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3 英雄トーナメント
9.羽衣天女
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ホライヨンは頭を抱えていた。
よりによって最終問題で間違えてしまった。
前半は互角だった。後半最終の、語学問題のミスは致命的だった。
第二試合はホライヨンが最優秀だったが、第三試合の勝者はケフィルだ。最終的な勝敗は、どうなるかわからない。
ホライヨンとしては、語学のミスの方が悔しくてならない。あれさえなければ、勝利は文句なしに自分の者だったというのに。
絶望して、頭を抱えた。
全てはあの、インゲレ人のせいだ。あいつのことを思い出したせいで、自分の頭を使ってしまった。やっぱりインゲレ人なんて、ろくなもんじゃない。大っ嫌いだ……。
「俺はよくやった。悔いはないぜ」
爽やかな顔でケフィルが言う。
「なあ、お二方」
ゴールがすり寄って来た。
「優勝したら、俺にも賞品を分けてくれないか?」
「なんでお前なんかに」
ケフィルが目を丸くする。
「さっき菓子を上げたろ? あの菓子の糖分のおかげで、あんたは戦い続けることができたんだ」
「いや、違うね。3日間サマリーを作り続けた努力のたまものだ。いわば、自分のおかげ。俺が血の出るような努力を続けていた時、お前は、町できれいどころと遊び惚けてたくせに」
ケフィルの苛立ちがあふれ出た。勝手し放題のゴールに対し、今まで批判めいたことを言わなかったのは、サマリー作りに没頭していたからのようだ。
拒否されたゴールが鼻を鳴らした。
「ケチなやつ。だが、ホライヨンは違うよな?」
馴れ馴れしく肩を抱こうとするの彼の手を、ホライヨンはさっとよけた。
「俺の賞品は山分けできない」
「は? あんたもケチか?」
「違う。ひとつしかないんだ」
「だったら端を少し切ってくれればいいよ。もちろん、たくさん切ってくれてもいいけど、」
「何を言う」
危うくホライヨンは、ゴールの首を閉めそうになった。
その時だ。
「ホライヨン、その賞品は諦めなさい」
天空から声がした。羽衣をたなびかせ、誰かが空から舞い降りて来る。
「母さん!」
遥か空の高みから舞い降りた天女……もとい、タビサは、宮殿の中庭へ舞い降りた。
「なんです、母さん。いい年をしてその恰好は!」
思わずホライヨンは眉を顰めた。自分の母親が、ピンクのひらひらした布をはためかせて空を飛ぶなんて。ひらひらしているのは羽衣だけではなかったので、ケフィルとゴールは礼儀正しく両手で自分の目を抑えている。
「あら。天女は母親だって決まってるのよ?」
「その天女は、羽衣を隠されている間に、子どもができちゃっただけでしょう?」
「私だって、もともとは乙女だったのよ?」
「そういう話ではありません。全女性は、いつかは乙女です!」
「その人は、君の母さんかい?」
恐る恐る瞼から手を外し、ケフィルが問う。
「そう。母のタビサだ」
「タビサ!」
ゴールも手を外し、びっくりしたように目を見開いた。
「この国の元妃じゃないか」
「じゃお前は……いや、貴方様は……」
「ひえっ!」
驚愕して、二人はその場にひれ伏した。
「これがあるべき姿なのよ」
タビサは満足気だ。
「それなのに、ホライヨン、貴方の態度は何? 母への敬意を示しなさい」
「そうだ!」
ホライヨンは手を打った。
「危うく忘れるところだった。敬意とは違うのですが、母上には感謝しています。英雄トーナメントの第二試合に勝利できたのは、母上のお陰です。貴女の、子どもだった俺への仕打ちを思い出して、勇気を奮い立たせることができました。お陰で、鉄線に生えた棘も痛くありませんでした」
