完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

文字の大きさ
73 / 73
最終章「薤露青(かいろせい)」~清春×佐江 編

最終話「そしてすべてが、恋になる」

しおりを挟む
(UnsplashのTiko Giorgadzeが撮影)

 おれのものだ、と初めて清春の眼がはっきり言った。

「きみの頭の中も感情も、ぜんぶをおれの妹がかっさらっている。だが、君の扉だけは、おれのものだ」
「……いいえ」

 チン、とエレベーターの到着音が鳴る。銀色の箱が一段と美しく輝いた。

「いいえ、あたしはあなたものじゃない」
「佐江――あのどうしようもない男に、くれてやったのか」

 ぎらり、と清春の眼が重く鋭く光った。佐江はその鋭さに驚きながらも、やんわりと笑った。

「あたしの扉は誰にも明け渡しません」

 エレベーターの扉が開く。清春が扉を押さえかけると、その手の上に佐江の手が乗った。
 体温が入り混じる。

 佐江は清春の切れ長の瞳を見た。しんじられないほど、恋しい女によく似た目元だ。
 だが真乃の眼ではない。清春の眼だ。

 佐江が初めてキスして、初めて熱を探らせた男だ。
 なにもかもすべて、佐江が許したことで、佐江が選んだことだった。
 自分自身が望んで決めた行動だったのだと、初めて気がついた。
 そしてすべてを誘導してくれたのは、清春だったということ。
 佐江は清春を見つめながら、静かに続けた。

「あたしの扉は、誰にもふれさせません。どんな男にも――だから、あなたにも、開けさせません。
でも」
「……でも?」

 清春がかすれた声で尋ねた。ほほえんだ佐江の指が、ふわっと薄い男の唇に乗った。

「必要なときは、必ずあなたを呼ぶわ。あなたよ、ほかの男じゃない」

 清春の唇が動く。佐江は笑って、指に力を込めた。

「あたしの言うことを――きいて、清春さん?」

 ふっと清春の全身から力が抜けた。唇に当てた指から、かすかな震えが伝わる。
 あたたかい、と佐江は思った。
 清春の唇は温かい。いつだって温かい。あの初めての夜も、1年前の太陽の香りがするリネン室でも、いつだって温かく佐江を包み込み、助けてくれた。

 いつだって。
 そして、これからもずっと。
 岡本佐江が信用する男は、清春ただひとりだ。
 秘密を分け持ち、死ぬまで一言も漏らさずに隠しぬいてくれる男は、井上清春ただ一人だ。
 ピンクのネイルを塗った指先が、きゅっと清春の口を押さえた。

「忘れないで。あたしがこの世で信用している男は、あなたひとりよ」

 清春が目を閉じる。満ち足りたように、そっと舌を出した。
 ざらり、と佐江の指をなめあげる。

「これほど甘いお預けは、はじめてだ」
「ふふ……死ぬまで何もありませんよ」
「かまわない」

 清春は、削ぎあげたような切れ長の目を開けた。
 佐江を見る。その視線にはもう、欲情はない。かわりに笑ったようなきらめきがあった。
 共犯者のきらめきだ。

「さあ、ついた。きみが先にエレベーターを降りなさい。いい女は、いつだって男の前を歩くものだ。おれはいつだって、きみの後をついて行こう。きみを――」
『愛しているから。ほんとうに、愛しているかもしれないから』

 清春の言葉はこう続いていたはずだけれど、言わなかった。
 佐江も、聞かないふりをする。
 コルヌイエホテルの廊下には、毛足の長いじゅうたんが敷き詰められている。佐江の足音はいつだって、立てるそばから吸い取られていく。まるで赤い雲の上を歩いているようだ。
 だが、不安はない。
 後ろをあるく清春が、佐江の愛情を見えないドレスのトレーンのように掲げ持っているのが分かるからだ。
 秘密の恋は、佐江と清春が分け持っている。
 そして佐江と清春のかすかな恋も、二人で分け持っている。

 岡本佐江は顔を上げて、クリスマスの華やぎの中へ足を踏み入れた。

 ええそうね。
 まず、キスから始めましょう。
 唇から指へ、指から熱へ。そして――きっと、いつかすべてが、恋になる。


【了】

このお話は、ここから2年後の『キスを待つ頬骨』へ続きます。
清春と佐江の恋の続きをご覧になりたい方は
ぜひ、どうぞ。

長いお話になりました。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

    水ぎわ拝
しおりを挟む
感想 6

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(6件)

無雲律人
2023.02.28 無雲律人

面白かった!!
ドキドキしながら完結。もっとシリーズ読みたいって思うよね。
頑張ってこちらに移植してきてくださいな♬

2023.03.02 水ぎわ

最後まで、本当にありがとう!

こちらへ移すときに、かなり書き直してるので
こっちも心臓バクバクでした(笑)。

次は何を持ってこようかね!?

解除
無雲律人
2023.02.27 無雲律人

エレベーターを一気にエロくしてしまうパンダマジック( ̄ー ̄)ニヤリ
そんな一瞬で……キスくらい出来るか!(・∀・)♡

2023.03.02 水ぎわ

笑!!!

なんでもやれるよ、清春ならね(笑)!

解除
無雲律人
2023.02.20 無雲律人

『水ぎわだった美貌の男が』
の所で、やたら反応した私だよ(笑)。

いやー、佐江ちゃんのファッション術は魔法のようだね。
こんなセンスの塊みたいな女性憧れるなぁ。

もうさ、この頃には佐江ちゃんの中にはキヨちゃんがいるよね。
いや、あるいはもっとずっと前から……。

なんていう名前だったか、あのモブ過ぎる彼氏なんて、読者に名前も覚えてもらえないもんな(笑)。

2023.02.21 水ぎわ

そう 『水ぎわだった』(笑)
ここに反応するきみは、もう立派な 水ぎわマニアだ(笑)!

佐江ちゃんの中には、だいぶ前から清春がいますね。
え、カレシ? えーと…(笑) 書いているほうも、名前忘れたよ(笑)

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。