石川五右衛門3世、但し直系ではない

せりもも

文字の大きさ
37 / 43
花瓶の穴

14 おえんと独歩

しおりを挟む
 「五右衛門。五右衛門」

 ひそひそと呼ぶ声がする。
 夜半過ぎの牢獄。格子の間から、朧な月の光が差しこんでいた。

「死んじゃったの? ねえ、五右衛門ったら!」

 薄目を開けてみると、牢の外にいたのは、おえんだった。
 気持ちよく眠っていたところをまた起こされ、俺は、むっとした。

「そう簡単に死ぬわけないだろ」
「馬鹿、五右衛門」
「馬鹿はねえだろ。それより、何しに来たんだ? ここは子どもの来るところじゃねえ」

俺が諭すと、おえんはむくれた。

「如信尼様が、凄く心配してたから、様子を見に来てあげたんだよ!」

「如信尼様が!?」
寝そべっていた俺は飛び起きた。
「あの方が心配して下さるなら、俺ぁ、何十遍、いや、何百遍でも、牢に入るぜ!」

「五右衛門……」
おえんの背後から、泣き声が聞こえた。声変わり直前の、掠れた声。独歩だ。
「僕の為に……五右衛門。ごめん。ごめんよぉーーーー」

わんわんと泣き出した。

「如信尼様から聞いた。五右衛門は、僕の為に調べていて、人殺しに巻き込まれたんだ! 僕、五右衛門にひどいことを言ったのに。許しておくれよ、五右衛門」
「なに、おめえと俺の仲じゃねえか……」


 独歩はかつて、裕福な家で幸せに暮らしていた可能性がある。が、いつの頃からか、地下牢に閉じ込められて育った。そして言葉を忘れ、江戸の町に放置された。

 そこに、何らかの陰謀があったのだとしたら? 

 何にしても、俺は、独歩をひどい目に遭わせた奴を、懲らしめてやりたかった。できることなら、地下牢に入る前の生活に戻してやりたかった。


「うわぁーーーーーん」
純真な独歩は、一層ひどい声で泣き喚き始めた。

「しっ! 静かに! 見張りが来ちゃうでしょう!」
ぺしん、と、殴りつける音がした。途端に、派手な泣き声が小さくなった。

「五右衛門ったら、如信尼様にご心配をかけて。それでいったい、今度は、何をやらかしたっていうんだい」
「何も。ただ、岡津の、元陶工ってやつと、酒を飲んだだけ」
「岡津? 陶工?」
「殺された人だね? 堀田三助という……」

 全くわかっていない5歳児に、独歩が補足する。俺は、順を追って話すことにした。

「おえん、おめぇが、出来損ない出来損ないって言うからよ。先だって花瓶を盗んだ将監町の白野屋へ、偵察に行ったんだ。あすこの店では、客に、穴開きの不良品を売りつけてるのか、調べにな」

「出来損ないは、あんただろ」
「世の中に出来損ないは存在しないんだ。如信尼様がそうおっしゃった」

 ふん、とおえんは肩を聳やかした。さすがの五歳児も、如信尼様には逆らわない。

「白野屋では、穴開きを売ってたのかい?」
「うんにゃ。倉庫の中からも出させてみたんだが、どれもきれいなものだった。孔なんか、一つも空いちゃいねえ」
「で?」

怖い声で、おえんが追及する。

「そしたらそこへ、堀田三助が来て、騒ぎ始めたんだ」


 番頭の話では、三助は、有田から岡津へ引き抜かれて来た陶工だが、人減らしで、引き抜かれた先の岡津の窯元を首になったという。

 気の毒に思った白野屋の店主が、江戸のお店で雇ってやることにした。陶器商の白野屋は、岡津の窯元へ頻繁に出入りしていたのだ。

 だが、陶工しか経験がないせいか、三助は自尊心ばかり強く、全く使い物にならなかった。

 ……「仕方がないからクビを切ったんですが、それを恨みに思って、ああして、嫌がらせに来るんでございますよ」

 悪い噂を恐れてか、番頭は、店にいた客全員に聞こえるように、声高に説明した。


 そこまで聞いて、俺は、店の外へ出た。
 ちょうど、三助が、力いっぱい、店主を突き飛ばしたところだった。見事な尻もちを、店主はついた。

 俺の後からついてきた番頭が、慌てて、店主に駆け寄る。
 店の中から、若い衆がわらわらと出てきた。

 勝ち目はないと見て取ったか、捨て台詞を残し、三助は、立ち去った。
 俺は、三助の後をつけた。


「そしたら、その元陶工のやつ、川沿いのうどん屋で、食い逃げしやがってよ」
「食い逃げ?」
「おうさ。店の外で張っていた俺は、やつを追いかけ、追っ手を撒いてやって、近づきになったってわけだ」

「五右衛門。そのうどん屋さんって、おじいさんとおばあさんのやってるお店だよね?」
 心配そうに、独歩が聞く。

「知ってんのか?」
「とても優しい人たちだ」

「なんてこったい! 食い逃げの手助けをするなんて! しかも老夫婦のお店に入った! 五右衛門! この、人でなし!」
おえんが金切り声を上げる。

「しっ! 番人が来る!」
今度は、独歩がおえんの口を塞いで黙らせた。

「安心しろ。お代なら、後から払いに行った。俺は義賊だ。その辺りに、抜かりはねえ。……あっ!」
俺は頭を掻き毟った。
「酒代だけじゃない。あそこの払いも、俺が持ってやったんだった」
 三助が死んだのなら、この損は、永久に回収できないではないか。

「で、その元陶工と、何の話をしたのさ」
 噛みついて、独歩の手を口から引きはがし、おえんが尋ねる。

「三助ってそいつ、出来上がった磁器に孔を空けるのが得意なんだと」
「はあ?」
「それで、有田から岡津へ、引き抜かれたらしいぞ。でも、技術を後輩に教えてやったら、教えた三助は、首を切られたそうだ。全く、不景気は罪だぜ」
「……」

「あとは、歴史の話だ」
「歴史?」
「おうさ。大公秀吉とか、朝鮮出兵とか。あっ!」
「なんだい!?」

 凄んだおえんを無視し、俺は、独歩に向き直った。

「おめえを疑って悪かった、独歩。海の向こうでは、磁器に、ふつうに、金の蓋や取っ手を取り付けるんだそうだ」
「海の向こう?」

独歩が繰り返す。

「南蛮とか、伴天連の国とか。前に、お前さんの言った通り」

「その話を、岡津の陶工が?」
「殺された三助は、有田から引き抜かれたんだと。それでもって、岡津でも、出来上がった磁気に穴を開けていたんだ」

「でもそれ、五右衛門、変じゃない?」
独歩が首を傾げた時だった。

「ほほう。面白い話をしているな」
不意に、野太い声が降ってきた。
「げ。長治親分」
おえんと独歩、二人そろって、飛び上がる。


 月の光を浴びて、腕組みをした瀬戸長治が、柱に寄りかかって立っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

処理中です...