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第参柱
第三十伝 『師走の判断』
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(なっ、なんで?護符が反応しない…!)
術が発動しないと判断した水無は、フッと鼻で笑って朔を見下す。
「なによ、見掛け倒しにも程があるわね。来ないならこっちから行くわよ。」
「っ!」
イメージが悪かったのだろうか。それとも、込める神力が足りなかった?
水無と師走が護符を構えようとするのを見て、朔は先程以上に念を込めてもう一度祝詞を唱えた。
「…す、『水矢』!」
「何度やったって無駄…。」
言葉途中で、朔の持っていた護符が反応を示す。そして護符から水の矢が現れ、水無の頬を掠めた。
「っ!…アンタ…!!」
危うく顔を傷付けられそうになった水無は、カッとなって朔を睨む。その勢いのまま祝詞を唱えようとするが、それを師走が諫めた。
「冬馳!?」
師走のファーストネームは冬馳。フルネームは師走冬馳。
師走に止められても水無の怒りは治まらない。むしろ更に怒りが煽られている様子。まぁ年頃の娘の顔が傷付けられそうになったのだ。一生残る傷にでもなったらと思うと、簡単に鎮められない気持ちも分かる。
だが水無もすぐに気付いた。自分達の背後の気配に。
水無と師走は護符を構えながら後ろを振り返る。
師走達の背後には二人の妖かしがいた。
「俺達の気配にいち早く気付くとは。なかなかやるな。」
「てめェ、言ってる場合かよ。危うく怪我させられそうになったんだぜェ。」
妖かし達はゆっくりとこちらに近付いて来る。一人は明らかにガラの悪そうな風貌。手が四本あり、鎌のような武器を携えている。もう一人は一見穏やかそうに見えるが、両手を袖の下で腕組みしており、何かを隠し持っていそうな雰囲気。どちらも敵意をむき出しにした妖かしだ。
朔がゴクリと唾を飲んで相手の様子を窺っていると、師走がフッと笑みを漏らして朔の方へと目を向けた。
「…なるほど。俺達を狙っていると見せかけて、奴らを狙ったというわけか。やるな、須煌朔。」
「えっ!?あ、いや…。」
(たまたまなんだけど…。)
“敵を騙すには味方から”。師走は朔がそれを実行したのだと思ったらしい。全くの偶然なのだが。むしろ朔は妖かしの気配には一切気付いていなかった。
朔は無我夢中で術を放ったにすぎないが、その事を説明しても自分が損をするだけだろう。ひとまずそういう事にしておくか。朔はそう思いながら口を噤んだ。
師走は再び妖かしへと目を向けながら思考にふける。そしてチラリと朔が持つ護符を見やった。
(如月の護符があるとは言え、須煌はズブの素人。須煌自身の神力が目覚めているわけでもない。こいつを戦力として加えるのは無謀だな。むしろ…。)
唸る師走を前に、妖かし二人はじりじりと三人へと歩み寄る。
「ゲヘヘヘ。従者が三人…。弱そ~な奴らが徒党を組んでやがらァ。」
「島貝、気を抜くな。腐っても従者。ここで確実に排除せねば。」
「分ーってるよ、佐久田。あのお方に…果ては隠神様にご贔屓にしてもらう為には、だろォ?」
(隠神?こいつら、化け狸の…!)
朔は葛葉に聞いた言葉を思い出す。どうやらこの二人は朔に忠告を促した化け狸の手の者らしい。
まさか朔があの時の忠告を無視して師走達と接触したから?
