完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第52話「こんな美しい人を置いて、どこへ行けるというの」

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(UnsplashのNathan Dumlaoが撮影)


 パーティを無事につとめ終え、父のスイートに帰ってきた真乃を佐江はだまって迎えてくれた。
 真乃の身体からアクセサリーをはずし、ドレスを脱がせる。それから少し低い声で尋ねた。

「お風呂、はいる?」

 真乃は首を振り、

「眠りたい。佐江、あんた帰ってもいいわよ」

 すると佐江は少し憤然とした様子で、

「あなたを一人で置いておくと思うの? こっちの部屋でドレスを片付けているから眠ればいいわ」

 スイートのベッドはキングサイズだ。巨大なベッドはすでにメイクがおわり、真乃が眠るばかりになっている。
これも佐江がしたんだと思い、真乃はくすっと笑った。

「なに?」

 ドレスとハイヒールを持った佐江が、振りかえった。
 高雅でやさしげで、ふだん着《ぎ》のニットとタイトスカート姿なのに、パーティに盛装で出席していたどの女よりも美しい。

「ううん。あんたとキヨちゃんは、よく似ていると思って」
「あたしとキヨさん?」

 佐江は驚いたように目を見はった。
 大きなアーモンド形の目は、びっくりすると二重がくっきりする。真乃はそんな佐江が大好きだ。
 
「似ているわよ。どんなこともそつなくこなして、冷たいように見えるけれど、実は優しいところがある。あたしが頼りにできるふたりよ」
「ばかね」

 佐江がベッドに近づいてくる。真乃は自分が寝落ち寸前だと気が付いた。
 そして佐江がいれば安心して眠れる。
 佐江の小さな手が、真乃の額に当てられた。

「昨夜は、寝ていないんでしょう?」

 真乃は夢半分のなかでつぶやく。

「だいじょうぶ。一時間したら起こして。それまでは帰っちゃいやよ、佐江」

 佐江がそっと真乃の身体にブランケットをかけていく。

「あたしはどこにも行かない。あんたがあたしを要《い》らないというまで、ずっとここにいる」
「よかった、ねえ、佐江」
「なに?」
「あたしからあんたを奪《と》っていく男がいたら、あたし、殺してやるわ」

 くすっと、佐江が笑う声が聞こえた。

「こんな美しい人を置いて、どこへ行けるというの」

 佐江のディオリッシモの香りをかいだのが、真乃の意識の最後だった。



 そのまま、二日ぶりにぐっすりと熟睡した。
 やがて深すぎる眠りから、ゆっくりと浮上していく。
 どこかから、佐江の声が聞こえた。その声に、寄り添うような男の声が重なった。
 ちょっと冷たいが抑制が効いていて、真乃を安心させる声。
 真乃が十二歳で初めて会ったときから、真乃の保護者たらんと努力してきた異母兄の声だ。

「キヨちゃん……?」

 静かなホテルルームの中、真乃を起こさないように低めた声で、佐江と清春が話している。その声を、真乃は聞くともなく聞いていた。

「今朝は、突然呼び出してわるかったね。佐江ちゃん」

 清春がそう言った。それに対して佐江は、

「とんでもない。今朝は、呼んでいただかなければ腹が立つところでした。真乃に必要とされるなんて、幸せすぎるわ」
「真乃は、あなたを頼りにしているんだ」

 ぼそっと清春がそう言った。
 そんな声を初めて聴いたので、真乃はシーツの隙間で目を開いた。
 そしてふとドレッサーの鏡越しに、となりのリビングルームのなかが見えるのに気が付いた。

 鏡ごしに見る清春は、ウィングカラーのワイシャツにサテングレーのベスト、黒いジャケットの礼装姿のまま。
 こういうスクエアな服を着ると、清春は一段と男っぷりが上がる。父親である渡部誠も顔立ちの良い男だが、清春は、もう一枚上を行くハンサムだ。亡くなった母親も美しい人だったと真乃は聞いている。
 キヨちゃんのお母さんの話を聞いておけばよかった、と真乃はシーツとブランケットの間で息を吐いた。
 
 清春は真乃に見られているとも知らずに、長い指をネクタイと首の間に差し込んで、喉元をゆるめた。
 少し顎を上げた首から肩にかけてのラインが、妹の真乃から見ても、腹が立つほどつややかだ。
 この男にぐらりとしない女はいない、と思う。

 だとしたら、佐江はどう思うのだろう?
 ふと、真野の頭に疑問が浮かぶ。

 このふたり、以前、あやしい雰囲気を感じさせたけれども、本当はどうなんだろうか?

「なあ、佐江ちゃん――」
 言いながら、清春はなめらかにシルバーグレーのネクタイを引き抜いた。
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