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花瓶の穴
12 海の向こうの金細工
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そこへ、お多福に似た、福々しい娘が、徳利を運んできた。
大喜びで、三助は、彼女に酌をさせた。
「有田から岡津へと渡り歩いたくらいなら、あんた、焼き物に詳しいだろ。なら、知ってるか? あちち!」
一緒に運ばれてきた田楽を口に放り込み、男が悶絶した。
意地汚く、すぐに箸をつけるからだ。
「俺が何を知ってるって?」
酔っ払い特有のしつこさで、三助は絡んだ。
「おお、熱かった。いや、孔だよ。買った磁器に、小さな孔があるんだ」
「買った」を、いやに強調して、男は言った。
「孔?」
「小っこい、丸い穴だ。なんでも……」
ぐい、と、男は膝を乗り出した。
「なんでもよ。後から、金の蓋や、取っ手をつけるんだと。その孔にうまく、こう……」
言葉が追い付かないのか、右手の人差し指を、左手で作った拳の間に差し込む仕草をする。なんだかひどく、卑猥に見えた。
「お前さん、欲求不満と違うか?」
「弥勒菩薩が相手にしてくれねえもんで」
「弥勒菩薩だと? 高望みしすぎだ」
「そんな、叩きつけるように言わなくたって……」
男は、泣きそうな顔になった。他人の色恋沙汰を聞かされるほど、つまらぬものはない。まして若い男の。三助は、鼻で笑った。
「だいたいな、この日の本の国から、そんなに大量の金が出土るかよ」
「そうだよな……」
この答えは、男の想定内のようだった。
それが、三助の気に障った。ぐい、と、三助は、膝を乗り出した。
「だが、海を越えた向こうでは、そうでもないらしい。海の向こうの国々には、金細工を手掛ける名工がいるそうだ」
「金細工?」
「手先の器用な奴らが、日本や清から運ばせた陶磁器に、金で、取っ手や蓋や、注ぎ口なんかを作って、くっつけるんだそうな」
「そりゃ、豪儀だな」
「そういや、有田にいた頃、出来上がった甕や壺に孔を開けてくれって、注文が、たまにあったっけ。そういうのは、出島に運ばれてった」
「出島?」
「知らねえのかよ。海の向こうのお国へは、出島からしか、持ち出せねえのさ」
「あ? ああ、そうだね……知ってるさ、もちろん」
怪しいもんだと、三助は思った。
気の毒に、この男の知能は、相当、低いらしい。
そこで、親切に解説してやる気になった。
「焼きあがった磁器に、孔を開けるのは、とても難しい作業なんだ。大陸の……景徳鎮の奴らは、それほど得意じゃない。そういうのは、やっぱり日本人でないとな。俺の親方は、得意だったんだ」
「親方は、朝鮮人だろ?」
「何代前の話をしてるんだ。もう立派な日本人さ。ま、磁器に孔を開けるのは、俺だって得意だが。親方よりうまかったくらいだ」
「ふうん」
「そこを見込まれて、引き抜かれたようなもんさ。富久豆の岡津へな、な。岡津の窯元が、陶器に穴を開けなくちゃならなくなったから。岡津でも、割れやすい形の磁器は、俺の所に持ち込まれてきたもんだ」
「へえ! 岡津でも、孔を空けてたんかい」
「ああ、俺は重宝されてたんだぜ」
「すげえな」
素直に、男は目を輝かせた。
「技術のあるやつって、すげえ!」
「……結局、クビになったがな」
「それで、江戸の白野屋に再就職したってわけか」
「そうだよ。そもそも岡津の窯元に、出来上がった陶磁器に穴を開けるよう依頼したのは、白野屋だからな。結果、俺は佐賀から引き抜かれ、岡津へ来たわけだ。だから、窯元を首になっても、岡津には、頼れる親戚も知り合いもいやしねえ。白野屋は責任を感じたんだろうよ。まあ、江戸でもクビになったわけだけど」
自嘲的に、三助は答えた。悔しさがこみ上げ、付け加える。
「後輩は窯元に残った。俺が技術を教えてやったやつだ。人減らしで、給料の高い俺だけが追い出された。はるばる佐賀から呼んでおいて、結局は使い捨てってやつよ」
三助が嘆くと、宥めるように男は言った。
「そりゃ、ひでえ話だ。そんなあこぎな窯元のことなんか、忘れちまうがいいさ。その後でクビになったお店も、相性が合わなかっただけだろ。そんなところに居続けても、いいことなんか、ひとつもねえ」
「そうだな……」
なんだか、陶芸にこだわっていた自分が、あほらしくなってきた。
「お江戸はいいぜ。探せば、何かしら仕事がある」