もしそうなら誤解だ。師走達には手を組めない事を告げに来ただけ。だが双葉や葛葉との縁を切ろうとしているわけでもないのもまた事実。朔は何とも言えずに押し黙ってしまう。
両者はじりじりと睨み合っていたが、やがて妖かしの二人が息を合わせたように飛び出した。
「まずは一番弱そうな・・・・お前からだァ…!」
そう言って矛先が向けられたのは朔。てっきり手前にいる師走達が狙われるものだと思っていた。想定外に二人をすり抜け朔へと向かう妖かし達を見て、水無は慌てて振り返った。
「危ない!!」
「っ!?」
朔と水無達との間は少し距離が開いているが、祝詞を唱える時間もない。
朔は咄嗟に顔の前に両手をクロスさせて防御の姿勢を取る。そんな朔に妖かし達は突っ込んで行った。妖かしのうちの一人、佐久田と呼ばれた男が、朔の足元へと突っ込んだ事で朔の周りは土煙が巻き起こった。師走と水無は息を飲んで目を見張る。
だが煙が晴れたその場には朔の姿はなかった。妖かしの二人も朔を確実に仕留めたと思っていたのか、朔が消えて目を丸くしている。
「・・・・?」
師走は辺りの気配を探る。そして朔の移動場所に気付き、パッと妖かし達の頭上を見上げた。
朔は木の上にいた。
朔が単身一人で飛び上がったわけじゃない。それを助けた者が朔の横にいる。
「く、葛葉…!」
咄嗟に朔を窮地から救い出したのは葛葉だった。
朔本人も状況を理解出来ていなかった。だが隣にいる葛葉の顔を見てパッと顔を明るくする。
そして朔は小さく「あっ。」と漏らし、伝えなければならないと思った事を口に出す。
「そういや今度、佐藤と一緒に遊びに行こうって話してたんだけど、お前もどう?」
「それ今言う必要あるか!?」
天然にも程があるだろ!状況をわきまえろ!言いたい事は溢れるものの、斜め上を行く発言すぎて逆に言葉が出て来なかった。
「こんな時に狐も…!?」
葛葉の姿を捉えた水無はギリリと歯噛みする。朔達に向けて護符を放とうとする彼女を見て、朔は慌てて声を上げた。
「!? 待…っ!」
「待て、あずき。」
「!」
朔の発言を遮り、水無を止めたのは師走だった。師走は水無の動きを止め、朔の方に…いや、朔と葛葉に向かって叫ぶ。
「おい、須煌!俺達はこいつらの相手をしなければならなくなった。その間にお前達がこの場から立ち去っても文句は言わん。」
「!?」
思いがけない師走の言葉に、朔も葛葉も目を丸くする。そして水無も。水無は師走の方へと睨んだ視線を移す。
「ちょ、何言ってんのよ!?」
水無の訴えは聞いていないのか、師走はそのまま続ける。
「お前達に構っている暇はない。むしろ視界に入られては気が散る。失せろ。」
「えっ…?」
「相変わらずお前鈍いな。あいつは遠回しに『逃げろ』って言ってんだろ。」
「!」
朔が足手まといになる可能性が高いと判断した師走は逃げるよう促した。
相手は二人。上級の妖かしではなさそうだが、雑魚という妖力でもなさそうだ。朔を庇いながら闘うのはキツイと考えたのだ。
正直、葛葉の存在を認めたわけではないが、朔を助け出す姿を見て、この場はひとまず任せようと考えたらしい。師走の思考を汲んだ葛葉はフッと息を漏らす。
「じゃ、お言葉に甘えて。俺らは退散するぜ。」
「あっ、ちょ、葛葉!」
朔が発言するよりも先に葛葉は動き出す。葛葉は朔を担いで木の上を飛び移ってその場から離れた。
朔達が逃げても師走は微動だにしない。それを見て水無は師走に怒号を浴びせた。
「ちょっと冬馳!?どういうつもりよ!」
「妖狐を気に掛けながら戦うのは効率的じゃない。須煌は戦力としても不十分だ。ならここは、俺達だけで一気に片付けた方が早いだろう。」
「…っ。…まぁ、そうね。」
淡々と答える師走の言葉には説得力があった。今の状況を見て冷静に下された判断だ。水無は頭を冷やして頷く。師走と水無は改めて、島貝、佐久田と呼ばれる二人の妖かし達と対峙した。
二対二の攻防が始まらんとしている様子を、先日朔に忠告を促した化け狸の妖かしは木の上から見下ろしていた。
術が発動しないと判断した水無は、フッと鼻で笑って朔を見下す。
「なによ、見掛け倒しにも程があるわね。来ないならこっちから行くわよ。」
「っ!」
イメージが悪かったのだろうか。それとも、込める神力が足りなかった?