顔を下げたまま、ケフィルとゴールが顔を見合わせている。
タビサがそっくり返った。
「なんだかわからないけど、母親に感謝することはいいことよ」
「で、わざわざこんなところまで、何の用です?」
ホライヨンが尋ねると、タビサは咳払いをした。
「お前が望む賞品は、諦めるべきだと釘を刺しに来たの」
「嫌です」
即答だった。
タビサの目に、哀れみの色が浮かぶ。
「気持ちはよくわかる。でもね。小事に関ずらわっている場合ではない。貴方は、この国を統べるべき覇王。悪辣非道なサハルに要求すべきは、ただひとつしかない」
「わかってます。僕が欲しいのは……」
「だから、最初にそれは諦めなさいって言ったでしょ」
きつくタビサは言い放った。
「私だって、喉から手が出るほど欲しい。だって、家族の絆って大切ですもの。けど、その大切なものを諦めてこそ、王たる器」
「諦める? 冗談じゃない!」
ホライヨンは地団駄踏んだ。その勢いは凄まじく、地面にひれ伏しているケフィルとゴールの体が宙に浮いた。
「何より愛しい、大切なものです!」
「諦めなさい! 私情を出してはいけない。王としてなすべき業を優先させなさい。貴方はサハルに、王権を要求するのです」
「王権?」
「言ったでしょ! 英雄大会に優勝したら、民の支持を得ることができる」
「そういえば、前にそんなことを言ってましたね……」
「忘れるな!」
タビサが吠えた。
「肌の色がどうであろうと、王を殺した者は、次の王になることができる。そういうふうに決めたのは、サハル自身よ」
エルドラードでは、王の宣旨は絶対だ。サハルは、緑色の肌という即位の条件をなくし、新しく条件を付した。王を殺した者だけが、新しい王として即位できる、という。
白い肌の自分が、緑の肌の兄を殺して即位したように。
「いい? 貴方は王になるの。けれど、ただサハルを殺すだけでは、国を治めることなどできはしない。民の支持を得なければならないのよ。さもなくば、サハルと同じになってしまう。王を殺すだけでは、国は恐怖と不安に巻き込まれ、新しい王への反感を募らせるだけでしょう。でも貴方は、トーナメントに優勝した。名実ともに英雄になった。民の愛と熱狂は、貴方のもの。従って、貴方の即位は、すんなりと受け入れられるでしょう」
「ええっ! そんな回りくどい計画がっ!?」
ホライヨンは驚愕のあまりのけぞった。タビサがため息をつく。
「やっぱりわかってなかったのね。はるばる王都まで来てよかった。お前が芋だのベリーだの言うから、心配になって、河沿いの村から出て来たのよ。あのね。そもそもエルドラードの王は、お前なの。お前は悪鬼サハルを殺し、速やかに王位を奪還しなければならない」
「サハルを殺すのは簡単です」
額づいていたケフィルが、顔を上げた。
「もうすぐここへ、王が来ます。優勝者の発表とあれば、油断もしているでしょう。もし私が……」
「俺も手伝うぜ!」
すかさずゴールも名乗り出る。
タビサの眉間に皺が寄った。
「いいえ、ザコは引っ込んどいて。サハルを殺すのは、ホライヨンただ一人。この子が、自分の力でやり遂げるの。さもなくば、即位は認められないでしょう」
「ザコ……」
愕然とするケフィルとゴールの後ろで、ホライヨンが言い返す。
「いやです、母上。僕は、ご褒美が欲しいんです」
「馬鹿だな。王になれば、ご褒美どころじゃないんだぜ?」
ホライヨンの衣の裾をケフィルが引く。すかさず、ゴールも口を出す。
「あ、馬鹿って言った。でも、ゴールの言う通りだ。この国まるごと、お前のもんになるんだ」
「二人とも、未来の王への敬意が足りないわ」
「すみません! タビサ殿下!」
タビサの迫力に押され、再び二人はひれ伏した。
ホライヨンが喚く。
「とにかく、俺が欲しいのは、ご褒美なんです!」
「お黙り、ど阿呆!」
