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62 死闘
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「行ってはダメよ」
わたしはバートラフを制した。
「ワッツァの挑発に乗ってはいけないわ」
人の姿なら、バートラフに勝てる可能性がある。けれど、竜の姿なら話は別だ。
つい最近、成竜になったばかりのバートラフに、竜の頂点に君臨するワッツァに勝つことができるだろうか。
「わかっています」
にっこりとバートラフは笑った。保存しておきたくなるような、美しい笑顔だ。
「でも、行かなくちゃ。この戦いを制しなければ、僕は父を超えることができません」
父を超える。
あんなに尊敬し、慕っていた父親を。
自分を冷遇し、軽視し続けた父親を。
バートラフの覚悟が伝わってくる。彼は行く気だ。竜となって、父親との最後の戦いに挑もうとしている。
「僕には自信があります。なぜだかわかりますか?」
目にいっぱい涙を溜め、わたしは首を横に振った。
「僕には貴女がいる。共に死地に赴いてくれた大切なひとが。強大な敵に対して、身を挺して味方してくれる貴女が。もう、何も望むことはありません」
「バートラフ……」
「大丈夫ですよ、デジレ。父には誰もいない。最初から貴女は僕のものだ。貴女は、決して僕から離れなかった。僕が父に負けるわけがない」
「バートラフ……」
何度も名を呼ぶ声が涙に震える。
「ここにいたら危険です。僕が竜になったら、貴女は全速力で氷の宮殿から離れて下さい。いいですね」
静かにバートラフはわたしを押しのけた。
上を見上げ、素晴らしい力で跳躍する。
気がつくと、わたしは氷の平原を見下ろす高台に運ばれていた。
ワッツァの瘴気を避けるために、戦いが始まる寸前に、バートラフはわたしを、この丘へ避難させてくれたのだ。
彼は終始一貫して、わたしの身の安全を優先してくれた。
眼下に聳える氷の宮殿、その上空で、黒い竜と白い竜が睨み合っている。
先に動いたのは白い竜だった。
飛び掛かってきた白い竜を、黒い竜はなんなく弾き飛ばす。
バートラフ。なんて無茶を。
でも、決して無謀なんかじゃない。
当初彼は、人間と竜の和解を提案していた。彼はワッツァに、竜の王として、配下の竜たちが人間の前で竜体に変化しないように管理するよう迫った。そうすれば、自分が聖女を動かし、竜が自由に大陸へ飛翔できるように結界を解除させる、と。
けれどワッツァは、一顧だにしなかった。
代わりに、バートラフのことを出来損ないの半竜と罵り、また、エミーガルの名を出し、動揺させた。
でもすぐに、バートラフは冷静さを取り戻した。
彼が激しい怒りに身を任せたのは、ワッツァがわたしの名誉を傷つけ、さらに、自分との間の子を産ませて、死なせてやると言い放った時だ。
怒りに任せ、彼は、ワッツァを剣で斬りつけようとした。ワッツァが竜に変化すると、彼に向かって矢をつがえた。
あんなに尊敬した父親に。
最後まで、人と竜の共存の道を探っていたというのに。
わたしがいたからだ。
ワッツァがわたしを侮辱したから、バートラフは父に戦いを挑んだ。
そう考えると、申し訳なさで胸が詰まりそうになった。
武術ではバートラフに勝てない、勝てたとしても自身も傷を負うであろうことを、ワッツァは見抜いていたのだろう。騎士に対する敬意のかけらもなく、彼は、竜体に変化した。そして、父であることを強調し、お前に俺が殺せるかと挑んできた。
ワッツァは知っているのだ。今に至ってもなお、バートラフの心中には、父への深い尊敬と忠誠の気持ちがあることを。だって彼は、人間だから。少なくとも、半分は。
わたしを使って彼を挑発し、さらに父であることを理由に、その刃をそらそうとする。
なんて卑怯な。
白い竜が、黒龍の首に巻きついた。そこにある鱗に牙を突き立てようとする。
上にある黒龍の顎が、白竜の頭上を直撃する。力の緩んだ白い竜体を、食い千切ろうとする。白く迸り出たあれは、彼の血だろうか。
「バートラフ!」
ああ、どうしたらいい? このままでは、バートラフが殺されてしまう。
でも、わたしに何ができる?
こんな時こそ、火事場の馬鹿力、でも、こんなに離れていたら、なにをどうしたらいいのかわからない。
一緒に死ぬことさえできない。
わたしのスキルは、「プロットを破断する者」だという。プロット……今となってはこれしかない。バートラフが悲惨な死を迎える結末を、なんとかして阻止しなければ。
でも、どうやって?
