試合を望んでいる。ルーワンを審判役に任命したのは、義理の息子に権威を与える為だということはわかっている。けれど、経験の浅い彼には、完全に役不足だった。
「第二試合の結果は、義父殿もご覧になっておりました。わたくしの判定に疑問を唱える者はおりますまい」
サハルは鼻で笑っただけだった。
「わたくしの地下牢への恐怖は、完全に払拭されました」
提子を卓に置き、ルーワンはサハルににじり寄った。高貴な体に焚き込められた香の香りがする。
幼いルーワンが閉じ込められていた一室は、狭く暗く、湿気の多い部屋だった。閉所や暗闇への恐怖を克服できたのは、義父のお陰だ。
義父は彼を地下牢から救出してくれた上、養子に取り立て、教育まで施してくれた。しかも、武芸や馬術は、義父自らが手ほどきするという念の入れようだ。
今ではルーワンは、エメドラードの立派な貴公子だ。全て、義父サハルのおかげだ。
「けれど、義父殿。なぜかあのホライヨンは、暗闇を恐怖するようですね」
「ああ、お前と同じだな」
愉快そうにサハルは笑った。釣られて少しだけ笑い、ルーワンは眉を顰めた。
「あの者と同じなどと。御冗談を」
「なんだ。あいつが嫌いか」
「ええ、大嫌いです」
「なぜ?」
「なぜと申されましても……」
ルーワンは首を傾げた。ホライヨンというあの鷲の王が嫌いだ。けれど、これといって理由が思いつかない。
「やはり姉妹なんだな。同じ仕打ちをしやがったんだ」
サハルが感心したように首を振っている。
誰と誰が姉妹なのだろう、とルーワンは思った。自分とホライヨンに関係した二人なのだろうか。
けれど、義父に尋ねることはしなかった。なんとなく、彼がそれを望んでいないような気がしたからだ。そしてルーワンは、義父の気に染まぬことは、決してしない。
さり気なく、話題を変えた。
「あのホライヨンという鷲の王は、前王の息子なのでしょう?」
「ほう、知っていたか」
「城内その噂でもちきりです」
「ふうん」
「危険ではないのですか?」
ルーワンはきまじめな顔で、サハルを見つめる。
「何が?」
「あの男は義父殿のお命を……」
サハルは盃を乱暴に卓に叩きつけた。赤い瞳が凄みを帯びている。
「俺があいつに殺られるとでも?」
「そのようなこと、わたくしが許しません」
飛び散った酒を浴び、なおも毅然としてルーワンが答える。
「ただ、あの男は、しきりと王座を気にしているようで……玉座のある方角ばかり見ておりました」
「ふん」
「このようなトーナメントに、意味があるのでしょうか」
敢えてルーワンは疑問を呈する。だって、この国で一番の勇者は、王である義父に決まっている。サハル以上に勇敢な戦士が、この国にいるわけがない。トーナメントに優勝したとしても、その者は二番手だ。決して、一番手ではない。
王の企画した大会に疑問を唱えたのだ。怒りを買ってしまったかもしれない。恐る恐る、ルーワンは義父の様子を窺う。
意外にも、サハルは冷静だった。
「俺は、あいつの欲しがっている物を返してやりたいだけだ」
「ホライヨンの欲しがっているもの?」
サハルは答えなかった。その沈黙に、ルーワンははっとした。
「では、義父殿は、あの者が優勝するとお考えなのですね?」
「実力があればの話だ。勝負は公平だ」
サハルの投げ捨てた盃を、ルーワンが拾い上げた。新しいものに取り換え、酒を注ぐ。手首まで覆った袖口から、何か白い粉のようなものが酒と共に盃に舞い降りたが、サハルは気がつかない。
「それより義父殿。わたくしの肌を染めて下さってありがとうございます。おかげで、目立たずに審判の仕事を成すことができます」
ルーワンには、肌の色を変える魔法が施されていた。彼の本当の肌の色は、深い緑色だ。それを、魔法の力で、この国の民と同じこげ茶に変えたのは、サハルだ。
「ああ、それか。お前にはまだ、ここにいて欲しいからな。やってほしい仕事がある」
「義父様のお側を離れるなど、考えられません!」
勢い込んで、ルーワンは叫んだ。
「貴方様は、わたくしの父上です。子は、父を慕うものです」
「父親? 義理の、だがな」
サハルが訂正する。
「いいえ。わたくしが父と慕うは、貴方様おひとり。信じて下さい。わたくしは決して、義父殿を裏切らない。何が起ころうと、誰が何と言おうとも。わたくしは終生、貴方様のお味方です」
「滅多なことで一生の約束をするんじゃない」