タビサの体がふわりと浮き上がった。体にまとった布の間から、棒を取り出す。みるみるそれは、長い棍棒になった。
「物わかり悪いあんぽんたんには、お仕置きをする!」
よりによって最終問題で間違えてしまった。
前半は互角だった。後半最終の、語学問題のミスは致命的だった。
第二試合はホライヨンが最優秀だったが、第三試合の勝者はケフィルだ。最終的な勝敗は、どうなるかわからない。
ホライヨンとしては、語学のミスの方が悔しくてならない。あれさえなければ、勝利は文句なしに自分の者だったというのに。
絶望して、頭を抱えた。
全てはあの、インゲレ人のせいだ。あいつのことを思い出したせいで、自分の頭を使ってしまった。やっぱりインゲレ人なんて、ろくなもんじゃない。大っ嫌いだ……。
「俺はよくやった。悔いはないぜ」
爽やかな顔でケフィルが言う。
「なあ、お二方」
ゴールがすり寄って来た。
「優勝したら、俺にも賞品を分けてくれないか?」
「なんでお前なんかに」
ケフィルが目を丸くする。
「さっき菓子を上げたろ? あの菓子の糖分のおかげで、あんたは戦い続けることができたんだ」
「いや、違うね。3日間サマリーを作り続けた努力のたまものだ。いわば、自分のおかげ。俺が血の出るような努力を続けていた時、お前は、町できれいどころと遊び惚けてたくせに」
ケフィルの苛立ちがあふれ出た。勝手し放題のゴールに対し、今まで批判めいたことを言わなかったのは、サマリー作りに没頭していたからのようだ。
拒否されたゴールが鼻を鳴らした。
「ケチなやつ。だが、ホライヨンは違うよな?」
馴れ馴れしく肩を抱こうとするの彼の手を、ホライヨンはさっとよけた。
「俺の賞品は山分けできない」
「は? あんたもケチか?」
「違う。ひとつしかないんだ」
「だったら端を少し切ってくれればいいよ。もちろん、たくさん切ってくれてもいいけど、」
「何を言う」
危うくホライヨンは、ゴールの首を閉めそうになった。
その時だ。
「ホライヨン、その賞品は諦めなさい」
天空から声がした。羽衣をたなびかせ、誰かが空から舞い降りて来る。
「母さん!」
遥か空の高みから舞い降りた天女……もとい、タビサは、宮殿の中庭へ舞い降りた。
「なんです、母さん。いい年をしてその恰好は!」
思わずホライヨンは眉を顰めた。自分の母親が、ピンクのひらひらした布をはためかせて空を飛ぶなんて。ひらひらしているのは羽衣だけではなかったので、ケフィルとゴールは礼儀正しく両手で自分の目を抑えている。
「あら。天女は母親だって決まってるのよ?」
「その天女は、羽衣を隠されている間に、子どもができちゃっただけでしょう?」
「私だって、もともとは乙女だったのよ?」
「そういう話ではありません。全女性は、いつかは乙女です!」
「その人は、君の母さんかい?」
恐る恐る瞼から手を外し、ケフィルが問う。
「そう。母のタビサだ」
「タビサ!」
ゴールも手を外し、びっくりしたように目を見開いた。
「この国の元妃じゃないか」
「じゃお前は……いや、貴方様は……」
「ひえっ!」
驚愕して、二人はその場にひれ伏した。
「これがあるべき姿なのよ」
タビサは満足気だ。
「それなのに、ホライヨン、貴方の態度は何? 母への敬意を示しなさい」
「そうだ!」
ホライヨンは手を打った。
「危うく忘れるところだった。敬意とは違うのですが、母上には感謝しています。英雄トーナメントの第二試合に勝利できたのは、母上のお陰です。貴女の、子どもだった俺への仕打ちを思い出して、勇気を奮い立たせることができました。お陰で、鉄線に生えた棘も痛くありませんでした」
顔を下げたまま、ケフィルとゴールが顔を見合わせている。
タビサがそっくり返った。
「なんだかわからないけど、母親に感謝することはいいことよ」
