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第15章「政治家の家族」
第125話「理想的な存在感」
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(UnsplashのKazuo otaが撮影)
聡の政治秘書・楠音也《くすのき おとや》が行方をくらませてから、十日がたった。
今日の聡は『本郷《ほんごう》』の叔父とともに、名古屋ホテルの広いレセプションホールに立っている。
叔父が所有する病院の、五十周年記念パーティがおこなわれているからだ。
もっとも列席者は、病院関係者以上に松ヶ峰家の後援会『吉松会《きっしょうかい》』のメンバーが多く、病院の名を借りた吉松会の懇親会《こんしんかい》という意味あいが強い。
そのため、聡と叔父のまわりにはつねに酒を片手に声をかけてくる吉松会の男たちがとぎれなかった。
「いやあ、松ヶ峰さん。久しぶりの選挙じゃないか。先代がなくなってから20年近くなる。『吉松会』としても腕が鳴るね」
「ああ、吉田さん。あんまり久しぶりなんで、わしの腕が錆《さ》びついとらんか、心配だわ」
「よう言うな。あんたは亡くなった兄さんの選挙では『鬼』とまで言われた男じゃないか。剛腕、健在健在!」
叔父に向かい、大声で笑いかける恰幅《かっぷく》のよい男は、後援会『吉松会』の大幹部で、名古屋の都心部に複数のクリニックがつまったビルを持つ医師である。
名古屋の医師会でも、かなり大きな顔ができるひとりだ。そして医師会は、保守派の政党にとって確実な票田《ひょうでん》である。
聡は神妙《しんみょう》な顔で頭を下げ、
「叔父や吉田さんのような方がいらっしゃらなければ、とてもわたくしのような若輩者《じゃくはいもの》が選挙に出ることは、かないません。なにとぞご指導をねがいます」
「ああ、聡君。その年で初選挙は荷が重いかもしれんがね。しかし、わしら『吉松会』にとっては、長年《ながねん》まちのぞんでいた選挙だ。何としても当選させるよ」
「『吉松会』、ひいては吉田先生あってのわたくしです。よろしくお引き回し下さい」
そういいながら、聡はちらりと広いレセプションホールのすみに目をやった。
そこには、聡の妹分《いもうとぶん》・藤島環《ふじしまたまき》が後援会の女性たちに交じって、つつましやかに立っている。
今日の環は藤色の着物をきて、どこまでもひかえめだ。
なるほど以前に音也が言ったとおり、こういう『場』に入ると、環は背後にとけこむように気配を消せる。
それでいて誰かが話しているのを上手に聞き、いいタイミングでうなずいてみせる。
場《ば》がなごむ。
藤島環とは、ピリピリする政治の場において潤滑油のように物ごとをなめらかなに動かせる人間なのだった。
そのくせ、環の容貌はどこまでも平凡で特徴がない。
女性にとっては御《ぎょ》しやすく、平気で見くだせて敵対心をつのらせる必要がないタイプの女だ。
政治家の家族としては理想的な存在感を、いつのまにか藤島環は身につけていた。
もし今野《こんの》が将来、政界に入ろうというのなら環が役に立つかもしれない。
聡は後援会幹部との挨拶のあいまに、ちらりとそんなことを考えた。
それから、スっと視線を鋭くした。
松ヶ峰家の叔母・野江《のえ》が、不機嫌そうな顔のまま、環に近づいてきている。
野江は、以前から環が松ヶ峰本家《まつがみねほんけ》に住んでいるのが気に入らず、ことごとに環にきついことを言う。
聡はできる限りかばっているが、今はだいじな後援会幹部との談笑中で、身動きも取れない。
吉田の話が早く終わらないか、と聡は内心でじりじりとした。
聡の政治秘書・楠音也《くすのき おとや》が行方をくらませてから、十日がたった。
今日の聡は『本郷《ほんごう》』の叔父とともに、名古屋ホテルの広いレセプションホールに立っている。
叔父が所有する病院の、五十周年記念パーティがおこなわれているからだ。
もっとも列席者は、病院関係者以上に松ヶ峰家の後援会『吉松会《きっしょうかい》』のメンバーが多く、病院の名を借りた吉松会の懇親会《こんしんかい》という意味あいが強い。
そのため、聡と叔父のまわりにはつねに酒を片手に声をかけてくる吉松会の男たちがとぎれなかった。
「いやあ、松ヶ峰さん。久しぶりの選挙じゃないか。先代がなくなってから20年近くなる。『吉松会』としても腕が鳴るね」
「ああ、吉田さん。あんまり久しぶりなんで、わしの腕が錆《さ》びついとらんか、心配だわ」
「よう言うな。あんたは亡くなった兄さんの選挙では『鬼』とまで言われた男じゃないか。剛腕、健在健在!」
叔父に向かい、大声で笑いかける恰幅《かっぷく》のよい男は、後援会『吉松会』の大幹部で、名古屋の都心部に複数のクリニックがつまったビルを持つ医師である。
名古屋の医師会でも、かなり大きな顔ができるひとりだ。そして医師会は、保守派の政党にとって確実な票田《ひょうでん》である。
聡は神妙《しんみょう》な顔で頭を下げ、
「叔父や吉田さんのような方がいらっしゃらなければ、とてもわたくしのような若輩者《じゃくはいもの》が選挙に出ることは、かないません。なにとぞご指導をねがいます」
「ああ、聡君。その年で初選挙は荷が重いかもしれんがね。しかし、わしら『吉松会』にとっては、長年《ながねん》まちのぞんでいた選挙だ。何としても当選させるよ」
「『吉松会』、ひいては吉田先生あってのわたくしです。よろしくお引き回し下さい」
そういいながら、聡はちらりと広いレセプションホールのすみに目をやった。
そこには、聡の妹分《いもうとぶん》・藤島環《ふじしまたまき》が後援会の女性たちに交じって、つつましやかに立っている。
今日の環は藤色の着物をきて、どこまでもひかえめだ。
なるほど以前に音也が言ったとおり、こういう『場』に入ると、環は背後にとけこむように気配を消せる。
それでいて誰かが話しているのを上手に聞き、いいタイミングでうなずいてみせる。
場《ば》がなごむ。
藤島環とは、ピリピリする政治の場において潤滑油のように物ごとをなめらかなに動かせる人間なのだった。
そのくせ、環の容貌はどこまでも平凡で特徴がない。
女性にとっては御《ぎょ》しやすく、平気で見くだせて敵対心をつのらせる必要がないタイプの女だ。
政治家の家族としては理想的な存在感を、いつのまにか藤島環は身につけていた。
もし今野《こんの》が将来、政界に入ろうというのなら環が役に立つかもしれない。
聡は後援会幹部との挨拶のあいまに、ちらりとそんなことを考えた。
それから、スっと視線を鋭くした。
松ヶ峰家の叔母・野江《のえ》が、不機嫌そうな顔のまま、環に近づいてきている。
野江は、以前から環が松ヶ峰本家《まつがみねほんけ》に住んでいるのが気に入らず、ことごとに環にきついことを言う。
聡はできる限りかばっているが、今はだいじな後援会幹部との談笑中で、身動きも取れない。
吉田の話が早く終わらないか、と聡は内心でじりじりとした。
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