生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第五章 糺の森で

41 夜の羅城門 1

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 その麗しい笛の音は、今宵も嫋々と、楼の上から、流れ落ちていた。
 都の外れ、羅城門。人の世と、異界との結界、荒れ果てた関。

 門の上楼から、白い顔が、ちらと見えた気がした。笛を横に構えている。匂い立つような瑞々しさだ。
 ひどく美しい幻に、魅入られそうな恐怖を、沙醐は感じた。


 「沙醐。なぜまた、ここに?」

 肩をがっしりと捕まれ、沙醐は、はっと我に返った。
 雷神・菅公が、ぎょろりとした目を光らせて立っていた。

「あ……」
「男は、ブサメンの方が安心できると言うたろう?」
「私は別に、笛の君にお会いしにきたわけではありません」
「なら、何用じゃ」
「劉範が死にました」

 漂の君をさらった盗賊の一味が、検非違使に捕縛されたことは、菅公も知っている。その男、劉範が、アラマサの指令だと「自白」したことも。

「劉範は嘘を吐いていました」
きっぱりと、沙醐は言った。

「お前は、なぜそう思う? 理由は?」
「劉範は、亡くなった華海親王の腹心でした。そして、華海親王は、暁史を憎んでいました。アラマサの父の、暁史を」
「ほう」
「これは、アラマサ……暁雅殿から聞いた話です。暁史の子息の」

 華海親王が愛する務の君を、暁史が、強引に奪った話を、沙醐はした。

「亡くなる直前に、暁史が、息子の暁雅……アラマサに、告白したそうです。漂の君は、自分の娘だと」

「なんとまあ。また、女がらみか」

菅公は、ため息をついた。

「まあ、そう考えれば、腑に落ちる話ではあるが。漂の君だけが、生まれてすぐ里子に出されたことも、皇女として養育されなかったわけも」

「華海親王は、アラマサの父・暁史を憎んでいました」
沙醐は繰り返した。
「そして、劉範は、華海親王の腹心でした」

「劉範は、華海親王の遺志で、なさぬ仲の娘を殺そうとしたと? 主の敵だった暁史……ヤツは、すでに死んでおるから、その息子・アラマサに罪を被せて?」
「ええと……」

 沙醐も、そう考えて、納得しようとした。けれど、どうもすっきりしない。


 すでに華海親王は、亡くなっている。たとえ、主の遺言があったとしても、今更、劉範は、誘拐事件などを起こして、世間の耳目を引きたいと考えるだろうか。何より、華海親王は、出家だった。皇女として育てられている姉君さえも、表立っては認知はしていない。ましてや、漂の君は、里子に出されてしまっている。もはや、縁が切れたも同然だ。


「ちょっと、それは違う気がするんです」
「劉範は、華海親王の遺志で動いたのではないと、沙醐、お前は考えるのだな?」

「はい」
沙醐は頷いた。

「おもしろい!」
菅公が手を打った。雷神は、笑っていた。
「それで?」

「私、思い出しました。菅公。前に私がここへ来た時、あなたは何か言いかけましたね」

 ……「暁家は没落し、関白は、暁史の弟、影長のものとなった」
 ……「なんか、いろいろ、残念ですね」
 ……「沙醐の言う通りじゃ。じゃが……」

 その後に続いた、沈黙。
 再び話し始めた菅公は、話題を変えていた。
 ……。


 「あれは、何を言いかけたのですか?」

 菅公は、答えなかった。
 再び、嫋々とした笛の音が、上階から流れ落ちてきた。
 悲しく、侘しく、けれども、堪え切れないほどの美しさを湛えた……。

ね!」
菅公が上を向いて叫んだ。
「お前の出番はまだだ。居ね!」

笛の音が途切れた。かすかな笑いが聞こえたように、沙醐は思った。






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