竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも

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6 蘇った前世の記憶

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 「ツェディの聖女」は、ツェデイという貧しい村に生まれた少女アンジェリカが、突如、救国の聖女に認定され、レムニカ大陸の国々を救う話だ。
 スマホの検索システムに勧められて、初めは隙間時間にちょこちょこ読んでいただけだけど、すぐに夢中になった。

 レムニカ大陸は、強大な竜によって蹂躙されており、人間は、大陸の片隅で、怯えながら暮らしていた。
 アンジェリカは、ロシュフォイユ帝国の辺境、ツェデイという村に生まれた。聖女に選ばれた彼女は、竜王を倒す旅に出た。
 ツェデイから竜王の宮城へ向かう途中、騎士や魔術師、公子たちが彼女の崇高な志に共感し、聖騎士団を結成、同行する。当初、アンジェリカを巡ってライバル関係にあった彼らは、やがて篤い友情に結ばれ、互いに協力して戦うようになる。

 その中で、わたしが一番推していたのが、バートラフ王子だ。気の毒なことに、彼は竜王の息子で、しかも父を尊敬していた。それがアンジェリカに恋をしてしまい、父との間で引き裂かれる思いをする。
 彼は最後まで、強い父の支配から抜け出ることができなかった。
 バートラフは、「ツェデイの聖女」で、一番けなげでカッコよく、そして気の毒なキャラだ。
 最終的に彼は、仲間の騎士に殺されてしまう。それもひどく残酷に。
 そのシーンを読んだ後、しばらくわたしは立ち直れなかった。作者に、抗議のメッセージを送ったくらいだ。
 返事はこなかったけど。

 バートラフの報われない死を悲しみ、茫然と日々を送っていたわたしは、ある晩、胸にひどい痛みを感じた。視野がどんどん狭く暗くなっていく。
 薄れゆく意識の中に、声が聞こえた。
 ……「他にどういう結末があったっていうのよ!」
 そこから先の記憶がない。

 そしてここはロシュフォイユ帝国。竜の支配する国だ。
 つまりわたしは、死んで小説「ツェデイの聖女」の中に転生したってこと?
 最後に聞いた声は、誰の声だったのだろう。まさか作者? わからない。
 そういえば、わたしはバートラフしか眼中になかったから忘れていたけど、バートラフの父親、悪のラスボスの名前は、ワッツァだった。
 するとわたしの役割りは……。
 やだ。バートラフの継母じゃないの。

 早くに母親を亡くしたバートラフは、継母に育てられた。この母親は、彼に思いっきり辛く当たって、いじめまくったのだ。
 不遇な幼年時代を過ごしたせいで、バートラフは、他者との交流に自信がなくなってしまった。
 アンジェリカを好きになった彼は、自分の気持ちをどう伝えたらいいかわからない。結果、彼女の誤解を買ってしまった。騎士団の勇者たちからも白い目で見られるようになり、とうとう敵だと見做されてしまう。だから勇者たちは、なんのためらいもなく彼を殺してしまうのだ。
 かつてあれほど固い友情を誓い合ったというのに。大事な仲間たちから白い目で見られ、バートラフはどれほど辛かっただろう。

 もし、彼が、愛情をもって育てられたのなら、アンジェリカへの気持ちの伝え方も、違った形になっていただろう。彼の継母が、あそこまで意地悪ではなかったら、彼の人生は、また違った形になっていたのに違いないのだ。
 つまり、今のわたし、デジレ・フォン・メレンクールは、小説には名前だけしか出て来ないモブキャラだけど、間違いなく、バートラフの破滅の原因を作り出した張本人だ。
 小説には暗示されていただけだったけど、確か彼女は、義理の息子バートラフに殺されるんじゃなかったっけ?
 ということは、いずれにしろ、わたしは長く生きられないってこと? せっかく大好きな小説の中に転生したのに?

 どうしてこんなことに。
 もしかしたら、作者の祟りかもしれない。




 中庭に出たわたしは、腰を抜かすほど驚いた。
 中庭いっぱいに、巨大な竜が横たわっていたのだ。

「背中にお乗りください」
 声が聞こえた。あの女官の声だ。
 耳から聞こえたのではなく、頭の中に直接伝えられた感じだ。
「陛下は、とうの昔に、コンディエンヌ城に向けて出発なさいました。あなたもソスクレア宮殿へ向かうのです」

 背中を揺らして急かす。そんなこと言ったって、どうやって竜の背に乗ったらいいかわからない。

「いくじなしですね」
 馬鹿にしたように竜が鼻を鳴らした。

 口で、いきなりわたしの襟首を咥える。喉の奥から、卵が腐ったような凄まじい臭気が漂ってきた。このまま食べられてしまいそうで、身の毛がよだつ。
 そのまま首をひねり、彼女はわたしの体を、自分の背にむかってぽんと放り投げた。
 わたしが身を起こす暇もなく、竜は天高く舞い上がった。



 国境のタスイマ島からリーニャ河を飛び越え、竜はあっという間にソスクレア宮殿上空に到達した。
 「ではわたくしは陛下の御許へ」
 振り落とすようにわたしを門前に下ろすと、女官だった竜はあっというまに皇都目指して飛び去って行った。

 数メートルの高さから落とされたわたしは、しりもちをついてしまった。慌てて立ち上がる。草が生い茂っていたので、幸いどこも痛くない。
 辺りを見回した。

 緑豊かだといえば聞こえがいいが、ソスクレアは寂しい離宮だった。使用人も少ないのか、出迎えたのは、年老いた執事だけだった。
 「執事のマティルドと申します。肺の具合は如何ですか?」

 そういえば、ワッツァもわたしの肺を気にしていたっけ。……そうか。ここはロシュフォイユ領。はっきりとは感じられないが、竜の瘴気に満ちており、それは確実に、わたしの体を損なっている。

「大丈夫よ」
 にっこり笑って答えた。少なくとも、今のところ異常は感じられない。
 マティルドは満足そうだった。
「妃殿下におかれましては、お若くていらっしゃいます。当分は大丈夫かと」
 そりゃ、18歳だからね。ここへ来るまでは倍くらいの年齢だったのに、自分でもびっくりよ。

 宮殿に足を踏み入れた時だった。
 不意に、目の前に眩しい光が差した。
 誇張でもなんでもない。
 まばゆいばかりに煌めく少年がそこにいたのだ。
 水色の髪に灰色の瞳、光り輝く美しい少年が、エントランスの階段を下りてくる。

 息が詰まりそうだった。

 ただ彼は……ひどく幼かった。5歳か6歳くらいかな?
 くるくるした巻き毛に縁どられたふっくらとした頬。汚れを知らぬつぶらな瞳。鼻の形だけが、将来彼が、大変な美形に育つことを暗示している。
 体つきもまだぽっちゃりしている。幼児体形真っ只中って感じだ。
 わたしの前まで来ると、少年は立ち止った。わたしの方が背が高いから、彼は、階段の3段上にいる。

「バートラフ・ド・ロシュフォイユ殿下であられます」
 後からついてきた執事が紹介した。

 胸が苦しいくらい、ときめく。
 そうよね。継母のわたしが18歳なら、彼は幼くて当たり前。わたしは彼の、貴重な幼年時代を見ているわけだ。

「デジレ・フォン・メレンクールです。ロシュフォイユ宮廷に嫁いで参りました」

 銀色に艶めくその目を覗き込む。
 こんなに近くであの有名な瞳を見つめることができるなんて。ああ、なんて役得!

「あなたは、ぼくの母上なんかじゃない。父上の おきさきさま じゃないんだ」
 ぷいっと、少年はそっぽを向いた。


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