竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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2 代理結婚式

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 メレンクール王国の王城。長い長い廊下を、一組のカップルが、宮殿チャペルに向かって歩いていく。
 結婚式が行われるのだ。わたしと、この国を征服したロシュフォイユ帝国皇帝の。

 わたしの名は、デジレ・フォン・メレンクール。王女だ。

 「なあ、デジレ。今ならまだ間に合う。お前はロシュフォイユ帝国に嫁がなくて済む」
 隣を歩いていた新郎が言った。
 黒の礼服を身につけて隣を歩いている新郎は、わたしの叔父フリートだ。だがわたしは、叔父と結婚するわけではない。

 これは、代理結婚式。
 本当の新郎は、隣国の皇帝ワッツァ。わが国と隣国との戦いは、つい最近、終結したばかりだ。戦勝国ロシュフォイユの皇帝が、敗戦国メレンクールに来るわけがない。
 だが、メレンクールの神には、王女の結婚を報告しなければならない。それで、叔父が新郎の代役を務めて、代理結婚式が行われている。

 「ワッツァ皇帝の残酷さは、世界中の誰もが知っている。ロシュフォイユ帝国に囚われた者達は、ことごとく、ひどい拷問を受けさせられた」
歩きながら叔父が言う。

 叔父のフリート・ド・クラシーは、騎士団長を務めている。ロシュフォイユとの戦いでは、メレンクール軍を率いて戦った。だから、ロシュフォイユ帝国と、その皇帝ワッツァの残酷さについてよく知っている。

「ワッツァ個人についてもよからぬ噂がたくさんある。ロシュフォイユ軍が残虐なのは、ワッツァが自ら指揮を執っているからだ。あの男は、眉一つ動かさずに、人を殺す」
 わたしは、激しく首を横に振った。とっくに死んでしまったはずの感情を抑えつけようとする。恐怖という名の感情を。
「でも、叔父様。わたしが彼に嫁がなかったら、この国はどうなりますの? 父上は、ワッツァに負けました。もし、ワッツァの命令に背いたらどんなに恐ろしいことになるでしょう」

 メレンクール王である父は、隣国ロシュフォイユとの戦いに負け、不条理な講和を結ばされた。領土の割譲や多額の賠償金に加え、王女の輿入れが、講和条件の一つだった。
 苛立ったように叔父は立ち止った。わたしに向き直り、真剣な目で見下ろす。

「だが、お前も知っているだろう? ワッツァは、人間ですらない。人の姿をしているが、あれは竜だ。それにあの国は……」
 言いかけて、叔父は口を閉ざした。
 そう。ロシュフォイユは竜人の国。メレンクール軍が負けたのも無理はない。空を飛び火を吐く竜に、人間が叶うわけがない。
「たとえワッツァが竜であっても、命令に背くわけにはいきません。わたしが嫁ぎさえすれば、この国は存続を許され、人々は平和に暮らすことができるのです」

 チャペルの入り口まで来ていた。
 叔父は大きく息を吸って、重い扉を開けた。
 華やかなオルガンの音が流れ出し、赤いカーペットが祭壇に向かって真っすぐに延べられている。

 「デジレ」
 父が振り向き、頷いた。隣にいる義理の母ベアトリスは、豪華に装い、嬉しそうに見える。邪魔者のわたしがいなくなるから、嬉しいのだろう。彼女が着ているのは、花嫁であるわたしより、高価そうなドレスだ。
 彼女の生んだ異母妹が花を投げた。赤や黄色や白、バラ、カメリア、フリージア……。たくさんの花々が、わたしに降り注いでくる。

「!」
投げられた黄色い花が、顔に当たった。花は純白のドレスの上を滑って床に落ちる。
 カーネーションだった。
 黄色いカーネーションの花言葉は、軽蔑。

「おめでとう、お義姉様。お幸せにね」
にっこりとロゼッタが微笑んだ。
「とても佳いお話しだったけど、お義姉さまに譲って差し上げてよかったわ。だって今のお義姉様、とてもきれいですもの。本当に、なんて豪華なウェディングドレス! そんなの来てたら、どんな不細工もきれいに見えるわよね」

「妹が姉より先に嫁ぐなんて、みっともない話ですもの。まして、王家の姉が、妹に先を越されるなんて。そうならなくてよかったわ。おめでとう、デジレ」
義母のベアトリスが、ご自慢の長い髪を華やかに揺らす。

 そう。
 ワッツァ皇帝の指名は、妹のロゼッタだった。隣国からは、花嫁は若い方がいいといってきたのだ。
 けれど、ロゼッタは泣いて喚いて嫌がった。まあ、そうだろう。平気で人を殺す皇帝と結婚するなんて、怖くて当然だ。
 義母も父も、ロゼッタを、殺人鬼のような皇帝に隣国に嫁がせたくなかった。
 それで、この話は、姉の私に回ってきたのだ。

「この結婚を譲ってあげたロゼッタに感謝することね。さもなければ、貴女は永遠に嫁き遅れだから」
 周囲を気にすることもなく、ベアトリス妃が言い放つ。

 「大丈夫か?」
わたしの隣で硬直していた新郎役の叔父が囁く。フリート叔父は公爵で、亡くなった母の弟だ。
「平気」
この程度で傷ついていたら、竜の国へなんて嫁げない。
 小さく、叔父はため息をついた。

 ヴァージンロードの最前線で行われたわたしたち家族のささやかな寸劇を、列席した貴賓たちは見て見ぬふりをしていた。
 王夫妻が、前妻の生んだわたしを疎んでいるのは周知の事実だ。後ろ盾のないわたしを庇おうとする物好きはいない。

 彼らの持つ扇が揺れ、豪奢なコロンの香りがむせ返るようだ。
 重厚で華やかな雰囲気の中、祭壇の司祭の元へと向かう。

 「デジレ・フォン・メレンクール。あなたはロシュフォイユ皇帝ワッツァと生涯を共にすることを誓いますか」
「誓います」
わたしの返答にためらいはなかった。

 だって、わたしはこの国の王女。まず第一に考えるのは、祖国の安寧だ。メレンクールを滅亡させるわけにはいかない。
 同じ問いを投げかけられた叔父は、口を引き締め、頷いただけだった。



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