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49 多彩な色の流れ
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……自分の一番大切なもの?
何かの聞き間違いだろうと思った。少なくともそれは、わたしではない。ワッツァは、他にもなにか、バートラフの宝物を盗んでいったのだろうか。
頭上では、竜の群れが刻々と浮島めがけて近づいていた。
「聖女の計画の途中で、叔父の師団は壊滅させられてしまった。この作戦は頓挫するかもしれないと、さっき塔の中で、叔父は言っていたわ」
竜たちを浮島へ追いこむのは、連合軍の任務だった。総司令官は叔父だ。
ワッツァの親衛隊を始め、強大な竜はロシュフォイユ帝国内にいるから、島が帝国の上空に来た時が、チャンスだった。帝国の首都に到達する晩が、決行の合図だ。それに合わせ、聖女の騎士団がコンディエンヌを包囲、上空の浮島周辺に結界を張る準備をする。
連合軍と聖騎士団は互いに連絡を取るのが難しかったから、この日を外すわけにはいかない。
ところが、浮島が帝国の首都に到達する直前に叔父の師団は壊滅させられてしまった。総司令官を失い、計画は瓦解寸前だった。
にもかかわらず、今、竜たちは自ら、浮島目指して空を飛んできている。
「首の鱗に触れられると、竜は怒りで我を忘れる。このことは知っているよね?」
振り返ってバートラフが問う。わたしは頷いた。
「自ら制御できない怒りにかられた竜たちは、後先考えずに、強大な魔力を使って周囲を破壊しつくす。けれど、竜だって生き物だ。やがて、限界を超えるまで魔力を使い果たし、疲れ果ててしまう。そうなったら、彼らを回復させられる場所は、ひとつしかない。浮島だ」
「あ……」
わたしの喉から声が漏れた。
「限界を超えた魔力に疲れ果て竜たちは、もはや自分を回復させることしか考えていない。彼らは、本能のままに浮島へ帰ろうとする。それがこの竜たちの群れだ」
「あなたは、そこまで見越して、わたしに首の鱗の話をしてくれたの?」
「まさか」
バートラフは微笑んだ。懐かしそうに眼を眇める。わたしと同じく、成竜検定を受けに帝都に行った時のことを思い出しているのだ。
「あの時はそこまで考えてはいなかった。ただ、貴女と一緒に旅ができて有頂天になっていただけです」
「あなたは同じ馬車に乗ってはくれなかったけどね。わたしたちの馬車の上を飛んでいたのだわ」
恨みがましい思いでそう言うと、バートラフは申し訳なさそうに俯いてしまった。
「ごめんなさい、バートラフ」
もうずっと言おうと思っていた謝罪をわたしは口にした。
「わたしを信じて教えてくれたのに、わたしは貴方の信頼を裏切り、叔父に竜の鱗の秘密を話してしまった。その結果、貴方はワッツァの不興を買い、潜伏するしかなかった」
「それが、僕を聖女の元に導いてくれたのです」
はっとした。
聖女。バートラフはやはり、聖女に恋を……。
「多くの仲間と知り合い、人の輪の尊さを知った。そして、父の傲慢さと残忍な仕打ちを、客観的に知ることができたのです」
加えて、人を愛する喜びを。
きっとそうだ。間違いない。バートラフは聖女に恋している。
「そんなことより、デジレ。僕こそあなたにお礼を言わなければ。さっき貴女は、僕を全く疑わなかった。仲間のセティウスでさえ無視したのに、貴女はまっすぐに僕を信じ、身を挺して庇ってくれさえした」
今のバートラフにとって、一番大事なのは、聖女なのだ。小説「ツェデイの聖女」は、未だその力を失っていない。バートラフの継母であるわたしは、いずれ彼に殺される運命にある……。
ぼんやりしているわたしに、バートラフが声をかけた。
「御覧なさい。貴女にも、竜だとわかるようになってきたでしょう?」