「で、わざわざこんなところまで、何の用です?」
ホライヨンが尋ねると、タビサは咳払いをした。
「お前が望む賞品は、諦めるべきだと釘を刺しに来たの」
「嫌です」
即答だった。
タビサの目に、哀れみの色が浮かぶ。
「気持ちはよくわかる。でもね。小事に関ずらわっている場合ではない。貴方は、この国を統べるべき覇王。悪辣非道なサハルに要求すべきは、ただひとつしかない」
「わかってます。僕が欲しいのは……」
「だから、最初にそれは諦めなさいって言ったでしょ」
きつくタビサは言い放った。
「私だって、喉から手が出るほど欲しい。だって、家族の絆って大切ですもの。けど、その大切なものを諦めてこそ、王たる器」
「諦める? 冗談じゃない!」
ホライヨンは地団駄踏んだ。その勢いは凄まじく、地面にひれ伏しているケフィルとゴールの体が宙に浮いた。
「何より愛しい、大切なものです!」
「諦めなさい! 私情を出してはいけない。王としてなすべき業を優先させなさい。貴方はサハルに、王権を要求するのです」
「王権?」
「言ったでしょ! 英雄大会に優勝したら、民の支持を得ることができる」
「そういえば、前にそんなことを言ってましたね……」
「忘れるな!」
タビサが吠えた。
「肌の色がどうであろうと、王を殺した者は、次の王になることができる。そういうふうに決めたのは、サハル自身よ」
エルドラードでは、王の宣旨は絶対だ。サハルは、緑色の肌という即位の条件をなくし、新しく条件を付した。王を殺した者だけが、新しい王として即位できる、という。
白い肌の自分が、緑の肌の兄を殺して即位したように。
「いい? 貴方は王になるの。けれど、ただサハルを殺すだけでは、国を治めることなどできはしない。民の支持を得なければならないのよ。さもなくば、サハルと同じになってしまう。王を殺すだけでは、国は恐怖と不安に巻き込まれ、新しい王への反感を募らせるだけでしょう。でも貴方は、トーナメントに優勝した。名実ともに英雄になった。民の愛と熱狂は、貴方のもの。従って、貴方の即位は、すんなりと受け入れられるでしょう」
「ええっ! そんな回りくどい計画がっ!?」
ホライヨンは驚愕のあまりのけぞった。タビサがため息をつく。
「やっぱりわかってなかったのね。はるばる王都まで来てよかった。お前が芋だのベリーだの言うから、心配になって、河沿いの村から出て来たのよ。あのね。そもそもエルドラードの王は、お前なの。お前は悪鬼サハルを殺し、速やかに王位を奪還しなければならない」
「サハルを殺すのは簡単です」
額づいていたケフィルが、顔を上げた。
「もうすぐここへ、王が来ます。優勝者の発表とあれば、油断もしているでしょう。もし私が……」
「俺も手伝うぜ!」
すかさずゴールも名乗り出る。
タビサの眉間に皺が寄った。
「いいえ、ザコは引っ込んどいて。サハルを殺すのは、ホライヨンただ一人。この子が、自分の力でやり遂げるの。さもなくば、即位は認められないでしょう」
「ザコ……」
愕然とするケフィルとゴールの後ろで、ホライヨンが言い返す。
「いやです、母上。僕は、ご褒美が欲しいんです」
「馬鹿だな。王になれば、ご褒美どころじゃないんだぜ?」
ホライヨンの衣の裾をケフィルが引く。すかさず、ゴールも口を出す。
「あ、馬鹿って言った。でも、ゴールの言う通りだ。この国まるごと、お前のもんになるんだ」
「二人とも、未来の王への敬意が足りないわ」
「すみません! タビサ殿下!」
タビサの迫力に押され、再び二人はひれ伏した。
ホライヨンが喚く。
「とにかく、俺が欲しいのは、ご褒美なんです!」
「お黙り、ど阿呆!」
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