バートラフがセティに殺される筋書きは、どうやら回避されたらしい。けれどそれは、彼がワッツァと戦う未来を選んだからだ。仲間に斬り殺されるプロットは、父親に噛み殺される運命に置き換えられただけ。
……「他にどういう結末があったっていうのよ!」
不意に、誰かの声が耳元で蘇る。
わたしが、前世に別れを告げた時に、最期に聞いた声だ。
あの頃わたしは、バートラフの悲惨な死を悲しみ、小説の作者に恨みつらみを並べ立てていた……。
……「他にどういう結末があったっていうのよ!」
あれは、作者からの怒りの返信だったのかもしれない。もしそうであるならば、バートラフが幸せになる結末は、作者自身にも作り出せなかったということだろうか。
どう転んでも、バートラフには、悲惨な結末しかないというのか。あんなに懸命に生きてきたのに。心優しく、人にとっても竜にとってもよりよい未来が来るよう、真剣に模索していたというのに。
……「どういう結末」?
それは、バートラフがつかみ取る未来だ。
わたしはそれを望む。
そこまで考えた時だった。
不意にわたしの全身に、温かい力が漲った。力は外へ染み出し、七色の光がバートラフに向けて伸びていく。
遥か彼方の上空で、光を浴びた白い竜が、黒い竜に絡みつくのが見えた。
全身を捻り、螺旋を描くように、白い体が、黒い竜を巻き上げていく。
瘴気が鈍色の空に溶け込み、稲光が光る。
白い竜は、短いけれど太くがっしりした腕をふり上げ、黒い竜の首筋を狙った。狙いは過たず、黒い竜の顎の下を直撃した。
黒い竜が咆哮を上げる。
二体の竜は、上空で絡み合ったまま、狂ったように旋回し始めた。黒と白が混ざり合い、不思議なマーブル模様を現出させる。
それから、2体は、ゆっくりと下降を始めた。
彼らの真下には、氷の宮殿が、その崩れかけた尖塔が、今なお、威容を保っている。
鋭く尖った塔の先端に達する寸前、白い竜が体を入れ替えた。
黒い竜を下にして、2体の竜は、氷の宮殿めがけて真っ逆さまに墜落していった。
……。
わたしはバートラフを制した。
「ワッツァの挑発に乗ってはいけないわ」
人の姿なら、バートラフに勝てる可能性がある。けれど、竜の姿なら話は別だ。
つい最近、成竜になったばかりのバートラフに、竜の頂点に君臨するワッツァに勝つことができるだろうか。
「わかっています」
にっこりとバートラフは笑った。保存しておきたくなるような、美しい笑顔だ。
「でも、行かなくちゃ。この戦いを制しなければ、僕は父を超えることができません」
父を超える。
あんなに尊敬し、慕っていた父親を。
自分を冷遇し、軽視し続けた父親を。
バートラフの覚悟が伝わってくる。彼は行く気だ。竜となって、父親との最後の戦いに挑もうとしている。
「僕には自信があります。なぜだかわかりますか?」
目にいっぱい涙を溜め、わたしは首を横に振った。
「僕には貴女がいる。共に死地に赴いてくれた大切なひとが。強大な敵に対して、身を挺して味方してくれる貴女が。もう、何も望むことはありません」
「バートラフ……」
「大丈夫ですよ、デジレ。父には誰もいない。最初から貴女は僕のものだ。貴女は、決して僕から離れなかった。僕が父に負けるわけがない」
「バートラフ……」
何度も名を呼ぶ声が涙に震える。
「ここにいたら危険です。僕が竜になったら、貴女は全速力で氷の宮殿から離れて下さい。いいですね」
静かにバートラフはわたしを押しのけた。
上を見上げ、素晴らしい力で跳躍する。
気がつくと、わたしは氷の平原を見下ろす高台に運ばれていた。
ワッツァの瘴気を避けるために、戦いが始まる寸前に、バートラフはわたしを、この丘へ避難させてくれたのだ。
彼は終始一貫して、わたしの身の安全を優先してくれた。
眼下に聳える氷の宮殿、その上空で、黒い竜と白い竜が睨み合っている。
先に動いたのは白い竜だった。
飛び掛かってきた白い竜を、黒い竜はなんなく弾き飛ばす。
バートラフ。なんて無茶を。
でも、決して無謀なんかじゃない。
当初彼は、人間と竜の和解を提案していた。彼はワッツァに、竜の王として、配下の竜たちが人間の前で竜体に変化しないように管理するよう迫った。そうすれば、自分が聖女を動かし、竜が自由に大陸へ飛翔できるように結界を解除させる、と。
