完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

文字の大きさ
5 / 73
第1章「まず、キスから始めよう 」~佐江×清春 編

第5話「よかったら、少し飲むか?」

しおりを挟む

(UnsplashのMayank Dhanawadeが撮影)

 清春の父親が建てた家は著名な建築家が設計したとかで、二階のベランダは五つある部屋をぐるりと取り巻いていた。
 清春の使っている部屋と異母妹・真乃《まの》の部屋のあいだには、ゲストルームがあるがベランダづたいに部屋に行ける。
 ベランダには大きな鉢植えを置いてある。外から室内が見えないようにする目的らしいが、葉が茂りすぎてジャングルのようだ。今は、清春が身を隠すのにちょうどいい。

 静かに歩いて、大きなゴムの木の鉢植え越しに、真乃の部屋の中をのぞきこんだ。
 岡本佐江は真乃の部屋のソファに座り、電話で話していた。
 話の内容は分からないが、佐江の顔がかすかに紅潮しているのをみれば、好意を持っている相手と話しているのはすぐわかった。

 ——あの子、あんな顔も、するんだな。

 佐江はかすかに頬を赤らめて電話で話し続けていた。
 両手でそっと携帯を持ち、時折、目を伏せて微笑む。その姿は、非常にわかりやすい”恋する少女”だった。
 清春は足音を忍ばせて自分の部屋に戻った。

 岡本佐江があんなふうに機嫌よく真乃の部屋にいるということは、真乃が深夜に出かけていくことが分かっていたのだろう。
 そして佐江にも利点があるから、真乃がこっそりと出ていくのを助けたのだ。

 それにしても、佐江の利点とは何だろう?

 清春は二本目の煙草に火をつけた。高台にある家の二階からは、クリスマス直前の華やかな街の明かりが見降ろせた。
 早く街中に戻って働きたい。

 清春としては今すぐ出ていってもいいのだが、この広大な家の中に佐江を一人きりで残していくのは不安な気がした。
 真乃が出かけていくときは、どこへ行くのか? としか思わなかったが、こうなってみると重要なのは、いつ真乃が帰って来るのかという点だった。

 清春は顔をしかめて、一階のリビングで酒を作って飲もうと思った。バーカウンターがしつらえてあるのだ。
 そして階下に通じる階段は真乃の部屋の真ん前にあり、清春はつい、部屋の前で足を止めて室内の気配を探った。

 夜の十時。
 真乃の部屋には岡本佐江が一人でいるはずだが、不思議なくらい何の物音もしなかった。

 清春は真乃の部屋の前で一瞬ためらい、それから小さな音でノックをした。もし佐江が何事もなく眠り込んでいるのなら、そのまま起こさずにおきたい。
 しかしドアは静かに開いた。

 清春を見た佐江はちょっと驚いた顔で、

「こんばんは。どうなさったんですか」


 どうなさった、と聞かれても、別に清春にも用はない。ただ、彼女の様子を知りたかっただけだ。
 ドアを開けた岡本佐江はとまどっているが、困っている雰囲気はない。これはもう放っておいてもいいと清春は思った。

「どうもしないけど、真乃は部屋にいないね?」
「えっ」

 初めて佐江がうろたえた様子を見せた。清春はあわてて手を振り、

「さっき真乃が出ていくところを見たから。きみ、一人で大丈夫?」

 彼女はこんな心配をおれなんかにされたくないだろうな、と思いつつ、清春は言葉を続けた。

「わるい、こんな時間におれみたいなやつが部屋をノックするほうが、よっぽど心配だろうな。
気にしないでもう寝なさい。真乃のやつ、こうなったら帰ってくるのは明け方だから」

 清春がそう言った瞬間、佐江の整った美貌が崩れ落ちた。

 ほろっと涙が一筋流れた。すぐに佐江は唇をかみしめ、泣くまいとしているようだった。
 だが、涙が止まらない。

 清春はそれ以上泣いている少女を見ていられなくて、視線をはずして足元のカーペットを見た。

「佐江ちゃん。よかったら、少し飲むか?」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...