完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

文字の大きさ
33 / 73
第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第33話「男のやせ我慢を黙ってみてやるのは、女の仕事だよ」

しおりを挟む
(UnsplashのJames Barrが撮影)


 男の言葉を聞いて、真乃はぱっちりした瞳をキラキラさせた。異母兄の友人だという男の顔を見上げる。

「ほんと? ほんとにあなたが、キヨちゃんの面倒を見てくれる?」
「ああ。あいつが頼めば、家賃だろうと生活費だろうと払えるが、ああいう性格だからな。言わねえだろ」

 男がつぶやくのを聞いて、真乃は不思議とも思わずほっとした。
 ほんとうなら、清春と同じ年恰好の若い男に人間ひとりを食べさせて生活させるだけの金があるのはおかしいのだが。

 しかし、この男からは淡々と事実を伝える声しか聞こえなかった。
 真乃はふと思いついて、バッグから金の入った封筒を取り出した。目の前の男に押し付ける。

「お願い、これでキヨちゃんにご飯を食べさせて」
「ああ?」

 男は真乃と会ってからはじめて、面くらった様子を見せた。

「なんだって?」
「お金! キヨちゃんはあんな風だし、お父さんだって出したお金は引っ込めないし。意味ないじゃない。あんたが持っていて、キヨちゃんに何か食べさせてあげてよ」

 ふう、と長身の男は腰に手を当てて、天を仰いだ。

「めんどくせえ兄妹だなあ」
「お願い。じゃあ、あたしは帰るから」

 真乃はサクッと後ろを向いた。これ以上この男と一緒にいると、なにかまずいことになりそうな気がしたからだ。
 それは、真乃がこのさき一生ずっと持つことになる直感だった。
 一度たりとも、はずれたことのない直感だ。

 しかし長身の男はすたすたと後ろについてきて、細い坂道を一緒にくだった。そして大通りまでくると真乃の肩をまたごく自然に抱き、路上でタクシーを止めた。
 バックシートに真乃を乗せると、長身を折り曲げて顔をのぞきこんできた。ぶらぶらと金の入った封筒をゆらす。

「分かった。こいつは俺が預かって、キヨのめし代にする。
 だが、あんたも二度と親父さんから金をあずかるな。
 金を受け取らないのははキヨの意地で、やせ我慢だ。男のやせ我慢を黙ってみてやるのは、女の仕事だよ」

 言い返そうとする前に、男の長身はすうっと下がりドアが閉まった。車が走り出してから真乃がコートのポケットに手を入れると、一万円札が一枚折りたたまれて入っていた。
 真乃は、丁寧にたたまれた札をまじまじと見る。

 几帳面に角をそろえた折り方は、まちがいなく異母兄の清春のものだ。帰りのタクシー代のつもりだろう。
 しかし清春には真乃のコートに金を放り込むタイミングはなかったはずだ。

「……あの男ね」

 話しているうちに長身の男がコートのポケットに滑り込ませたのだ、と真乃は考えた。

「余計なお世話よ……なんだか、あの二人のいいようにされたみたいで、腹が立つわ」

 暗い車中で真乃はぼそりとつぶやいた。


 その言葉どおりの生活が、6年後に就職したコルヌイエホテルで始まるとは、その時の真乃は露ほども思っていない。
 22歳の真乃は父のホテルに入職して、清春および長身の男、深沢洋輔とともに働くことになったのだ――。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...