最初は点のようだった集まりは、今やはっきりと竜の姿をしていた。赤や青、黄色に紫、さまざまな色の竜が、我先にと浮島めがけて空を滑空してくる。渦巻き、あるいは上下に激しく移動し、少しでも早く島に到達しようとしている。
めちゃくちゃなようでいて、規則性があった。どの竜も、島を目指しているからだ。見方によっては、美しいとさえいえる。
圧倒されているわたしの目に、オレンジの竜が映った。両足の間に、ぼろぼろの布の塊のようなものをぶら下げている。
「まさか、あれ……」
竜は速度を上げ、島に吸い込まれていった。
「人ですね。気の毒に」
無表情にバートラフが言う。彼には全て、わかっているようだった。その上で、問答無用でわたしの味方をしてくれている。
「そうね」
わたしに異母妹を救えただろうかと考えた。無理だったと思う。今となっては、ロゼッタもそれを望んではいまい。
「最後の懸念は、竜と人間とでは時間の流れが違うということです。それに竜の軍団は、ロシュフォイユだけではなく、大陸中に派遣されている。だから僕は、聖女の計画は尚早だと言ったのです」
「ずいぶんたくさんの竜が、浮島へ向かっているわ」
「そうですね。竜は高速で移動することができますから、仲間が浮島へ向かったと知ったら、全速力で自分もそうするでしょう」
ならば、聖女の作戦は成功するのではないかと、わたしは思った。
「おかしい」
バートラフがつぶやいた。
「黒竜が来ない」
その時だった。
竜の波に、乱れが生じた。緑色の竜が、仲間の渦で立ちすくみ、それから、逆行し始めたのだ。
「カミラだ」
鋭い目で見据え、バートラフがつぶやいた。
「まずい」
ふわっとバートラフの体が浮いた。
「浮島の真下のここは安全です。すぐ近くにはセティもいる。絶対にここから動かないで」
言い残すと、白い光の筋となって上昇していった。多元的な色彩の渦をせき止めているカミラに向かい、白く輝く竜が突進していく。
何かの聞き間違いだろうと思った。少なくともそれは、わたしではない。ワッツァは、他にもなにか、バートラフの宝物を盗んでいったのだろうか。
頭上では、竜の群れが刻々と浮島めがけて近づいていた。
「聖女の計画の途中で、叔父の師団は壊滅させられてしまった。この作戦は頓挫するかもしれないと、さっき塔の中で、叔父は言っていたわ」
竜たちを浮島へ追いこむのは、連合軍の任務だった。総司令官は叔父だ。
ワッツァの親衛隊を始め、強大な竜はロシュフォイユ帝国内にいるから、島が帝国の上空に来た時が、チャンスだった。帝国の首都に到達する晩が、決行の合図だ。それに合わせ、聖女の騎士団がコンディエンヌを包囲、上空の浮島周辺に結界を張る準備をする。
連合軍と聖騎士団は互いに連絡を取るのが難しかったから、この日を外すわけにはいかない。
ところが、浮島が帝国の首都に到達する直前に叔父の師団は壊滅させられてしまった。総司令官を失い、計画は瓦解寸前だった。
にもかかわらず、今、竜たちは自ら、浮島目指して空を飛んできている。
「首の鱗に触れられると、竜は怒りで我を忘れる。このことは知っているよね?」
振り返ってバートラフが問う。わたしは頷いた。
「自ら制御できない怒りにかられた竜たちは、後先考えずに、強大な魔力を使って周囲を破壊しつくす。けれど、竜だって生き物だ。やがて、限界を超えるまで魔力を使い果たし、疲れ果ててしまう。そうなったら、彼らを回復させられる場所は、ひとつしかない。浮島だ」
「あ……」
わたしの喉から声が漏れた。
「限界を超えた魔力に疲れ果て竜たちは、もはや自分を回復させることしか考えていない。彼らは、本能のままに浮島へ帰ろうとする。それがこの竜たちの群れだ」
「あなたは、そこまで見越して、わたしに首の鱗の話をしてくれたの?」
