27 / 43
花瓶の穴
4 五右衛門の受難
しおりを挟む
「だがなあ。ひでえ目に遭ったぜ」
大きな獰猛な犬をけしかけられ。家中総出で追い回され。挙句の果てに、腕の立つ者でもいたのか、矢まで射かけてきた。
「まさに命がけだったわけよ。如信尼様の為にな」
愛する女性の為に、命を賭ける。何と素晴らしいことであろう。まさに、武士道の鏡だ。俺は、盗賊だが。
「お前のような子どもにはわからないかもしれないがな、おえん。男は、これと思った女性には、命を賭けて、」
「あれ、五右衛門。これ、出来損ないだよ?」
無粋な幼女が遮った。
「聞け。俺は、それだけ如信尼様を……、」
「あんたも、出来損ないだもんね。如信尼さまへの気持ちもね」
「何を言う。俺の気持ちは、満月のごときだ。欠けたところのない、完璧な、」
「だって、ここ。穴が開いてる。あ。こっちにも!」
「何だって!」
飛び上がって、俺は、おえんの手から、陶磁器をひったくった。
「てっぺんと、くびれの上を見てごらんよ」
確かに、小さな丸い穴が開いている。
「虫にでも食われたのかな」
ほとぼりを冷ます為に、2~3日、家に置いておいたのがいけなかったかと、俺は後悔した。なにしろ、俺のボロ屋には、ありとあらゆる害虫が跋扈しているからな。
「馬鹿だねこの人は。虫が器を食べるわけ、ないだろ」
「なあ、おえん。ひとつ相談だが、」
とりあえず俺は、彼女を懐柔する必要を感じた。
「この穴のことは、如信尼様には、黙っといてくれないか? なに、小っけえ穴だ。殆ど、開いてないのと同じだ。そんなんで、この器の価値が減じるとは思えねえ」
「だから馬鹿だって言うんだよ! 花瓶にすんだろ、道端から引っこ抜いてきた花を入れる。水を入れたら、一発じゃないか」
「道端じゃない。田んぼの畦だ!」
「この、ドケチ!」
「ケチじゃない! 陶磁器は、高価なんだぞ! しかもそれは大きい。俺より高いぞ、その花瓶は!」
「けっ、情けない奴。できそこないの花瓶より安いなんて」
「だから、その穴は、」
「ああ、これ。この孔には、わけがあるんだ」すぐ近くで声がした。
「独歩!」
驚いたおえんが、花瓶を落としかけた。危ういところで、俺が掬い上げる。
「おい、おえん。割れたら穴どころじゃないだろ。お前もだ、独歩。いつ来たんだ?」
「たった今」
独歩は、俺の手から花瓶を受け取り、しきりとひねくり回している。
川端独歩は、十代中ごろのはずだが、正確な年齢は知らない。大柄なので、この寺、椿寿院の寺男として、重宝がられている。
「穴にわけがあるって、おめえ。花瓶に穴があったら、使えねえだろ」
「さっきは、穴なんか隠しとけって言ったくせに」
おえんがむくれた。
「だからね、」
独歩は言い、頭を掻いた。口の中で飴玉を転がすように、頬を内側から舌でつつき、考え込んでいる。ちょうどいい言葉が出てこないのだ。
この子は、少し、言葉が追い付かない時がある。知能は子ども、体はおとな、と言われるゆえんである。
だが、オツムが足りないわけではない。反対だ。彼は、素晴らしく頭がいい。前にちょっとした事件が起きた時、謎を解き、解決に導いたのは、この子だ。
「金で、蓋と取っ手を作るんだよ。そして、繋ぎの部分をこの孔に差し込んで、取れないようにするんだ」
「金!?」
素っ頓狂な声を、おえんが上げた。
「金なんて、どこにあるのさ! 蓋と取っ手を作る? いったいどれだけ、金がいると思ってんだい!」
「だって、そうなんだもん!」
珍しく、独歩が言い返した。
「嘘おつき! 江戸中探したって、そんなにたくさんの金はないよ。あるわけない」
「それでも、金で蓋や取っ手を作るんだ!」
「かりに、金をかき集めたとしてもだよ。土で作ったものに、金物の蓋や取っ手を付けるなんて、誰が考えるものか!」
「作るんだ! 金で!」
大きな獰猛な犬をけしかけられ。家中総出で追い回され。挙句の果てに、腕の立つ者でもいたのか、矢まで射かけてきた。
「まさに命がけだったわけよ。如信尼様の為にな」
愛する女性の為に、命を賭ける。何と素晴らしいことであろう。まさに、武士道の鏡だ。俺は、盗賊だが。