けれどワッツァは、一顧だにしなかった。
代わりに、バートラフのことを出来損ないの半竜と罵り、また、エミーガルの名を出し、動揺させた。
でもすぐに、バートラフは冷静さを取り戻した。
彼が激しい怒りに身を任せたのは、ワッツァがわたしの名誉を傷つけ、さらに、自分との間の子を産ませて、死なせてやると言い放った時だ。
怒りに任せ、彼は、ワッツァを剣で斬りつけようとした。ワッツァが竜に変化すると、彼に向かって矢をつがえた。
あんなに尊敬した父親に。
最後まで、人と竜の共存の道を探っていたというのに。
わたしがいたからだ。
ワッツァがわたしを侮辱したから、バートラフは父に戦いを挑んだ。
そう考えると、申し訳なさで胸が詰まりそうになった。
武術ではバートラフに勝てない、勝てたとしても自身も傷を負うであろうことを、ワッツァは見抜いていたのだろう。騎士に対する敬意のかけらもなく、彼は、竜体に変化した。そして、父であることを強調し、お前に俺が殺せるかと挑んできた。
ワッツァは知っているのだ。今に至ってもなお、バートラフの心中には、父への深い尊敬と忠誠の気持ちがあることを。だって彼は、人間だから。少なくとも、半分は。
わたしを使って彼を挑発し、さらに父であることを理由に、その刃をそらそうとする。
なんて卑怯な。
白い竜が、黒龍の首に巻きついた。そこにある鱗に牙を突き立てようとする。
上にある黒龍の顎が、白竜の頭上を直撃する。力の緩んだ白い竜体を、食い千切ろうとする。白く迸り出たあれは、彼の血だろうか。
「バートラフ!」
ああ、どうしたらいい? このままでは、バートラフが殺されてしまう。
でも、わたしに何ができる?
こんな時こそ、火事場の馬鹿力、でも、こんなに離れていたら、なにをどうしたらいいのかわからない。
一緒に死ぬことさえできない。
わたしのスキルは、「プロットを破断する者」だという。プロット……今となってはこれしかない。バートラフが悲惨な死を迎える結末を、なんとかして阻止しなければ。
でも、どうやって?
バートラフがセティに殺される筋書きは、どうやら回避されたらしい。けれどそれは、彼がワッツァと戦う未来を選んだからだ。仲間に斬り殺されるプロットは、父親に噛み殺される運命に置き換えられただけ。
……「他にどういう結末があったっていうのよ!」
不意に、誰かの声が耳元で蘇る。
わたしが、前世に別れを告げた時に、最期に聞いた声だ。
あの頃わたしは、バートラフの悲惨な死を悲しみ、小説の作者に恨みつらみを並べ立てていた……。
……「他にどういう結末があったっていうのよ!」
あれは、作者からの怒りの返信だったのかもしれない。もしそうであるならば、バートラフが幸せになる結末は、作者自身にも作り出せなかったということだろうか。
どう転んでも、バートラフには、悲惨な結末しかないというのか。あんなに懸命に生きてきたのに。心優しく、人にとっても竜にとってもよりよい未来が来るよう、真剣に模索していたというのに。
……「どういう結末」?
それは、バートラフがつかみ取る未来だ。
わたしはそれを望む。
そこまで考えた時だった。
不意にわたしの全身に、温かい力が漲った。力は外へ染み出し、七色の光がバートラフに向けて伸びていく。
遥か彼方の上空で、光を浴びた白い竜が、黒い竜に絡みつくのが見えた。
全身を捻り、螺旋を描くように、白い体が、黒い竜を巻き上げていく。
瘴気が鈍色の空に溶け込み、稲光が光る。
白い竜は、短いけれど太くがっしりした腕をふり上げ、黒い竜の首筋を狙った。狙いは過たず、黒い竜の顎の下を直撃した。
黒い竜が咆哮を上げる。
二体の竜は、上空で絡み合ったまま、狂ったように旋回し始めた。黒と白が混ざり合い、不思議なマーブル模様を現出させる。
それから、2体は、ゆっくりと下降を始めた。
彼らの真下には、氷の宮殿が、その崩れかけた尖塔が、今なお、威容を保っている。
鋭く尖った塔の先端に達する寸前、白い竜が体を入れ替えた。
黒い竜を下にして、2体の竜は、氷の宮殿めがけて真っ逆さまに墜落していった。
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