完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

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第1章「まず、キスから始めよう 」~佐江×清春 編

第10話「いっそ、憎いほどだわ」

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「真乃(まの)を好きになる理由なんて、山ほどあるでしょう。あれほどきれいな人を見たことがありますか?」
「おれは兄貴だからね。あいつがきれいかどうかなんて、考えたこともないよ」
「そうでしょうね……」

 佐江はスツールに座ったまま、下から清春を見あげた。

「あなた自身も驚くほどきれいなんですから。でも真乃とはタイプのちがう美しさですね」
「きみにキレイと言われても困るな。おれは女性じゃない」
「男性だってきれいなほうがいいですよ。さぞかし、もてるでしょう?」

 清春は気恥ずかしくなって、つるりと顔を撫でた。

「もてないよ」
「そうやって照れるところなんて、真乃にそっくりです。おじさまの遺伝だわ、きっと」
「よせ」

 清春はやや荒い声で言った。父親との関係を触れられるのは、むき出しになった神経にじかに触れられるのと同じことだ。痛く、冷たく、腹立たしい。

 しかしすぐに我に返り、佐江の前から手早くカラになったグラスを引き上げた。ゆっくりと、佐江に気づかれないように深呼吸をする。

「そうだな……もう一杯、いる?」
「ええ。でも、つぎはアルコールもいただきたいんです」

 清春は渋い顔で顎をなで、バーカウンターを挟んで座る佐江を見おろした。

「こんな深夜に、男と二人で酒を飲むなんて感心しないな」

 佐江はおかしそうに笑った。今度は本気の笑いだ。

「まるでバーの会話みたい。そういえば、バーでアルバイトをなさっているんですって?」

 清春は眉毛を片方あげて、佐江を見る。佐江はまだ笑っていて、その声はまるで鈴が鳴っているようだ。

「働いているよ。バーテンの修行中なんだ」
「じゃあ、大学を卒業なさったらバーテンになるんですか? 今はたしか経済学部にいらしたと思いましたけど」
「なぜ、きみがおれの専攻まで知っているんだ。おれに興味があるって、うぬぼれてもいいかな」

 清春がそう言うと、佐江はもう一度軽い笑い声をあげた。

「どうとでも、お考えくださいな。だって、真乃がしょっちゅうあなたのことを自慢そうに話すんですから。
なんだかあたしまで、あなたについて良く知っているような気がするんです」
「真乃が、おれのことをきみに話す?」

 清春は面食らって尋ねた。いったい、妹は清春について何を彼女に話しているんだろう。

「真乃にとっては、あなたはとても大事なお兄さんなんですよ。
 あなたの大学のこと、アルバイトのこと、お料理が得意でときどきランチを作ってくれること。なんだって、飽きることなく話してくれます。ご存知ありませんでした?」

 清春は、またつるりと顔を撫でた。異母妹がそれほど自分について話しているとは、考えたこともなかった。

「あなたほど、真乃が大事にしている男性は他にいません――いっそ、憎いほどだわ」

 岡本佐江は静かにそう言った。               
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