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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第42話「客をいい気持にさせて、いいように扱える男」
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(UnsplashのLouis Hanselが撮影)
定員1500人のバンケットルームに、ほんとうに定員ちかくまで入っているところは渡部真乃も、見たことがない。
その日の大地銀行の新頭取就任パーティは定員いっぱい。広いバンケットルームはゲストとコルヌイエのスタッフであふれていた。
男性ゲストはダークスーツ着用、女性ゲストは作家物らしい着物や高級ブランドのドレスにきらめくジュエリーをつけ、いかにもお祝いのパーティらしい華やかさがあった。
真乃はスタッフエリアに深沢とともに入り、ボトルの数をチェックするふりをしていた。
いや、はじめは深沢についているふりをしていたのだが、そのうちに本格的に仕事をはじめた。深沢が次々と用事を言いつけるからだ。
「さっき見たスコッチの残量とこっちのバーボンの残量、覚えとけ」
「覚えておいても良いけど、あたし、途中で帰りますよ?」
真乃が小声で抗議すると、深沢はコキリと首をならして、
「そうだった。ま、いるあいだだけでいいから、覚えとけ。こっちが赤ワイン……ああ、こりゃ赤が余って、白が足りねえな」
「なんでです? 白はこんなにあるじゃないですか」
「あのな、真乃ちゃん——」
深沢は酒瓶やグラス類でごちゃごちゃになっているスタッフエリアで身体を寄せてきた。真乃の心拍数が上がる。しかし深沢は平気な顔で、
「このスペースに、これだけの客がいる。人いきれで暑くなるんだ。そうなると自然とにキンキンに冷やした白ワインを欲しくなる。な、そういうもんだ。
内線で白ワインをもうちょい運ばせとけ。良く冷えたクラブソーダとアイスキューブもな」
「余ったら、どうするんです?」
真乃は純粋な好奇心から聞いた。先輩のホテルマンからは盗める知識はすべて盗んでおけというのが、異母兄の清春から受けたアドバイスだ。
深沢は含みのある笑いを浮かべ、
「余らねえよ」
と断言した。
「あのな、これから俺がバーカウンターに入るんだ。酒のストックに応じて、こっちの売りてえ物を売りつける。これが、プロだ」
「ゲストのリクエストに応えるのが、プロでしょう?」
真乃が食い下がると、深沢は小さな子供にやるように、ぽんぽんと真乃の頭をたたいた。
「ゲストのリクエストに答えているように見せかけて、実は、てめえの売りたいものを売り切るのが、プロだよ。ま、俺の腕をみていきな、お嬢ちゃん」
「あたし、キヨちゃんを見に来たのよ」
ははあ、と深沢はやや薄い唇を持ち上げて笑った。女が思わず、とろけるような笑い方だ。
「あんたの兄貴の優等生っぷりは、いつでも見られる。おれがバンケットでバーカウンターを担当するのは、めったにねえぞ」
「どうしてよ、いつもならあんたより腕のいいバーテンが担当するから?」
「俺よりも腕のいいバーテンは山ほどいる」
真乃の言葉をあっさりと受け流して、深沢は黒いジャケットの襟元と袖口をきちんと直した。
「だが、俺ほど客をいい気持にさせて、いいように扱える男はそういねえよ。さあ、俺のネクタイを直してくれ」
定員1500人のバンケットルームに、ほんとうに定員ちかくまで入っているところは渡部真乃も、見たことがない。
その日の大地銀行の新頭取就任パーティは定員いっぱい。広いバンケットルームはゲストとコルヌイエのスタッフであふれていた。
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「さっき見たスコッチの残量とこっちのバーボンの残量、覚えとけ」
「覚えておいても良いけど、あたし、途中で帰りますよ?」
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「そうだった。ま、いるあいだだけでいいから、覚えとけ。こっちが赤ワイン……ああ、こりゃ赤が余って、白が足りねえな」
「なんでです? 白はこんなにあるじゃないですか」
「あのな、真乃ちゃん——」
深沢は酒瓶やグラス類でごちゃごちゃになっているスタッフエリアで身体を寄せてきた。真乃の心拍数が上がる。しかし深沢は平気な顔で、
「このスペースに、これだけの客がいる。人いきれで暑くなるんだ。そうなると自然とにキンキンに冷やした白ワインを欲しくなる。な、そういうもんだ。
内線で白ワインをもうちょい運ばせとけ。良く冷えたクラブソーダとアイスキューブもな」
「余ったら、どうするんです?」
真乃は純粋な好奇心から聞いた。先輩のホテルマンからは盗める知識はすべて盗んでおけというのが、異母兄の清春から受けたアドバイスだ。
深沢は含みのある笑いを浮かべ、
「余らねえよ」
と断言した。
「あのな、これから俺がバーカウンターに入るんだ。酒のストックに応じて、こっちの売りてえ物を売りつける。これが、プロだ」
「ゲストのリクエストに応えるのが、プロでしょう?」
真乃が食い下がると、深沢は小さな子供にやるように、ぽんぽんと真乃の頭をたたいた。
「ゲストのリクエストに答えているように見せかけて、実は、てめえの売りたいものを売り切るのが、プロだよ。ま、俺の腕をみていきな、お嬢ちゃん」
「あたし、キヨちゃんを見に来たのよ」
ははあ、と深沢はやや薄い唇を持ち上げて笑った。女が思わず、とろけるような笑い方だ。
「あんたの兄貴の優等生っぷりは、いつでも見られる。おれがバンケットでバーカウンターを担当するのは、めったにねえぞ」
「どうしてよ、いつもならあんたより腕のいいバーテンが担当するから?」
「俺よりも腕のいいバーテンは山ほどいる」
真乃の言葉をあっさりと受け流して、深沢は黒いジャケットの襟元と袖口をきちんと直した。
「だが、俺ほど客をいい気持にさせて、いいように扱える男はそういねえよ。さあ、俺のネクタイを直してくれ」
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