水無と師走が護符を構えようとするのを見て、朔は先程以上に念を込めてもう一度祝詞を唱えた。
「…す、『水矢』!」
「何度やったって無駄…。」
言葉途中で、朔の持っていた護符が反応を示す。そして護符から水の矢が現れ、水無の頬を掠めた。
「っ!…アンタ…!!」
危うく顔を傷付けられそうになった水無は、カッとなって朔を睨む。その勢いのまま祝詞を唱えようとするが、それを師走が諫めた。
「冬馳!?」
師走のファーストネームは冬馳。フルネームは師走冬馳。
師走に止められても水無の怒りは治まらない。むしろ更に怒りが煽られている様子。まぁ年頃の娘の顔が傷付けられそうになったのだ。一生残る傷にでもなったらと思うと、簡単に鎮められない気持ちも分かる。
だが水無もすぐに気付いた。自分達の背後の気配に。
水無と師走は護符を構えながら後ろを振り返る。
師走達の背後には二人の妖かしがいた。
「俺達の気配にいち早く気付くとは。なかなかやるな。」
「てめェ、言ってる場合かよ。危うく怪我させられそうになったんだぜェ。」
妖かし達はゆっくりとこちらに近付いて来る。一人は明らかにガラの悪そうな風貌。手が四本あり、鎌のような武器を携えている。もう一人は一見穏やかそうに見えるが、両手を袖の下で腕組みしており、何かを隠し持っていそうな雰囲気。どちらも敵意をむき出しにした妖かしだ。
朔がゴクリと唾を飲んで相手の様子を窺っていると、師走がフッと笑みを漏らして朔の方へと目を向けた。
「…なるほど。俺達を狙っていると見せかけて、奴らを狙ったというわけか。やるな、須煌朔。」
「えっ!?あ、いや…。」
(たまたまなんだけど…。)
“敵を騙すには味方から”。師走は朔がそれを実行したのだと思ったらしい。全くの偶然なのだが。むしろ朔は妖かしの気配には一切気付いていなかった。
朔は無我夢中で術を放ったにすぎないが、その事を説明しても自分が損をするだけだろう。ひとまずそういう事にしておくか。朔はそう思いながら口を噤んだ。
師走は再び妖かしへと目を向けながら思考にふける。そしてチラリと朔が持つ護符を見やった。
(如月の護符があるとは言え、須煌はズブの素人。須煌自身の神力が目覚めているわけでもない。こいつを戦力として加えるのは無謀だな。むしろ…。)
唸る師走を前に、妖かし二人はじりじりと三人へと歩み寄る。
「ゲヘヘヘ。従者が三人…。弱そ~な奴らが徒党を組んでやがらァ。」
「島貝、気を抜くな。腐っても従者。ここで確実に排除せねば。」
「分ーってるよ、佐久田。あのお方に…果ては隠神様にご贔屓にしてもらう為には、だろォ?」
(隠神?こいつら、化け狸の…!)
朔は葛葉に聞いた言葉を思い出す。どうやらこの二人は朔に忠告を促した化け狸の手の者らしい。
まさか朔があの時の忠告を無視して師走達と接触したから?
