完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

文字の大きさ
32 / 73
第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第32話「あんたの兄貴は、一度決めたら一ミリだってゆずらねえ男だ」

しおりを挟む
(UnsplashのLeohohoが撮影)

 真乃は異母兄の端正な顔をにらみ返した。本人は気づいていないが、強情さでは清春に負けていない。

「いやよ、何が何でもお金を渡して来いって、お父さんから言われているの」
「ここで受け取っても、現金書留で送り返すだけだ」
「いいもん、一度でも受け取ってくれれば。もうお父さんからお小遣いももらっちゃったし」

 清春はため息をついた。

「おまえはすぐに、金で買収されるな。じゃあもうその金もお前が使えよ」
「すぐにお父さんにばれるもの。ばれたら、またお父さんがあたしに渡すだけよ。
ねえ、受け取って。お金を預かったまま使わなければ良いじゃない」
「……あのな、真乃」

 清春は噛んで含めるように言った。

「今ここでその金を一瞬でも受け取ったら、おれの意地はどうなる?
おまえも女なら、男のプライドに気を使え。うかうかと、おれをクズな男にしてくれるな」
「クズじゃないもん。ねえ、ちゃんと食べている?」

 真乃は、わずかに心配そうな顔つきになり、異母兄の整った顔を見た。
 清春はもともと細面《ほそおもて》の男だが、やはりこの半年ほどで頬のあたりが削《けず》れたように細くなった。
 それがまた清春の整った顔立ちに、一種の凄愴《せいそう》な艶《つや》を与えている。

「女の子に、食べさせてもらえばいいじゃない」

 真乃がそう言うと、清春はもう付き合いきれないというふうに異母妹を見た。

「女に飯をおごらせるほど落ちぶれちゃいないよ。ちゃんと食っている、学校にも行っている。ついでに成績も悪くないって、親父に言っておけよ」
「お父さんはキヨちゃんの成績なんて心配していないわよ。どうせトップに決まっているもん。
それよりも食べているのかが心配だって。
キヨちゃんって、なにかに熱中し始めると食べるのを忘れるじゃない」

 清春はかっきりした眉毛を片方だけあげて、異母妹に言い返した。

「おれについてはもう、何の関心も持ってくれるな、と親父に言っておけよ。さあ、おれは仕事があるんだ。おまえはもう帰れ」

 真乃は清春に腕を掴まれて、バーのスツールから立ち上がらされた。

「二度とここには来るなよ。おまえ、まだ高校生なんだからな」

 つい9カ月前まで高校生だった異母兄は、そう言って真乃をバーから追い出した。

「ちょっと、キヨちゃん!」

 真乃がドアを叩いても、もう清春はバーのドアを開けてくれなかった。がっくりと肩を落として、足元の坂道を見おろす。

「食べていないくせに。意地っぱり」
「そのとおり。あんたのアニキは強情で頑固で気が強い。だからこそ『井上清春』なんだぜ」

 顔を上げると、バーの裏口から先ほどの色気したたる若い男が顔をのぞかせていた。
 男は長身を軽くかがめて店を出て、真乃のほうに歩いてきた。

「今日はあきらめて帰れ。強情は、あんたの家の遺伝だな」
「あんたに言われたくないわよ。うちのことを知りもしないくせに」

 若い男は、真乃の前に立った。
 真乃はふたたび、あの圧倒的な存在感を感じる。まるで熱風が、この男の背後から吹いてくるようだ。

「どうかな。おれはあんたよりはキヨとの付き合いが長い。だから、あいつの性格はイヤってほど知ってんだ。
あんたの兄貴は、一度決めたら一ミリだってゆずらねえ男だよ」
「……えらそうに……いつからの付き合いなのよ?」
「あいつがランドセルをしょってたころから、だな」
「ランドセル……」

 真乃は、あっけにとられて男を見た。
 渡部真乃《わたべまの》と異母兄の清春が松濤の家で一緒に暮らしたのは、4年間だけ。清春は14歳で本邸に引き取られるまで、美貌の母とホテル暮らしだったからだ。
 真乃は、14歳以前の清春を知らない。

「ねえ、キヨちゃんのことはあたしも心配なの」

 真乃はうつむきながらそう言った。なぜか、自分の弱い部分をこの男に見せても安心な気がする。
 女に対してはやけに手の早そうな男だが、女の弱みに付け込むようなずるさはないようだ。
 まあ、これだけの顔つきと身体つきがあれば、女の弱みに付け込む必要はないだろうな、と真乃は思った。
 むしろ女の方が列を作って、この男の前に並んでいるだろう。

 女に対して優しいようでいて冷たい、冷たいようでいて優しいところは異母兄の清春によく似ていた。
 そしてそういう男こそが、女にとっては手が伸ばしやすく、手に入れたい男であることも真乃はよく知っていた。
 清春も父親の渡部誠も、同じようなタイプだったから。
 どちらも女が逆らいようのない力を持っていたから。
 
「キヨの面倒は俺がみる。心配すんな」
 男は、真乃の頭にぽんと大きな手を乗せた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...