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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第32話「あんたの兄貴は、一度決めたら一ミリだってゆずらねえ男だ」
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(UnsplashのLeohohoが撮影)
真乃は異母兄の端正な顔をにらみ返した。本人は気づいていないが、強情さでは清春に負けていない。
「いやよ、何が何でもお金を渡して来いって、お父さんから言われているの」
「ここで受け取っても、現金書留で送り返すだけだ」
「いいもん、一度でも受け取ってくれれば。もうお父さんからお小遣いももらっちゃったし」
清春はため息をついた。
「おまえはすぐに、金で買収されるな。じゃあもうその金もお前が使えよ」
「すぐにお父さんにばれるもの。ばれたら、またお父さんがあたしに渡すだけよ。
ねえ、受け取って。お金を預かったまま使わなければ良いじゃない」
「……あのな、真乃」
清春は噛んで含めるように言った。
「今ここでその金を一瞬でも受け取ったら、おれの意地はどうなる?
おまえも女なら、男のプライドに気を使え。うかうかと、おれをクズな男にしてくれるな」
「クズじゃないもん。ねえ、ちゃんと食べている?」
真乃は、わずかに心配そうな顔つきになり、異母兄の整った顔を見た。
清春はもともと細面《ほそおもて》の男だが、やはりこの半年ほどで頬のあたりが削《けず》れたように細くなった。
それがまた清春の整った顔立ちに、一種の凄愴《せいそう》な艶《つや》を与えている。
「女の子に、食べさせてもらえばいいじゃない」
真乃がそう言うと、清春はもう付き合いきれないというふうに異母妹を見た。
「女に飯をおごらせるほど落ちぶれちゃいないよ。ちゃんと食っている、学校にも行っている。ついでに成績も悪くないって、親父に言っておけよ」
「お父さんはキヨちゃんの成績なんて心配していないわよ。どうせトップに決まっているもん。
それよりも食べているのかが心配だって。
キヨちゃんって、なにかに熱中し始めると食べるのを忘れるじゃない」
清春はかっきりした眉毛を片方だけあげて、異母妹に言い返した。
「おれについてはもう、何の関心も持ってくれるな、と親父に言っておけよ。さあ、おれは仕事があるんだ。おまえはもう帰れ」
真乃は清春に腕を掴まれて、バーのスツールから立ち上がらされた。
「二度とここには来るなよ。おまえ、まだ高校生なんだからな」
つい9カ月前まで高校生だった異母兄は、そう言って真乃をバーから追い出した。
「ちょっと、キヨちゃん!」
真乃がドアを叩いても、もう清春はバーのドアを開けてくれなかった。がっくりと肩を落として、足元の坂道を見おろす。
「食べていないくせに。意地っぱり」
「そのとおり。あんたのアニキは強情で頑固で気が強い。だからこそ『井上清春』なんだぜ」
顔を上げると、バーの裏口から先ほどの色気したたる若い男が顔をのぞかせていた。
男は長身を軽くかがめて店を出て、真乃のほうに歩いてきた。
「今日はあきらめて帰れ。強情は、あんたの家の遺伝だな」
「あんたに言われたくないわよ。うちのことを知りもしないくせに」
若い男は、真乃の前に立った。
真乃はふたたび、あの圧倒的な存在感を感じる。まるで熱風が、この男の背後から吹いてくるようだ。
「どうかな。おれはあんたよりはキヨとの付き合いが長い。だから、あいつの性格はイヤってほど知ってんだ。
あんたの兄貴は、一度決めたら一ミリだってゆずらねえ男だよ」
「……えらそうに……いつからの付き合いなのよ?」
「あいつがランドセルをしょってたころから、だな」
「ランドセル……」
真乃は、あっけにとられて男を見た。
渡部真乃《わたべまの》と異母兄の清春が松濤の家で一緒に暮らしたのは、4年間だけ。清春は14歳で本邸に引き取られるまで、美貌の母とホテル暮らしだったからだ。
真乃は、14歳以前の清春を知らない。
「ねえ、キヨちゃんのことはあたしも心配なの」
真乃はうつむきながらそう言った。なぜか、自分の弱い部分をこの男に見せても安心な気がする。
女に対してはやけに手の早そうな男だが、女の弱みに付け込むようなずるさはないようだ。
まあ、これだけの顔つきと身体つきがあれば、女の弱みに付け込む必要はないだろうな、と真乃は思った。
むしろ女の方が列を作って、この男の前に並んでいるだろう。
女に対して優しいようでいて冷たい、冷たいようでいて優しいところは異母兄の清春によく似ていた。
そしてそういう男こそが、女にとっては手が伸ばしやすく、手に入れたい男であることも真乃はよく知っていた。
清春も父親の渡部誠も、同じようなタイプだったから。
どちらも女が逆らいようのない力を持っていたから。
「キヨの面倒は俺がみる。心配すんな」
男は、真乃の頭にぽんと大きな手を乗せた。
真乃は異母兄の端正な顔をにらみ返した。本人は気づいていないが、強情さでは清春に負けていない。
「いやよ、何が何でもお金を渡して来いって、お父さんから言われているの」
「ここで受け取っても、現金書留で送り返すだけだ」
「いいもん、一度でも受け取ってくれれば。もうお父さんからお小遣いももらっちゃったし」
清春はため息をついた。
「おまえはすぐに、金で買収されるな。じゃあもうその金もお前が使えよ」
「すぐにお父さんにばれるもの。ばれたら、またお父さんがあたしに渡すだけよ。
ねえ、受け取って。お金を預かったまま使わなければ良いじゃない」
「……あのな、真乃」
清春は噛んで含めるように言った。
「今ここでその金を一瞬でも受け取ったら、おれの意地はどうなる?
