51 / 73
第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第51話「綺麗なだけの、女」
しおりを挟む
(UnsplashのYash mevawalaが撮影)
真乃がじっと見るなか、清春はあっさりと真乃の携帯のロックをはずした。
「ねえ、どうして佐江に連絡をするのよ?」
「今日のおまえをひとりで置いておけない。佐江ちゃんにコルヌイエに来てもらえ」
清春は電話をかけ始める。真乃はあわてて手を伸ばし、
キヨちゃん、なんであたしの携帯のロックをはずせるの?」
「おまえの暗証番号なんて、自分の誕生日だろう」
「そうだけど……なんでわかったの」
「おまえの考えていることなんてお見通しなんだよ。あ、井上清春です。佐江ちゃん、朝早くに申し訳ないんだけど、実は真乃の母が亡くなりまして――」
やがて通話を終えた清春は真乃を連れてタクシーに乗り込み、病院からコルヌイエホテルに向かった。
「ねえ。佐江はなんて言っていた?」
「今すぐコルヌイエに向かってくれるそうだ。真乃、おまえいい友人を持っているな」
「佐江はあたしのたったひとりの親友だもの」
真乃がそう言うと、清春がちらりとこちらを見た。何か言いたそうに、キレイなカーブを描く口元をわずかにとがらせている。
「何?」
「ああ、いや、何でもない」
清春は、コルヌイエホテルに着くまで真乃の手をずっと握っていた。
ホテルエントランスには朝の八時半に着いた。すで本佐江の長身が待ちかまえている。黒に近いチャコールグレーのニットを着ているのは、本来なら今すぐ喪に服さねばならない真乃を、気にしての事だろう。
車が到着すると、佐江はころがるように走り寄ってきた。清春はすぐに、妹を託した。
「ありがとう、佐江ちゃん。すまないがこのまま真乃をおやじのスイートに連れて行ってくれ。おれは今日の打ち合わせがあって」
「ええ」
佐江はうなずいた。
「あっ、おじさまは会議室におみえですよ。さっき、秘書の柳《やなぎ》さんがそう言っていらしたので」
「ありがとう。真乃、後で会おう」
清春は足早にコルヌイエに入っていく。佐江に真乃を預けて、すっかり安心したようだ。
真乃と佐江はコルヌイエ内のプライベートスイートへ入っていく。佐江はてきぱきと真乃をソファに座らせ、自分は足元にしゃがんで手を取った。
「真乃、つらいでしょうけどあまり休んでいる暇はないの。
パーティが始まるのは11時からで、今は9時。今日はあたしが言うままに動いてちょうだい。
まずお風呂で髪を洗って、ヘアメイクから始めましょう。何もかも、あたしがやるから、あんたはただ座っていればいい」
真乃はこくりとうなずいた。
こういう時は、じっとしていたほうが支度が早く終わることを真乃は知っている。プロに任せるべき時は、だまっていたほうがいいのだ。
真乃は佐江が支度しておいた風呂に入り、髪と顔を支度されて、佐江がサイズを直したドレスを着た。
ドレスもアクセサリーもハイヒールまで、すべて佐江が準備した。これも早朝の電話で清春が頼んでおいたのだろう。
何もかもが、佐江と清春の手によって完璧に整えられていく。
それでいい、と真乃は思った。今日の真乃はただのお飾りで、それ以上でもそれ以下の存在でもない。
パーティにやって来る人々は渡部誠に祝いを言いに来るのであり、同時に、父親のもとでホテルマンとして着実に実績を上げつつある庶出の息子に顔つなぎするためにやって来るのだ。
真乃は、そこにいるだけでいい存在。
どんな才能も能力も求められず、ただそこにいるだけの人形だ。
だがその人形には『嫡出子』のプレートが付いており、戦前の大名華族につらなる名家から嫁いだ母の血が入っている。
そしてなによりも、真乃は『渡部』の名を継ぐ唯一の子供だった。
だからどれほどつらくても真乃は、その場に立っていなくてはならない。
清春が『しょせん愛人の子だがね』と陰口をたたかれても毅然と立っているように、真乃も『きれいなだけの娘』と言われようが、にこやかに立たねばならない。
『……バカみたい』
真乃はバンケットルームに父と異母兄と並び、挨拶をしながら考える。
ここには1500人がいるというのに、渡部真乃を、ただの『真乃』として見てくれる人間は一人もいない。
そう思えば思うほど、なぜか真乃の背筋はスッキリと伸びていく。
佐江が選び抜いたドレスは、第二の皮膚のように真乃の美しい肢体を包み、若い女としての魅力を光り輝かせていた。
ズタズタになった存在理由を踏みつけながら、真乃は脳内で何度も同じことをつぶやいた。
『しょせんあたしは、きれいなだけの嫡出子』
それで、何が悪い?