「お前のような子どもにはわからないかもしれないがな、おえん。男は、これと思った女性には、命を賭けて、」
「あれ、五右衛門。これ、出来損ないだよ?」
無粋な幼女が遮った。
「聞け。俺は、それだけ如信尼様を……、」
「あんたも、出来損ないだもんね。如信尼さまへの気持ちもね」
「何を言う。俺の気持ちは、満月のごときだ。欠けたところのない、完璧な、」
「だって、ここ。穴が開いてる。あ。こっちにも!」
「何だって!」
飛び上がって、俺は、おえんの手から、陶磁器をひったくった。
「てっぺんと、くびれの上を見てごらんよ」
確かに、小さな丸い穴が開いている。
「虫にでも食われたのかな」
ほとぼりを冷ます為に、2~3日、家に置いておいたのがいけなかったかと、俺は後悔した。なにしろ、俺のボロ屋には、ありとあらゆる害虫が跋扈しているからな。
「馬鹿だねこの人は。虫が器を食べるわけ、ないだろ」
「なあ、おえん。ひとつ相談だが、」
とりあえず俺は、彼女を懐柔する必要を感じた。
「この穴のことは、如信尼様には、黙っといてくれないか? なに、小っけえ穴だ。殆ど、開いてないのと同じだ。そんなんで、この器の価値が減じるとは思えねえ」
「だから馬鹿だって言うんだよ! 花瓶にすんだろ、道端から引っこ抜いてきた花を入れる。水を入れたら、一発じゃないか」
「道端じゃない。田んぼの畦だ!」
「この、ドケチ!」
「ケチじゃない! 陶磁器は、高価なんだぞ! しかもそれは大きい。俺より高いぞ、その花瓶は!」
「けっ、情けない奴。できそこないの花瓶より安いなんて」
「だから、その穴は、」
「ああ、これ。この孔には、わけがあるんだ」すぐ近くで声がした。
「独歩!」
驚いたおえんが、花瓶を落としかけた。危ういところで、俺が掬い上げる。
「おい、おえん。割れたら穴どころじゃないだろ。お前もだ、独歩。いつ来たんだ?」
「たった今」
独歩は、俺の手から花瓶を受け取り、しきりとひねくり回している。
川端独歩は、十代中ごろのはずだが、正確な年齢は知らない。大柄なので、この寺、椿寿院の寺男として、重宝がられている。
「穴にわけがあるって、おめえ。花瓶に穴があったら、使えねえだろ」
「さっきは、穴なんか隠しとけって言ったくせに」
おえんがむくれた。
「だからね、」
独歩は言い、頭を掻いた。口の中で飴玉を転がすように、頬を内側から舌でつつき、考え込んでいる。ちょうどいい言葉が出てこないのだ。
この子は、少し、言葉が追い付かない時がある。知能は子ども、体はおとな、と言われるゆえんである。
だが、オツムが足りないわけではない。反対だ。彼は、素晴らしく頭がいい。前にちょっとした事件が起きた時、謎を解き、解決に導いたのは、この子だ。
「金で、蓋と取っ手を作るんだよ。そして、繋ぎの部分をこの孔に差し込んで、取れないようにするんだ」
「金!?」
素っ頓狂な声を、おえんが上げた。
「金なんて、どこにあるのさ! 蓋と取っ手を作る? いったいどれだけ、金がいると思ってんだい!」
「だって、そうなんだもん!」
珍しく、独歩が言い返した。
「嘘おつき! 江戸中探したって、そんなにたくさんの金はないよ。あるわけない」
「それでも、金で蓋や取っ手を作るんだ!」
「かりに、金をかき集めたとしてもだよ。土で作ったものに、金物の蓋や取っ手を付けるなんて、誰が考えるものか!」
「作るんだ! 金で!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
楽将伝
九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語
織田信長の親衛隊は
気楽な稼業と
きたもんだ(嘘)
戦国史上、最もブラックな職場
「織田信長の親衛隊」
そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた
金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか)
天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる