7 / 7
7 坊やはいくつ?
しおりを挟む
どうやらバートラフ少年は、わたしを自分の母親だと認めないぞと宣言しているらしい。パパとわたしの結婚なんて許さない、というわけだ。
普通なら、自分のオシから、こんな扱いを受けたらショックだと思う。
でも、わたしにはわかった。だって、見ればわかる。
彼は照れてるんだ。
このわたしの前で。
……幸せ。
「なに、わらってるんだよ!」
小さなバートラフが怒っている、真っ赤になって、階段の上で地団駄踏んでいる。
かっ、かわいい。
「おぎょうぎよくしろ、ってマティがいったからがんばったのに! ぼくは、お前なんか大っきらいだ!」
「あなた」から「お前」になった。わたしへの親しみが増したのね。それとも、お行儀よくできなくなって、いらいらしてるのかしら。
「大嫌い」って言うのは、うまく言葉が出ないからよ。ほんの軽い挨拶って感じ? わあわあ怒っているバートラフって、ほんと、チャーミング。
「わらうなよ! わらうなったら!」
「はいはい」
「まだわらってる!」
「もうわらってません」
大真面目でわたしは請け合う。バートラフの真っ赤な頬が、ぷうーっとふくれた。
やだ。可愛いったらありゃしない。
もう、食べちゃいたい。
「きらい! あっちけ!」
「バートラフ様」
厳粛な声で割り込んだのは、執事だった。
「皇妃様に対し、そのような失礼な態度をお取りになりますと、私としても皇帝陛下にご報告申し上げないわけには参りませぬぞ」
とたんに、バートラフの口がぴたりと閉じた。
半眼になって、わたしを睨む。
あの。ぜんぜん怖くないんですけど。むしろ、長いまつ毛がチャーミングで、魅入られてしまいそう。
わたしを脅すことができないと気がついたのか、ふいとバートラフは目をそらした。くるりと後ろを向き、全速力で階段を駆け上がっていく。
「妃殿下」
精一杯虚勢を張って走っていく小さな背中を、にまにましながら見送っているわたしに、執事が声をかけた。
「殿下のご無礼、どうぞお許しください」
くるっと振り返り、わたしは問う。
「『マティ』って、マティルドのこと? あなたのことね?」
「そ、そうでございますが」
たじたじと執事が答える。
「無礼なんて思ってないわ! 全然まったくよ!」
彼は、なおも不安げだった。
「この件、どうか皇帝陛下にはご内密に」
「そもそもなんの無礼もなかったのだから、陛下にお話しすることなんかないわ」
それにわたしは、ワッツァから相手にされてないしね。
「妃殿下はお優しくていらっしゃる」
マティルドの目線が柔らいだ。
「バートラフ殿下があのような態度をお取りになるにはわけがあるのです」
「わけ? 聞かせて!」
バートラフのことなら、どんな些細なことでも知りたい。
執事は頷いた。
「妃殿下におかれましては、長旅でお疲れでしょう。お茶でもいかがですか?」
この国に入ってから、人間らしい扱いを受けたのは初めてだ。
温かい気持ちがこみあげきた。
執事のマティルドが案内したのは、サン・ルームだった。太陽の光が満ち溢れていて、明るく暖かい。
香り高いお茶が供された。テーブルには、クリームをかけたケーキが切り分けられている。甘い香りが疲れた体に染み渡るようだ。
わたしがお茶を口に含むのを待って、マティルドは切り出した。
「バートラフ殿下のお母上が、人間だということはご存知でしょう?」
気のせいか、彼は緊張しているように見える。
「ええ」
わたしは頷いた。
竜の帝国ロシュフォイユにも、人間はいる。彼らは竜に使役されていることが多い。あるいは、辺境の地でひっそり暮らしているか。
「ジュリア様は、アガテ辺境伯の令嬢でした。山間の地で静かに暮らしておられたのですが、たまたま訪れたワッツァ陛下……その当時は王子でしたが……と恋に落ち、バートラフ殿下が生まれたのです」
「皇帝の女官は、陛下は、人間は相手にしないと言っていたわ」
「カミラですね」
苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「妃殿下のお迎えにまでついていって、まったく、あの娘は!」
「彼女は、皇帝の愛人ね?」
だって、ワッツァが連れて来たのは、彼女一人だけだった。夜だって、ワッツァと一緒に寝室へ引き上げたし。
マティルドは俯いて答えなかった。そうだと言っているようなものだ。
いずれにしろ、ワッツァが竜人しか相手にしないというのは、カミラの嘘だとわかった。だって彼とジュリアさんとの間には、バートラフが生まれた。
そして恐らくカミラは、わたしに敵意を持っている。敵意は言い過ぎなら、敵愾心?