人生はしょせん、こうやって続いていくのだ。
少なくとも、渡部真乃にとっては。
真乃がじっと見るなか、清春はあっさりと真乃の携帯のロックをはずした。
「ねえ、どうして佐江に連絡をするのよ?」
「今日のおまえをひとりで置いておけない。佐江ちゃんにコルヌイエに来てもらえ」
清春は電話をかけ始める。真乃はあわてて手を伸ばし、
キヨちゃん、なんであたしの携帯のロックをはずせるの?」
「おまえの暗証番号なんて、自分の誕生日だろう」
「そうだけど……なんでわかったの」
「おまえの考えていることなんてお見通しなんだよ。あ、井上清春です。佐江ちゃん、朝早くに申し訳ないんだけど、実は真乃の母が亡くなりまして――」
やがて通話を終えた清春は真乃を連れてタクシーに乗り込み、病院からコルヌイエホテルに向かった。
「ねえ。佐江はなんて言っていた?」
「今すぐコルヌイエに向かってくれるそうだ。真乃、おまえいい友人を持っているな」
「佐江はあたしのたったひとりの親友だもの」
真乃がそう言うと、清春がちらりとこちらを見た。何か言いたそうに、キレイなカーブを描く口元をわずかにとがらせている。
「何?」
「ああ、いや、何でもない」
清春は、コルヌイエホテルに着くまで真乃の手をずっと握っていた。
ホテルエントランスには朝の八時半に着いた。すで本佐江の長身が待ちかまえている。黒に近いチャコールグレーのニットを着ているのは、本来なら今すぐ喪に服さねばならない真乃を、気にしての事だろう。
車が到着すると、佐江はころがるように走り寄ってきた。清春はすぐに、妹を託した。
「ありがとう、佐江ちゃん。すまないがこのまま真乃をおやじのスイートに連れて行ってくれ。おれは今日の打ち合わせがあって」
「ええ」
佐江はうなずいた。
「あっ、おじさまは会議室におみえですよ。さっき、秘書の柳《やなぎ》さんがそう言っていらしたので」
「ありがとう。真乃、後で会おう」
清春は足早にコルヌイエに入っていく。佐江に真乃を預けて、すっかり安心したようだ。
真乃と佐江はコルヌイエ内のプライベートスイートへ入っていく。佐江はてきぱきと真乃をソファに座らせ、自分は足元にしゃがんで手を取った。
「真乃、つらいでしょうけどあまり休んでいる暇はないの。
パーティが始まるのは11時からで、今は9時。今日はあたしが言うままに動いてちょうだい。
まずお風呂で髪を洗って、ヘアメイクから始めましょう。何もかも、あたしがやるから、あんたはただ座っていればいい」
真乃はこくりとうなずいた。
こういう時は、じっとしていたほうが支度が早く終わることを真乃は知っている。プロに任せるべき時は、だまっていたほうがいいのだ。
真乃は佐江が支度しておいた風呂に入り、髪と顔を支度されて、佐江がサイズを直したドレスを着た。
ドレスもアクセサリーもハイヒールまで、すべて佐江が準備した。これも早朝の電話で清春が頼んでおいたのだろう。
何もかもが、佐江と清春の手によって完璧に整えられていく。
それでいい、と真乃は思った。今日の真乃はただのお飾りで、それ以上でもそれ以下の存在でもない。
パーティにやって来る人々は渡部誠に祝いを言いに来るのであり、同時に、父親のもとでホテルマンとして着実に実績を上げつつある庶出の息子に顔つなぎするためにやって来るのだ。
真乃は、そこにいるだけでいい存在。
どんな才能も能力も求められず、ただそこにいるだけの人形だ。
だがその人形には『嫡出子』のプレートが付いており、戦前の大名華族につらなる名家から嫁いだ母の血が入っている。
そしてなによりも、真乃は『渡部』の名を継ぐ唯一の子供だった。
だからどれほどつらくても真乃は、その場に立っていなくてはならない。
清春が『しょせん愛人の子だがね』と陰口をたたかれても毅然と立っているように、真乃も『きれいなだけの娘』と言われようが、にこやかに立たねばならない。
『……バカみたい』
真乃はバンケットルームに父と異母兄と並び、挨拶をしながら考える。
ここには1500人がいるというのに、渡部真乃を、ただの『真乃』として見てくれる人間は一人もいない。
そう思えば思うほど、なぜか真乃の背筋はスッキリと伸びていく。
佐江が選び抜いたドレスは、第二の皮膚のように真乃の美しい肢体を包み、若い女としての魅力を光り輝かせていた。
ズタズタになった存在理由を踏みつけながら、真乃は脳内で何度も同じことをつぶやいた。
『しょせんあたしは、きれいなだけの嫡出子』
それで、何が悪い?
人生はしょせん、こうやって続いていくのだ。
少なくとも、渡部真乃にとっては。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
