生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第五章 糺の森で

42 夜の羅城門 2

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 打って変わって、穏やかな顔を、菅公は、沙醐に向けた。

 「例の矢の一件を覚えているか? あれがまだ、尾を引いているのだ」


 二十年前の事件だ。華海親王と暁史の確執の、そもそもの、幕開け……。

 華海親王と、暁史……。最初に、相手の恋人を寝取ったのは、華海親王だった。


 華海親王に池の女君を寝取られた暁史は、怒り狂っていた。
 主の怒りは、従者にも伝染する。中に、弓の達者な者がいた。彼の射かけた矢は、華海親王の袖を射ただけで終わった。だが、今度は親王の従者が収まらず、両方の従者どもが入り乱れての大乱闘となった。


「なにしろ、事の起こりが、女の取り合いだからな。この時すでに、華海親王は、出家していた。だから、なるべく、おおごとにしたくなかった」

 矢を射かけた暁史の方も、もちろん、自分の罪を認めるようなことはしたくなかったはずだ。恐れ多くも、皇族……今上帝の兄君……に向かって、矢を射たのだ。冷静に考えれば、ただで済むはずがない。

「でも、この事件が元で、暁史は関白を辞し、地方に流されたのでしょう? 暁家は没落、成長した息子の暁雅は、アラマサと言われるほどの乱暴者になった」
「そうだ。結果として、事件は公になった」

 沙醐は、混乱した。
「当事者が黙秘を続けたのに、いったい、どうして……、あっ!」

 ……「タレコミがあったのじゃ! 暁史が、華海親王を射殺そうとしたと……」
 師直が喚いてたのを、彼女は思い出した。梅が、検非違使別当である彼の父を、侮辱した時のことだ。

 菅公が、頷いた。
「当時、検非違使別当の元へ、投げ文があった」

「投げ文……。いったい誰が……」
 ……その人物が、真の黒幕?


 それには答えず、菅公は、鼻を鳴らした。
「当事者が、隠しておきたかったことじゃ。それも、二十年も前の。あの時、お前に話さなかったのは、そういうわけよ」


 「ええと、ええと……」
何かがつかめかけた気がする。


 まずは、二十年前の、矢の事件。被害・加害、両者とも、事件を隠そうとしたのに、何者かの投げ文で、ことは、発覚してしまった。
 結果、暁家は没落した。暁史の、華海親王への恨みは深まるばかりだ。

 その五年後。
 仕返しとばかり、暁史は、華海親王の想い人・務の君を奪った。そして漂の君が生まれたが、彼女は、華海親王から疎まれ、里子に出された。

 そして、つい先ごろの、皇太后邸へ、強盗が入った事件。強盗だけではなく、漂の君が誘拐された。

 だが、すでに、華海親王も、暁史も、亡くなっている。


 検非違使に捕えられた劉範は、かつて、華海親王の忠臣だった。彼は、暁史の息子、アラマサに命じられたと「白状」し、自害した。

 ……自害?


「劉範は、本当に、自害だったのでしょうか」
「附子の毒なら、食事に盛ることもできるからな」

さらりと、菅公は言った。沙醐は、ぞっとした。

「いったい、誰が……」
「看守を抱き込めるほど、力のある人間であることは、間違いないな」
「もしや、矢の事件を検非違使に投げ文した人が、黒幕……?」
「そうじゃ。最初の事件の、事情を知ることのできる人間じゃ」

 少なくともそれは、アラマサでないことだけは、確かだ。父・暁史が華海親王に矢を射掛けた当時、彼はまだ、ほんの幼児だった。

「ううううう、それは、誰?」
「さっきから儂をアテにしてばかりではないか。少しは自分で考えよ」
「さっぱりわかりません」

「すぐに投げるな! いいか。劉範は、アラマサに命じられてやったと言った。しかし、それは、嘘だ」
「……はい」
「嘘があるなら、真もある。違うか?」

「菅公!」
じれったくなって、沙醐は、雷神に詰め寄った。残された時間は、もう、あまりない。
「漂の君のお命に係るのです。どうか、お教え下さい。劉範は、なぜ、漂の君をさらったのですか? いったい誰の命令で?」

「ほら、答えが出た」
菅公が言った。また、笑った。

「……は?」
沙醐には、わけがわからない。

「劉範は、誰かに命じられて、漂の君をさらったのだ」
「だから、誰にっ!?」

「そして、アラマサに罪を被せようとした」
激昂する沙醐に、被せるように、菅公が言う。

 ……狙いは、アラマサ?
 ……漂の君ではなく?
 沙醐は、絶句した。


 重ねて、菅公が尋ねる。
「アラマサを破滅させたい人間は、誰か?」

 なぜかこの時、沙醐は、アラマサを弁護しなければと思った。
「アラマサと呼ばれるくらいです。確かに、暁雅殿は、荒々しく、無頼な方ですが……」

 ……それでも、カワ姫の虫は、彼の元には行かなかった。
 ……乱暴者に寄るという虫たちは。

 沙醐は言葉を失った。


 「もしくは、」
直資は沙醐を見つめた。途中で途絶えた沙醐のアラマサへの弁護ではなく、その前の、自分自身の言葉に繋げる。
「暁雅を、社会的に永遠に葬ってしまわなければ安心できない人間は?」

「ええと……」

「アラマサの異名を取り、評判が悪いとはいえ、暁雅自身は、まだ、それほどの悪事を働いてはいない。少なくとも、皇族に矢を射かけてはいないからな」

 ぎろりと、沙醐を見た。

「だが、もしここに、皇族の娘……実際は、華海親王のタネでなくても、世間は知らない……の誘拐・殺害容疑が加われば、やつは、どうなるか」


 ……「アラマサは、あれで、前関白の御曹司よ。」
前に菅公が言った言葉が、沙醐の脳裏に蘇る。
 ……「息子の方は、父親ほどの悪さはしておらぬ。まだ」

 菅公は、最初から、その点を強調していた……。


 菅公はにやりと笑った。
「政界復帰は、不可能となるな。暁雅……暁家は、永遠に」






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