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第1章「まず、キスから始めよう 」~佐江×清春 編
第5話「よかったら、少し飲むか?」
しおりを挟む(UnsplashのMayank Dhanawadeが撮影)
清春の父親が建てた家は著名な建築家が設計したとかで、二階のベランダは五つある部屋をぐるりと取り巻いていた。
清春の使っている部屋と異母妹・真乃《まの》の部屋のあいだには、ゲストルームがあるがベランダづたいに部屋に行ける。
ベランダには大きな鉢植えを置いてある。外から室内が見えないようにする目的らしいが、葉が茂りすぎてジャングルのようだ。今は、清春が身を隠すのにちょうどいい。
静かに歩いて、大きなゴムの木の鉢植え越しに、真乃の部屋の中をのぞきこんだ。
岡本佐江は真乃の部屋のソファに座り、電話で話していた。
話の内容は分からないが、佐江の顔がかすかに紅潮しているのをみれば、好意を持っている相手と話しているのはすぐわかった。
——あの子、あんな顔も、するんだな。
佐江はかすかに頬を赤らめて電話で話し続けていた。
両手でそっと携帯を持ち、時折、目を伏せて微笑む。その姿は、非常にわかりやすい”恋する少女”だった。
清春は足音を忍ばせて自分の部屋に戻った。
岡本佐江があんなふうに機嫌よく真乃の部屋にいるということは、真乃が深夜に出かけていくことが分かっていたのだろう。
そして佐江にも利点があるから、真乃がこっそりと出ていくのを助けたのだ。
それにしても、佐江の利点とは何だろう?
清春は二本目の煙草に火をつけた。高台にある家の二階からは、クリスマス直前の華やかな街の明かりが見降ろせた。
早く街中に戻って働きたい。
清春としては今すぐ出ていってもいいのだが、この広大な家の中に佐江を一人きりで残していくのは不安な気がした。
真乃が出かけていくときは、どこへ行くのか? としか思わなかったが、こうなってみると重要なのは、いつ真乃が帰って来るのかという点だった。
清春は顔をしかめて、一階のリビングで酒を作って飲もうと思った。バーカウンターがしつらえてあるのだ。
そして階下に通じる階段は真乃の部屋の真ん前にあり、清春はつい、部屋の前で足を止めて室内の気配を探った。
夜の十時。
真乃の部屋には岡本佐江が一人でいるはずだが、不思議なくらい何の物音もしなかった。
清春は真乃の部屋の前で一瞬ためらい、それから小さな音でノックをした。もし佐江が何事もなく眠り込んでいるのなら、そのまま起こさずにおきたい。
しかしドアは静かに開いた。
清春を見た佐江はちょっと驚いた顔で、
「こんばんは。どうなさったんですか」
どうなさった、と聞かれても、別に清春にも用はない。ただ、彼女の様子を知りたかっただけだ。
ドアを開けた岡本佐江はとまどっているが、困っている雰囲気はない。これはもう放っておいてもいいと清春は思った。
「どうもしないけど、真乃は部屋にいないね?」
「えっ」
初めて佐江がうろたえた様子を見せた。清春はあわてて手を振り、
「さっき真乃が出ていくところを見たから。きみ、一人で大丈夫?」
彼女はこんな心配をおれなんかにされたくないだろうな、と思いつつ、清春は言葉を続けた。
「わるい、こんな時間におれみたいなやつが部屋をノックするほうが、よっぽど心配だろうな。
気にしないでもう寝なさい。真乃のやつ、こうなったら帰ってくるのは明け方だから」
清春がそう言った瞬間、佐江の整った美貌が崩れ落ちた。
ほろっと涙が一筋流れた。すぐに佐江は唇をかみしめ、泣くまいとしているようだった。
だが、涙が止まらない。
清春はそれ以上泣いている少女を見ていられなくて、視線をはずして足元のカーペットを見た。
「佐江ちゃん。よかったら、少し飲むか?」
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