「……うむ」
「ま、呑みねえ呑みねえ」
男の注いでくれた盃を、三助は、ぐいと、飲み干した。
大喜びで、三助は、彼女に酌をさせた。
「有田から岡津へと渡り歩いたくらいなら、あんた、焼き物に詳しいだろ。なら、知ってるか? あちち!」
一緒に運ばれてきた田楽を口に放り込み、男が悶絶した。
意地汚く、すぐに箸をつけるからだ。
「俺が何を知ってるって?」
酔っ払い特有のしつこさで、三助は絡んだ。
「おお、熱かった。いや、孔だよ。買った磁器に、小さな孔があるんだ」
「買った」を、いやに強調して、男は言った。
「孔?」
「小っこい、丸い穴だ。なんでも……」
ぐい、と、男は膝を乗り出した。
「なんでもよ。後から、金の蓋や、取っ手をつけるんだと。その孔にうまく、こう……」
言葉が追い付かないのか、右手の人差し指を、左手で作った拳の間に差し込む仕草をする。なんだかひどく、卑猥に見えた。
「お前さん、欲求不満と違うか?」
「弥勒菩薩が相手にしてくれねえもんで」
「弥勒菩薩だと? 高望みしすぎだ」
「そんな、叩きつけるように言わなくたって……」
男は、泣きそうな顔になった。他人の色恋沙汰を聞かされるほど、つまらぬものはない。まして若い男の。三助は、鼻で笑った。
「だいたいな、この日の本の国から、そんなに大量の金が出土るかよ」
「そうだよな……」
この答えは、男の想定内のようだった。
それが、三助の気に障った。ぐい、と、三助は、膝を乗り出した。
「だが、海を越えた向こうでは、そうでもないらしい。海の向こうの国々には、金細工を手掛ける名工がいるそうだ」
「金細工?」
「手先の器用な奴らが、日本や清から運ばせた陶磁器に、金で、取っ手や蓋や、注ぎ口なんかを作って、くっつけるんだそうな」
「そりゃ、豪儀だな」
「そういや、有田にいた頃、出来上がった甕や壺に孔を開けてくれって、注文が、たまにあったっけ。そういうのは、出島に運ばれてった」
「出島?」
「知らねえのかよ。海の向こうのお国へは、出島からしか、持ち出せねえのさ」
「あ? ああ、そうだね……知ってるさ、もちろん」
怪しいもんだと、三助は思った。
気の毒に、この男の知能は、相当、低いらしい。
そこで、親切に解説してやる気になった。
「焼きあがった磁器に、孔を開けるのは、とても難しい作業なんだ。大陸の……景徳鎮の奴らは、それほど得意じゃない。そういうのは、やっぱり日本人でないとな。俺の親方は、得意だったんだ」
「親方は、朝鮮人だろ?」
「何代前の話をしてるんだ。もう立派な日本人さ。ま、磁器に孔を開けるのは、俺だって得意だが。親方よりうまかったくらいだ」
「ふうん」
「そこを見込まれて、引き抜かれたようなもんさ。富久豆の岡津へな、な。岡津の窯元が、陶器に穴を開けなくちゃならなくなったから。岡津でも、割れやすい形の磁器は、俺の所に持ち込まれてきたもんだ」
「へえ! 岡津でも、孔を空けてたんかい」
「ああ、俺は重宝されてたんだぜ」
「すげえな」
素直に、男は目を輝かせた。
「技術のあるやつって、すげえ!」
「……結局、クビになったがな」
「それで、江戸の白野屋に再就職したってわけか」
「そうだよ。そもそも岡津の窯元に、出来上がった陶磁器に穴を開けるよう依頼したのは、白野屋だからな。結果、俺は佐賀から引き抜かれ、岡津へ来たわけだ。だから、窯元を首になっても、岡津には、頼れる親戚も知り合いもいやしねえ。白野屋は責任を感じたんだろうよ。まあ、江戸でもクビになったわけだけど」
自嘲的に、三助は答えた。悔しさがこみ上げ、付け加える。
「後輩は窯元に残った。俺が技術を教えてやったやつだ。人減らしで、給料の高い俺だけが追い出された。はるばる佐賀から呼んでおいて、結局は使い捨てってやつよ」
三助が嘆くと、宥めるように男は言った。
「そりゃ、ひでえ話だ。そんなあこぎな窯元のことなんか、忘れちまうがいいさ。その後でクビになったお店も、相性が合わなかっただけだろ。そんなところに居続けても、いいことなんか、ひとつもねえ」
「そうだな……」
なんだか、陶芸にこだわっていた自分が、あほらしくなってきた。
「お江戸はいいぜ。探せば、何かしら仕事がある」
「……うむ」
「ま、呑みねえ呑みねえ」
男の注いでくれた盃を、三助は、ぐいと、飲み干した。
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