きつい声が諫めた。咎める口調だったが、怒りを孕んでいるわけではない。
「俺はそんなことは望んではいない」
「義父殿……」
ルーワンの目に傷ついた色が浮かんだ。一瞬、泣きそうになるのを、寸前のところで踏みとどまった。
「本日はお疲れになったでしょう? ご酒もお上がりになられたし、もう、お休みになられたらいかがでしょう」
「疲れてなんかいない。勝者どもと語らいたい」
「義父殿が、そこまでなさる必要はありません」
いずれも卑しい身分の者どもだ。いかに勝者であろうとも、王が自らもてなすなど、以ての外というものだ。
力自慢と魔法使いはまだいい。ルーワンが最も義父に近づけたくないのは、鷲の王だった。たとえ前王の息子であろうとも、今では彼も、卑賎の者に違いない。
その上彼は、明確にサハルの敵だ。サハルは彼の父を倒して、王座を手に入れたのだから。サハルに対して、どのような挙に出るか、わかったものではない。
けれどそれは、後付けの理屈だった。ルーワンはとにかく、あの男が虫が好かない。サハルを見つめる目が気に喰わない。あのような者に、義父を会わせるわけにはいかない。
「誰をもてなそうと、俺の勝手だ」
サハルが盃を突き出した。
「それは、下に落ちたものです。こちらをどうぞ」
ルーワンが渡した盃を、サハルは一息で飲み干した。
「なんか、こちゃこちゃしてるなあ」
卓の上に所狭しと並べられた料理を睥睨しながら、ゴールが文句を言った。
「だが、見ろよ! 舌平目のムニエル、生きたままの大赤エビ、そうかと思うと、百合根に蓮の実、銀杏などの山の幸。まさに山海の珍味だ。その上、芋やカボチャは一度千切りにしてから揚げてあるという手の込みよう。おや、鯉こくまであるよ」
碗の汁をぺろりと嘗めて、ケフィルは満足そうだ。
「だがよ、みんな小せえよ。こんな小さな食器、俺は始めて見たぜ」
ゴールはなおも不満げだ。
「お代わりをしてもいいんですよ」
口元に笑みを含みながら、審判が言う。ゴールはむくれた。
「俺は、一気にガアッと食いたいの。ちまちま食ってたんじゃ、空気ばかり飲み込んで、腹の足しになりゃしねえ。お前もそうだろ、ホライヨン」
「え?」
上の空で上座の辺りを窺っていたホライヨンは、急に声を掛けられて我に返った。
「何?」
「こんなお上品なお食事じゃ、もの足りねえよな」
「足りないと言えば、審判さん。サハル陛下は来ないんですか?」
強引にホライヨンは、王に関する話題に振り直す。
「ここまで案内してくれた女官の話では、国王陛下が、俺たちをねぎらってくれるということでしたが」
審判の少年のような顔が、わずかに歪んだ。
「それが、陛下に於かれましては急に体調を崩されてしまいまして」
「腹痛か? 刺身があたったのか?」
ゴールの胴間声が響き、ケフィルが、口に入れたばかりのイカを吐き出す。素早く彼にナプキンを渡しながら、審判は言った。
「いいえ。ただちょっと、お疲れになっただけです」
ホライヨンはため息をついた。
「そうか。それは残念。とても、残念だ」
赤い髪と青い衣。
夢のように美しい人。
会いたい。会って確かめたい。本当にあの人だったのか。
あの人?
……誰?
宴が始まると(ゴールとケフィルはとっくに食べ始めていたが)、審判がホライヨンの隣へやってきた。皿に、あれやこれやの料理を取り分けてくれる。
「皆さんにお聞きしているのですが……」
既にいい感じにできあがっている他の二人をちらりと見てから、審判は言った。
「もし優勝したら、ホライヨンさんは、何をご所望ですか?」
ホライヨンは首を傾げた。
「もしかして、まだ決めていらっしゃらないとか? いえ、恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。ゴールさんもまだだそうです」
「決めてはあるんです。ただ、母と意見が合わないと言うか」
「ああ! よくあることです。家族や村の人と意見が合わないということは」
訳知り顔に審判が頷く。
「いえ、僕の心は決まっています。他の賞品なんて、考えられません」
「それは何ですか? 準備の都合がありますので、差し支えなければ教えて欲しいのですが」
「準備なんていりませんよ」
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