もしそうなら誤解だ。師走達には手を組めない事を告げに来ただけ。だが双葉や葛葉との縁を切ろうとしているわけでもないのもまた事実。朔は何とも言えずに押し黙ってしまう。
両者はじりじりと睨み合っていたが、やがて妖かしの二人が息を合わせたように飛び出した。
「まずは一番弱そうな・・・・お前からだァ…!」
そう言って矛先が向けられたのは朔。てっきり手前にいる師走達が狙われるものだと思っていた。想定外に二人をすり抜け朔へと向かう妖かし達を見て、水無は慌てて振り返った。
「危ない!!」
「っ!?」
朔と水無達との間は少し距離が開いているが、祝詞を唱える時間もない。
朔は咄嗟に顔の前に両手をクロスさせて防御の姿勢を取る。そんな朔に妖かし達は突っ込んで行った。妖かしのうちの一人、佐久田と呼ばれた男が、朔の足元へと突っ込んだ事で朔の周りは土煙が巻き起こった。師走と水無は息を飲んで目を見張る。
だが煙が晴れたその場には朔の姿はなかった。妖かしの二人も朔を確実に仕留めたと思っていたのか、朔が消えて目を丸くしている。
「・・・・?」
師走は辺りの気配を探る。そして朔の移動場所に気付き、パッと妖かし達の頭上を見上げた。
朔は木の上にいた。
朔が単身一人で飛び上がったわけじゃない。それを助けた者が朔の横にいる。
「く、葛葉…!」
咄嗟に朔を窮地から救い出したのは葛葉だった。
朔本人も状況を理解出来ていなかった。だが隣にいる葛葉の顔を見てパッと顔を明るくする。
そして朔は小さく「あっ。」と漏らし、伝えなければならないと思った事を口に出す。
「そういや今度、佐藤と一緒に遊びに行こうって話してたんだけど、お前もどう?」
「それ今言う必要あるか!?」
天然にも程があるだろ!状況をわきまえろ!言いたい事は溢れるものの、斜め上を行く発言すぎて逆に言葉が出て来なかった。
「こんな時に狐も…!?」
葛葉の姿を捉えた水無はギリリと歯噛みする。朔達に向けて護符を放とうとする彼女を見て、朔は慌てて声を上げた。
「!? 待…っ!」
「待て、あずき。」
「!」
朔の発言を遮り、水無を止めたのは師走だった。師走は水無の動きを止め、朔の方に…いや、朔と葛葉に向かって叫ぶ。
「おい、須煌!俺達はこいつらの相手をしなければならなくなった。その間にお前達がこの場から立ち去っても文句は言わん。」
「!?」
思いがけない師走の言葉に、朔も葛葉も目を丸くする。そして水無も。水無は師走の方へと睨んだ視線を移す。
「ちょ、何言ってんのよ!?」
水無の訴えは聞いていないのか、師走はそのまま続ける。
「お前達に構っている暇はない。むしろ視界に入られては気が散る。失せろ。」
「えっ…?」
「相変わらずお前鈍いな。あいつは遠回しに『逃げろ』って言ってんだろ。」
「!」
朔が足手まといになる可能性が高いと判断した師走は逃げるよう促した。
相手は二人。上級の妖かしではなさそうだが、雑魚という妖力でもなさそうだ。朔を庇いながら闘うのはキツイと考えたのだ。
正直、葛葉の存在を認めたわけではないが、朔を助け出す姿を見て、この場はひとまず任せようと考えたらしい。師走の思考を汲んだ葛葉はフッと息を漏らす。
「じゃ、お言葉に甘えて。俺らは退散するぜ。」
「あっ、ちょ、葛葉!」
朔が発言するよりも先に葛葉は動き出す。葛葉は朔を担いで木の上を飛び移ってその場から離れた。
朔達が逃げても師走は微動だにしない。それを見て水無は師走に怒号を浴びせた。
「ちょっと冬馳!?どういうつもりよ!」
「妖狐を気に掛けながら戦うのは効率的じゃない。須煌は戦力としても不十分だ。ならここは、俺達だけで一気に片付けた方が早いだろう。」
「…っ。…まぁ、そうね。」
淡々と答える師走の言葉には説得力があった。今の状況を見て冷静に下された判断だ。水無は頭を冷やして頷く。師走と水無は改めて、島貝、佐久田と呼ばれる二人の妖かし達と対峙した。
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