竜人にとって結婚は意味がないかもしれないけど、愛人にとって、「正妻」しかも「王妃」はライバルだという事実は、人間と同じようだ。
普通なら、自分のオシから、こんな扱いを受けたらショックだと思う。
でも、わたしにはわかった。だって、見ればわかる。
彼は照れてるんだ。
このわたしの前で。
……幸せ。
「なに、わらってるんだよ!」
小さなバートラフが怒っている、真っ赤になって、階段の上で地団駄踏んでいる。
かっ、かわいい。
「おぎょうぎよくしろ、ってマティがいったからがんばったのに! ぼくは、お前なんか大っきらいだ!」
「あなた」から「お前」になった。わたしへの親しみが増したのね。それとも、お行儀よくできなくなって、いらいらしてるのかしら。
「大嫌い」って言うのは、うまく言葉が出ないからよ。ほんの軽い挨拶って感じ? わあわあ怒っているバートラフって、ほんと、チャーミング。
「わらうなよ! わらうなったら!」
「はいはい」
「まだわらってる!」
「もうわらってません」
大真面目でわたしは請け合う。バートラフの真っ赤な頬が、ぷうーっとふくれた。
やだ。可愛いったらありゃしない。
もう、食べちゃいたい。
「きらい! あっちけ!」
「バートラフ様」
厳粛な声で割り込んだのは、執事だった。
「皇妃様に対し、そのような失礼な態度をお取りになりますと、私としても皇帝陛下にご報告申し上げないわけには参りませぬぞ」
とたんに、バートラフの口がぴたりと閉じた。
半眼になって、わたしを睨む。
あの。ぜんぜん怖くないんですけど。むしろ、長いまつ毛がチャーミングで、魅入られてしまいそう。
わたしを脅すことができないと気がついたのか、ふいとバートラフは目をそらした。くるりと後ろを向き、全速力で階段を駆け上がっていく。
「妃殿下」
精一杯虚勢を張って走っていく小さな背中を、にまにましながら見送っているわたしに、執事が声をかけた。
「殿下のご無礼、どうぞお許しください」
くるっと振り返り、わたしは問う。
「『マティ』って、マティルドのこと? あなたのことね?」
「そ、そうでございますが」
たじたじと執事が答える。
「無礼なんて思ってないわ! 全然まったくよ!」
彼は、なおも不安げだった。
「この件、どうか皇帝陛下にはご内密に」
「そもそもなんの無礼もなかったのだから、陛下にお話しすることなんかないわ」
それにわたしは、ワッツァから相手にされてないしね。
「妃殿下はお優しくていらっしゃる」
マティルドの目線が柔らいだ。
「バートラフ殿下があのような態度をお取りになるにはわけがあるのです」
「わけ? 聞かせて!」
バートラフのことなら、どんな些細なことでも知りたい。
執事は頷いた。
「妃殿下におかれましては、長旅でお疲れでしょう。お茶でもいかがですか?」
この国に入ってから、人間らしい扱いを受けたのは初めてだ。
温かい気持ちがこみあげきた。
執事のマティルドが案内したのは、サン・ルームだった。太陽の光が満ち溢れていて、明るく暖かい。
香り高いお茶が供された。テーブルには、クリームをかけたケーキが切り分けられている。甘い香りが疲れた体に染み渡るようだ。
わたしがお茶を口に含むのを待って、マティルドは切り出した。
「バートラフ殿下のお母上が、人間だということはご存知でしょう?」
気のせいか、彼は緊張しているように見える。
「ええ」
わたしは頷いた。
竜の帝国ロシュフォイユにも、人間はいる。彼らは竜に使役されていることが多い。あるいは、辺境の地でひっそり暮らしているか。
「ジュリア様は、アガテ辺境伯の令嬢でした。山間の地で静かに暮らしておられたのですが、たまたま訪れたワッツァ陛下……その当時は王子でしたが……と恋に落ち、バートラフ殿下が生まれたのです」
「皇帝の女官は、陛下は、人間は相手にしないと言っていたわ」
「カミラですね」
苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「妃殿下のお迎えにまでついていって、まったく、あの娘は!」
「彼女は、皇帝の愛人ね?」
だって、ワッツァが連れて来たのは、彼女一人だけだった。夜だって、ワッツァと一緒に寝室へ引き上げたし。
マティルドは俯いて答えなかった。そうだと言っているようなものだ。
いずれにしろ、ワッツァが竜人しか相手にしないというのは、カミラの嘘だとわかった。だって彼とジュリアさんとの間には、バートラフが生まれた。
そして恐らくカミラは、わたしに敵意を持っている。敵意は言い過ぎなら、敵愾心?
竜人にとって結婚は意味がないかもしれないけど、愛人にとって、「正妻」しかも「王妃」はライバルだという事実は、人間と同じようだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王家の血を引いていないと判明した私は、何故か変わらず愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女であるスレリアは、自身が王家の血筋ではないことを知った。
それによって彼女は、家族との関係が終わると思っていた。父や母、兄弟の面々に事実をどう受け止められるのか、彼女は不安だったのだ。
しかしそれは、杞憂に終わった。
スレリアの家族は、彼女を家族として愛しており、排斥するつもりなどはなかったのだ。
ただその愛し方は、それぞれであった。
今まで通りの距離を保つ者、溺愛してくる者、さらには求婚してくる者、そんな家族の様々な対応に、スレリアは少々困惑するのだった。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる