石川五右衛門3世、但し直系ではない

せりもも

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五右衛門3世、参上

3 縁切寺 椿寿院

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 椿寿院から、がやがやと女たちが出掛けていく。

 小間物屋に行くのだ。そして、簪や、きれいな端切れで作られた小袋などを買いあさる。
 たまに、みんなで集まって、江戸市中へ繰り出すことを、女たちは、ことのほか楽しみにしてた。

 ここにいるのは、皆、夫や婚家から、ひどい仕打ちを受けて、逃げ出してきた女たちだ。
 かつては。
 そのうち、後悔した夫やら、娘が心配になった親御やらが迎えに来て、山門の外に帰っていった。

 そうした家族らは、少しの間に、嫁や娘が、驚くほど強く、たくましくなっているのに、驚嘆するという。
 これは、椿寿院の魔法椿寿院マジックと呼ばれている。


 その一方で、家族が迎えに来なかった者や、夫などくそくらえという女は、自分の仕事を見つけて出ていった。椿寿院には、懇意にしている口入れ屋がある。それが、一人一人にふさわしい仕事を仲介してくれる。


 夫の元に戻った場合も、仕事を見つけて奉公に出た場合も、みんな、折を見ては、こうして、椿寿院に集まってくる。
 かつての朋輩どうし、肩を叩きあい、今の不満を吐き出し、ついでに、寺の運営を手伝う。
 椿寿院の卒業生(?)は、いわば、江戸中にちらばった檀家のようなものだ。



「ほら、おえん! 何をぐずぐずしてるんだい。おいてくよ!」
「待って、待ってよお!」

 寺の中から幼い女の子が駆けてきた。門のところで待っていた女のところまで行くと、すかさずその手を握る。
 一滴の血の繋がりもない二人だった。ただ、椿寿院という縁で繋がっているに過ぎない。
 それなのに、まるで母子のようだった。
 仲良く手をつないだまま、先を歩く女たちの後を追いかけていく。




 門の傍の立木の陰から、男が一人、ゆらりと姿を現した。
 色白の、くっきりとした目鼻立ちの男だ。人によっては、二枚目だという者もいるだろう。
 だが、整ったその顔に浮かんでいた表情は、暗く澱んでいた。

 男は、随分と長いこと、そこにいた。
 物陰に隠れたまま、庵主の如信尼が檀家の家に出掛けて行ったのも見送っている。

 今また、いかにも力のありそうな女の一団が、目の前を通り過ぎていった。
 寺は、無人のはずだ。
 いや、……。

 男は笑みを浮かべた。凄惨で、残酷な匂いのする笑みだ。
 懐手のまま、山門の中へ入っていった。







 女たちから、買い物に誘われたが、妙は断った。

 この寺に来たのは、三日前のことだ。
 夫、宗十郎の暴力に耐えかねて、家を出た。

 椿寿院のことは、かねて、聞いたことがあった。悪縁を断ち切ってくれるという。
 小雪のちらつく中、駆け込んできた妙を、庵主の如信尼は、優しく迎え入れてくれた。
 ……。


 右の二の腕がじくじく痛む。腹には、大きな痣がある。
 着物に隠れて見えないところばかりを、夫は狙った。

 与えられた寺の離れで、妙は、小さく丸まって過ごした。動くのがおっくうだった。食事は、小間使いの女の子が運んでくれた。

 今日になって、女たちが何人も、寺に集まってきた。
 じっとしているのは良くないと、口々に言う。一緒に買い物に行こうと、しつこく誘う。

 どうやら、かつてこの寺に逃げ込んだ女たちらしかった。今では外界に帰って、力強く己の道を歩んでいる。
 いわば、強者だった。

 妙は、放っておいて欲しかった。
 彼女は、恐ろしかった。

 婚家は、江戸市中にある。大きなお店だ。
 宗十郎は、そこに、いる。
 買い物になど、いけるわけがなかった。
 考えるだけで、全身が震えだす。

 ……「わかった。まだその時じゃないんだね」

 女たちの一人が言って、みんなは、気の毒そうな、生温かい目になった。
 それがまた、妙のプライドを傷つけた。
 そんなものが残っていたとしたら、だが。

 どやどやと、みんなは、出掛けて行った。
 庵主の如信尼も、所用で朝から出ている。
 しんと静まった寺で、妙はひとり、布団にくるまり、震えていた。




 「妙」

 いつの間にか、うとうとしていたのだろうか。
 自分を呼ぶ声で、ぎょっとして目が覚めた。

 朝寝は許されない。昼寝もダメだ。夜は、夫より早く床に就くなど、とんでもない……。

「ごめんなさい」
反射的に謝った。

 ここが寺であることを思い出した。
 椿寿院……縁切寺だ。
 いくらでも眠っていいと、あの優しい尼僧は言った……。

「妙」

 そのきつい調子に、今度こそ、本当に、目が覚めた。
 目の前に、宗十郎がいた。

「こんな時間まで、床の中たあ、いいご身分だなあ」
「あんた……」

 いつのまに、ここに来たのか。
 いや、それより、どうして妙がここにいることがわかったのか。

 いくつもの疑問が妙の頭の中をぐるぐると回った。
 だが、今はそれどころではない。

 宗十郎は、穏やかだった。
 それは、すぐ近くまで迫っている危険の証だった。

「いいんだよ、妙。いつまで眠っていたって。俺をおいて出ていったって」
果たして宗十郎は、不気味に笑った。
「ただな。俺は寂しいんだよ。おめえに置いて行かれて、なあ」

 ゆっくりと、懐から、何かを取り出した。
 板戸の隙間から差し込む陽の光に、ぎらりと光る。

 小刀だった。
 妙の右の二の腕の傷が、熱を持ってじくりと痛んだ。少し前に、この小刀でつけられた傷だ。

「女房に出ていかれて、俺は、恥をかいた。この落とし前はつけてもらわねえとなあ」

 薄い刃にゆっくりと指を走らせ、長十郎は、にたりと笑った。






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