完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

文字の大きさ
43 / 73
第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第43話「男の『ヤル気』」

しおりを挟む
(UnsplashのGeetanjal Khannaが撮影)

「はあ? なんであたしが、あんたのネクタイを直さなきゃならないのよ?」
 
 深沢洋輔は、巨大なバンケット会場の雑然としたバックルームに立ち、真乃の鼻をつまんで笑った。

はしょうがねえなあ。仕事に出る前の男がそう言ったら、ゆがんでなくてもネクタイにさわって、ついでに首筋くらい、なでておくもんだ」
「あんたの首を撫でたからって、どうなるのよ」

 深沢は袖からのぞく白いシャツの幅を調整した。真乃はじっと百八十八センチもある深沢を見上げる。

「あたしがネクタイを直したら、何かいいことでもあるワケ?」
「何にもねえよ。ただ、男が『ヤル気』になる」
「やるき?」

 真乃はおどろいて深沢を見た。いつだって日向《ひなた》の猫のように怠惰な男が、やる気を出す?
 深沢はにやりと笑い、身長差が二十センチ以上ある小柄な真乃を見おろした。

「おれだって、たまにゃ本気になるってこった。まあ見てろ、この酒瓶の山をあと一時間半後にはカラにしてやる」
「そんなに時間がかかるなんて、たいした腕じゃないのね」
「バカだなあ、お嬢ちゃん。このパーティのゲストがまでに、あと一時間半。そのあいだにこの在庫をそっくり売り切ってやる。そうすりゃ後片付けが楽だろ」

 深沢は軽やかな足取りでバンケットルームへ出て行った。
 片隅にしつらえたバーカウンターに深沢が立ち、グラスに赤ワインを注いだ瞬間から、周囲のゲストの目がカウンターにくぎ付けになった。

 深沢は何も言わない。ただ、磨きたてたクリスタルのグラスに赤ワインを注ぎ、手近にいる女性ゲストににっこりと笑いかけただけだ。
 それだけで、あたりに光が満ちた。

「あたらしい赤ワインはいかがですか、奥さまがた」


 ええ、という声があちこちから沸き上がり、バーカウンターに赤ワインを求める列ができた。
 深沢は先輩バーテンダ―と一緒に、手早くゲストの列をさばいていく。
 その手は骨太でゴツゴツしているのに、ため息が出るほど繊細に動いた。次々と、グラスにルビーのような赤ワインを注いでいく。

 ある程度赤ワインが減ったタイミングで、深沢はゲストに新しいカクテルをすすめはじめた。赤ワインとジンジャーエールを使ったかわいらしい酒『キティ』だ。

「キティはいかがですか? 女性の指が、一番きれいに見えるカクテルですよ」
「指とカクテルに何の関係があるのよ」

 30代半ばくらいの美しい女が、笑いながらそう尋ねた。その指にも首にも、大きすぎるダイヤがついている。
 深沢はカクテルグラスをすっと出し、女性ゲストに持たせる。

「赤いワインは、女性の指を飾るダイヤを一番引き立てると申します。それから、ダイヤがはまっている美しい指も。知的な女性はキティをお好みになりますね」

 ふふ、と女性ゲストは笑ってグラスを受け取った。
 その顔からは、とくに知性は感じられないと真乃は思う。知性よりも、美貌と色気で夫を手にいれたタイプの女だ。
 深沢は次にきた年配の女性ゲストに対しては、

「奥さまのようなセンスのいい方には、やはり赤い酒をお勧めいたします。お着物とお色を合わせていらっしゃるんですね」

 と、言い抜けた。
 やや太りぎみの女性ゲストは、品の良い着物を着つけているが、何もかもを美容師と呉服屋に丸投げしているのがすぐに分かった。
 それでも深沢は恥ずかしげもなくゲストのセンスをほめ、カクテルを手渡してしまった。

 即席のバーカウンターで、深沢がしゃべって笑う。
 その間に手早く作り上げた酒が、つぎつぎとゲストの手にわたっていった。
 真乃がはじめて見るような高揚感がバーカウンターをおおっていた。それを生み出しているのは、たった一人の男だ。
 多すぎると思った赤ワインの在庫が次々に消えていく。同じくらいのスピードで、よく冷えた白ワインもどんどん出ていった。

 やがて、一瞬だけゲストの列が切れた。深沢は、すばやくスタッフエリアに入ってきて酒の残量を確認する。

「やべえ、ちょいと赤ワインを売りすぎた」
「追加しますか?」

 真乃が尋ねると深沢は腕を組み、

「いや、酒はもう終わりだ。あれ以上に飲ませると面倒なことになる」

 そういうと、はじめて横にいる真乃に気が付いたような顔つきで、

「あんた、キヨは見たのかよ?」
「……あっ」

 真乃はようやく、バンケットルームへやって来た理由を思い出した。
 そうだ、清春だ。美貌の異母兄は、どこにいる?

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...