「まさか」
バートラフは微笑んだ。懐かしそうに眼を眇める。わたしと同じく、成竜検定を受けに帝都に行った時のことを思い出しているのだ。
「あの時はそこまで考えてはいなかった。ただ、貴女と一緒に旅ができて有頂天になっていただけです」
「あなたは同じ馬車に乗ってはくれなかったけどね。わたしたちの馬車の上を飛んでいたのだわ」
恨みがましい思いでそう言うと、バートラフは申し訳なさそうに俯いてしまった。
「ごめんなさい、バートラフ」
もうずっと言おうと思っていた謝罪をわたしは口にした。
「わたしを信じて教えてくれたのに、わたしは貴方の信頼を裏切り、叔父に竜の鱗の秘密を話してしまった。その結果、貴方はワッツァの不興を買い、潜伏するしかなかった」
「それが、僕を聖女の元に導いてくれたのです」
はっとした。
聖女。バートラフはやはり、聖女に恋を……。
「多くの仲間と知り合い、人の輪の尊さを知った。そして、父の傲慢さと残忍な仕打ちを、客観的に知ることができたのです」
加えて、人を愛する喜びを。
きっとそうだ。間違いない。バートラフは聖女に恋している。
「そんなことより、デジレ。僕こそあなたにお礼を言わなければ。さっき貴女は、僕を全く疑わなかった。仲間のセティウスでさえ無視したのに、貴女はまっすぐに僕を信じ、身を挺して庇ってくれさえした」
今のバートラフにとって、一番大事なのは、聖女なのだ。小説「ツェデイの聖女」は、未だその力を失っていない。バートラフの継母であるわたしは、いずれ彼に殺される運命にある……。
ぼんやりしているわたしに、バートラフが声をかけた。
「御覧なさい。貴女にも、竜だとわかるようになってきたでしょう?」
最初は点のようだった集まりは、今やはっきりと竜の姿をしていた。赤や青、黄色に紫、さまざまな色の竜が、我先にと浮島めがけて空を滑空してくる。渦巻き、あるいは上下に激しく移動し、少しでも早く島に到達しようとしている。
めちゃくちゃなようでいて、規則性があった。どの竜も、島を目指しているからだ。見方によっては、美しいとさえいえる。
圧倒されているわたしの目に、オレンジの竜が映った。両足の間に、ぼろぼろの布の塊のようなものをぶら下げている。
「まさか、あれ……」
竜は速度を上げ、島に吸い込まれていった。
「人ですね。気の毒に」
無表情にバートラフが言う。彼には全て、わかっているようだった。その上で、問答無用でわたしの味方をしてくれている。
「そうね」
わたしに異母妹を救えただろうかと考えた。無理だったと思う。今となっては、ロゼッタもそれを望んではいまい。
「最後の懸念は、竜と人間とでは時間の流れが違うということです。それに竜の軍団は、ロシュフォイユだけではなく、大陸中に派遣されている。だから僕は、聖女の計画は尚早だと言ったのです」
「ずいぶんたくさんの竜が、浮島へ向かっているわ」
「そうですね。竜は高速で移動することができますから、仲間が浮島へ向かったと知ったら、全速力で自分もそうするでしょう」
ならば、聖女の作戦は成功するのではないかと、わたしは思った。
「おかしい」
バートラフがつぶやいた。
「黒竜が来ない」
その時だった。
竜の波に、乱れが生じた。緑色の竜が、仲間の渦で立ちすくみ、それから、逆行し始めたのだ。
「カミラだ」
鋭い目で見据え、バートラフがつぶやいた。
「まずい」
ふわっとバートラフの体が浮いた。
「浮島の真下のここは安全です。すぐ近くにはセティもいる。絶対にここから動かないで」
言い残すと、白い光の筋となって上昇していった。多元的な色彩の渦をせき止めているカミラに向かい、白く輝く竜が突進していく。
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