おまえも女なら、男のプライドに気を使え。うかうかと、おれをクズな男にしてくれるな」
「クズじゃないもん。ねえ、ちゃんと食べている?」
真乃は、わずかに心配そうな顔つきになり、異母兄の整った顔を見た。
清春はもともと細面《ほそおもて》の男だが、やはりこの半年ほどで頬のあたりが削《けず》れたように細くなった。
それがまた清春の整った顔立ちに、一種の凄愴《せいそう》な艶《つや》を与えている。
「女の子に、食べさせてもらえばいいじゃない」
真乃がそう言うと、清春はもう付き合いきれないというふうに異母妹を見た。
「女に飯をおごらせるほど落ちぶれちゃいないよ。ちゃんと食っている、学校にも行っている。ついでに成績も悪くないって、親父に言っておけよ」
「お父さんはキヨちゃんの成績なんて心配していないわよ。どうせトップに決まっているもん。
それよりも食べているのかが心配だって。
キヨちゃんって、なにかに熱中し始めると食べるのを忘れるじゃない」
清春はかっきりした眉毛を片方だけあげて、異母妹に言い返した。
「おれについてはもう、何の関心も持ってくれるな、と親父に言っておけよ。さあ、おれは仕事があるんだ。おまえはもう帰れ」
真乃は清春に腕を掴まれて、バーのスツールから立ち上がらされた。
「二度とここには来るなよ。おまえ、まだ高校生なんだからな」
つい9カ月前まで高校生だった異母兄は、そう言って真乃をバーから追い出した。
「ちょっと、キヨちゃん!」
真乃がドアを叩いても、もう清春はバーのドアを開けてくれなかった。がっくりと肩を落として、足元の坂道を見おろす。
「食べていないくせに。意地っぱり」
「そのとおり。あんたのアニキは強情で頑固で気が強い。だからこそ『井上清春』なんだぜ」
顔を上げると、バーの裏口から先ほどの色気したたる若い男が顔をのぞかせていた。
男は長身を軽くかがめて店を出て、真乃のほうに歩いてきた。
「今日はあきらめて帰れ。強情は、あんたの家の遺伝だな」
「あんたに言われたくないわよ。うちのことを知りもしないくせに」
若い男は、真乃の前に立った。
真乃はふたたび、あの圧倒的な存在感を感じる。まるで熱風が、この男の背後から吹いてくるようだ。
「どうかな。おれはあんたよりはキヨとの付き合いが長い。だから、あいつの性格はイヤってほど知ってんだ。
あんたの兄貴は、一度決めたら一ミリだってゆずらねえ男だよ」
「……えらそうに……いつからの付き合いなのよ?」
「あいつがランドセルをしょってたころから、だな」
「ランドセル……」
真乃は、あっけにとられて男を見た。
渡部真乃《わたべまの》と異母兄の清春が松濤の家で一緒に暮らしたのは、4年間だけ。清春は14歳で本邸に引き取られるまで、美貌の母とホテル暮らしだったからだ。
真乃は、14歳以前の清春を知らない。
「ねえ、キヨちゃんのことはあたしも心配なの」
真乃はうつむきながらそう言った。なぜか、自分の弱い部分をこの男に見せても安心な気がする。
女に対してはやけに手の早そうな男だが、女の弱みに付け込むようなずるさはないようだ。
まあ、これだけの顔つきと身体つきがあれば、女の弱みに付け込む必要はないだろうな、と真乃は思った。
むしろ女の方が列を作って、この男の前に並んでいるだろう。
女に対して優しいようでいて冷たい、冷たいようでいて優しいところは異母兄の清春によく似ていた。
そしてそういう男こそが、女にとっては手が伸ばしやすく、手に入れたい男であることも真乃はよく知っていた。
清春も父親の渡部誠も、同じようなタイプだったから。
どちらも女が逆らいようのない力を持っていたから。
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