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第4章「奇妙な家」
第32話「おれについて、よく知っているんだな」
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(Unsplashのshehab abbasが撮影)
「俺と、北方先生が会った? 何の用で?」
運転しながら鋭く尋ねかえしてくる音也は、なぜか真っ白なワイシャツの胸ポケットに手をあてていた。
聡はそのしぐさを横目で見つつ、
「昨日、事務所にお前あての荷物が届いたよな。
あれ、北稲先生からだろ。
箱いっぱいのシガリロを送ってくるなんて、御稲先生くらいしかい ない」
音也は押し黙り、日ざしの中に白い横顔を浮かせている。
この男が、こういう表情を始めたらテコでも動かない。つきあいの長い聡は嫌というほど知っている。
……音也もまた、聡に北隠しごとを持っている。
亡き母といい音也といい、今の聡のまわりには秘密を持っている人間ばかりがいるようだ。
ひょっとしたら『こいつ』も何か持っているのか?
助手席にのんきそうに座る今野ののんびりした顔を眺めた。
そしてすぐに、秘密はなさそうだ、と安心する。
裏も表もないような今野の顔を見るだけで、最近の聡はほっとする。
ふたたび、目線を強くして運転席の音也を見た。
「おまえ、御稲先生と会った理由を言いたくないんだな」
「単なる挨拶だよ」
さりげない口調で、音也が答える。
車は最後のカーブを曲がり、もう目的地である横井謙吉事務所の目の前だ。
車が止まりかけるのを感じて、いらだたしげに音也をにらみつける。
「おまえが、目的もなく人に会うかよ。御稲先生もな」
「俺について、よく知っているんだな」
音也は、じわりと厚みのある笑いをした。
それは何かを隠しているようでいて、隠し切れていない。
こんなふうに音也は時々、かたい鎧の隙間から、ふいに素肌をみせる。
その隙が、今の聡には息苦しい。
どんなに長く一緒にいても、音也に一ミリも近づけないからだ。
伸ばした手から、するりするりと影が逃げる。
聡をあざ笑う。
だが、たとえどんなに自分がみじめに思えても聡は音也から離れられない。
自分の隣に音也を置いておけるなら、何を投げ出しても惜しくない。
なけなしのプライドも将来も、他人の思惑もどうでもいい。
ただ、音也が欲しい。
だがその一言は聡の口から絶対に出てこない。
「おまえのことなんか、何ひとつわからねえよ」
聡はふてくされてバックシートに沈んだ。音也は微笑った。
「お前に、知られたくないこともある」
柔らかい声が、そう言った。
聡はますますアウディの後部座席に沈み込む。
この恋は、どこをどうひねっても行き先が見えない。
「俺と、北方先生が会った? 何の用で?」
運転しながら鋭く尋ねかえしてくる音也は、なぜか真っ白なワイシャツの胸ポケットに手をあてていた。
聡はそのしぐさを横目で見つつ、
「昨日、事務所にお前あての荷物が届いたよな。
あれ、北稲先生からだろ。
箱いっぱいのシガリロを送ってくるなんて、御稲先生くらいしかい ない」
音也は押し黙り、日ざしの中に白い横顔を浮かせている。
この男が、こういう表情を始めたらテコでも動かない。つきあいの長い聡は嫌というほど知っている。
……音也もまた、聡に北隠しごとを持っている。
亡き母といい音也といい、今の聡のまわりには秘密を持っている人間ばかりがいるようだ。
ひょっとしたら『こいつ』も何か持っているのか?
助手席にのんきそうに座る今野ののんびりした顔を眺めた。
そしてすぐに、秘密はなさそうだ、と安心する。
裏も表もないような今野の顔を見るだけで、最近の聡はほっとする。
ふたたび、目線を強くして運転席の音也を見た。
「おまえ、御稲先生と会った理由を言いたくないんだな」
「単なる挨拶だよ」
さりげない口調で、音也が答える。
車は最後のカーブを曲がり、もう目的地である横井謙吉事務所の目の前だ。
車が止まりかけるのを感じて、いらだたしげに音也をにらみつける。
「おまえが、目的もなく人に会うかよ。御稲先生もな」
「俺について、よく知っているんだな」
音也は、じわりと厚みのある笑いをした。
それは何かを隠しているようでいて、隠し切れていない。
こんなふうに音也は時々、かたい鎧の隙間から、ふいに素肌をみせる。
その隙が、今の聡には息苦しい。
どんなに長く一緒にいても、音也に一ミリも近づけないからだ。
伸ばした手から、するりするりと影が逃げる。
聡をあざ笑う。
だが、たとえどんなに自分がみじめに思えても聡は音也から離れられない。
自分の隣に音也を置いておけるなら、何を投げ出しても惜しくない。
なけなしのプライドも将来も、他人の思惑もどうでもいい。
ただ、音也が欲しい。
だがその一言は聡の口から絶対に出てこない。
「おまえのことなんか、何ひとつわからねえよ」
聡はふてくされてバックシートに沈んだ。音也は微笑った。
「お前に、知られたくないこともある」
柔らかい声が、そう言った。
聡はますますアウディの後部座席に沈み込む。
この恋は、どこをどうひねっても行き先が見えない。
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