完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第39話「面倒なことしないでよ、お兄ちゃん」

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 真乃の目の前を、すっきりと背筋を伸ばして異母兄の清春がゆく。端正な顔立ちをシルバーフレームの眼鏡で隠し、美麗なジャケット姿の下に、ブルドッグのような生硬な強情さをそなえて。

 清春は明らかに真乃をみて、かすかににこりとしてみせた。
 真乃はため息をつき、清春にざわめく女性スタッフに目をやる。
 彼女たちはしょせん、外から見える清春に憧れているだけだ。それは清春が『他人に見せたい』と思っている姿であり、あの男の強情な本性はそこにない。

 いつか、と真乃は行き過ぎる異母兄の広い背中を見ながら思う。

 いつか、キヨちゃんをキヨちゃんのまま受け入れてくれるひとが出てくるといい。
 強情で頑固な男。他人の面倒見はいいが、ひとに弱みを見せることが出来ない男を甘えさせてくれる女が出てくればいい。
 そんな女、この世のどこにもいない気がするけど、と真乃は目の前の書類をそろえて考えた。
 でもそれまでは――面倒なことしないでよ、お兄ちゃん。


 金と外見と有能さを兼ね備えた真乃の異母兄は、すべてがそろっているからこそ、女を信用しなくなっている。
 ふう、と真乃がため息をついたとき、ふいにカウンターの向こうから聞きなれた声がした。

「真乃!ここで会えるなんて、うれしいわ」

 顔を上げると、親友の岡本佐江の美貌が笑っていた。

「佐江。コルヌイエに来るなんて、珍しいわね」

 佐江はほっそりした長身をかがめて、カウンター越しに真乃にささやいた。
 あんまり距離が近くて、佐江がつけているディオリッシモのスズランの香りが間近に感じられるほどだ。

「今日は『大地銀行』の新頭取のパーティでしょう。あれに、連れてこられたのよ」
「へえ、おじさんに?」

 真乃はロビーを見て、佐江の父親の姿を探した。
 国内でも有数の優良企業のオーナー社長である岡本は、まるで田舎者のおやじのような外見だが、ユーモアとウィットに富んでいる。真乃が大好きな人の一人だ。
 しかし佐江は首を振り、

「ちがうの、安原さんに連れてこられたのよ」

 と、付き合っている男の名を出した。
 安原は真乃も知っている男だ。知っているどころか、一年前には、つき合っていた。
 家柄が良く性格も悪くない男だが、どこといって面白味もない。真乃はすぐに飽きて別れてしまった。

 そのあとしばらくしてから、今度は佐江が安原と付き合い始めた。
 真乃は内心、佐江はよくあんな男で我慢できる、と思っている。

 とはいえ、佐江も付き合っているわりには安原に対して冷淡だ。だから今日も口調は冷たい。

「安原さん、来月から大地銀行に転職するのよ。何年か働いてから、お父様の会社を継ぐんですって」
「へえ」

 安原は、たしか真乃と佐江よりも四歳年上だったはずだ。二十七になり、そろそろわがままが通らない年齢になってきたらしい。
 真乃は親友をちらりと眺める。

「それで、安原さんにプロポーズされた?」
「まだよ。でも、そろそろ危ない」

「あぶない、ってことは、あんた結婚するつもりはないのね」
「あたりまえじゃない」

 佐江はすばやく、くっきりした二重まぶたを伏せた。
 まつ毛を伏せると影ができる顔立ちの女など、真乃は佐江以外に知らない。まるでハリウッド女優のようだ。

「あのひとと、結婚する理由なんて、ある?」
「あっちには、あるんでしょ」
「どうかしら。彼だって、岡本ガラスの社長の娘と結婚したいだけでしょう。そうでなくてもあたしは結婚しない」
「あんたみたいな女が、一生ひとりでいられるわけがないじゃない」

 真乃がそう言うと、佐江は困ったように笑った。

「一生ひとりよ。そう決めているの……ああいやだ、安原さんが来た」

 真乃はレセプションカウンターへやってくる男を見た。長身、品の良い顔立ち、穏やかな笑みを浮かべる男。
 そう、こんな退屈な男に佐江を任せてたまるものか。
 佐江にはもっと手ごたえのある男がいい。

 たとえば――美貌のブルドッグのような真乃の異母兄だ。
 真乃の頭のなかに、ふっと親友と異母兄の姿が並んで見えた。それはまるで、前世から約束されていた組み合わせのように、しっくりとおさまっていた。

「そうよ、それだわ。間違いない……」

 小声でつぶやく真乃の上に、何も知らない安原がのんびりした声をかぶせてきた。

「やあ、真乃ちゃんじゃないか。ここで働いているって聞いて、まさかと思っていたが本当だったんだな」
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