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律と一楓 大人からの愛情
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「びっくりしましたよ、俺を予約だなんて」
加賀美は吾一に近いファミレスで、テーブルの向かいに座る女性に照れ臭そうに言った。
「すいません、お忙しいと思ったのでこんな方法で……」
「いえ、前もってご連絡もらってたので店の方は大丈夫です。それより、律君のことですよね」
加賀美の前に座る女性、律の母親は頭を何度も下げて恐縮していた。そしてようやく躊躇った顔をあげると、律と同じ切長でくっきり二重の目が、真っ直ぐ加賀美を見てきた。
「はい、店長さんにはきっと話してると思ったんです。高校生なのに週のほとんどをバイトで占める理由を。律は店長さんを尊敬してるって言ってましたから」
「それは嬉しいですね。でもお母さんからすれば心配するのは当たり前です。ラーメン屋と言っても酒も扱ってるし」
母親が自分を訪ねてきたのは、語らずとも理解できる。いくら母子家庭でも、放課後の全てをバイトに注ぎ込み、帰宅も遅くなれば親なら心配するのも当然だ。
「お母さん、心配しなくても大丈夫ですよ。律君はしっかりした男です」
敢えて『男』を強調し、加賀美ははっきりと断言した。
律の決心が拙い考えからではないと、母親にも分かって欲しい。日が浅い関係でも、律の人となりは十分加賀美に伝わっていた。
「私には、大学へ行く費用を稼ぎたいからと言ってました。大好きな弓道を辞めてまで」
「……そうですか」
「お恥ずかしい話ですけれど、うちは主人を病気で亡くして、裕福とは言えません。今までもあの子には苦労させっぱなしで……」
息子の雇い主に家庭の事情を話さざるを得ない母親を見て、加賀美は律と交わした、誰にも言わない約束を破る決心をした。
息子を心配する彼女には知る権利がある。それに律が告白した日に、母親から連絡があった。これは然るべきことだと思えた。
「律君は友達思いの優しい男です。彼がガムシャラにバイトしてるのは病気の友達のためなんですよ」
一驚する母親をよそに、加賀美は表情を綻ばせると、律から聞いた話を彼女に語った。
珈琲を飲み干した頃、加賀美は全て母親に伝え終えていた。
対面した時よりも、幾分か穏やかな表情になった彼女を見て、力んでいた加賀美も体を弛緩させることができ、肩でこっそり吐息を漏らした。
「一楓君は私もよく知ってます。中学の時から仲良くて、家にもよく遊びに来てました。とても優しい、妹思いのいい子なんです。ご両親を事故で亡くし、親戚の家で暮らしてて。なのに病気になってたなんて……」
「律君は抗がん剤を使ったら治るんじゃないか、そう思ってるみたいですね。でもそれには高額な費用がいるからと言ってました」
「……あの子の父親も癌だったんです。だから余計に思いが強いんだと思います」
「そう……だったんですか。それは律君の心情を考えるとジッとしてられませんね」
大好きな弓道を手放し、睡眠時間を削ってまでバイトと勉強を両立する律の健気な心意気を、加賀美は改めて心に刻んだ。
「今日はあの子の本音が聞けて安心しました。何か良くないことに巻き込まれてやしないかと、心配でしたから。でも一楓君の親戚の方も困ってるでしょうね、治療費払うって高校生に言われちゃったら」
「律君も分かってますよ。叔母さんは受け取ってくれなかったと言ってましたから。だから病院の息子でもある友達に渡してるそうです。個室を利用させもらって、感謝しても仕切れないと」
「あの子ったら、一度言い出すと聞かないから」
そう言った母親の言葉が合図のように、二人は窓の外を見た。
「雨、ですね」
「そうですね……。予報通り……」
二人して路面の色が変わるのを暫く見つめていると、先に母親が視線を戻し、毅然とした目を見せてきた。
「私、律のやりたいようにやらせてみます。それが今のあの子にとって大切なことなんでしょうから。体調が心配ですけど、そこはしっかりフォローして見せます」
決意のように語る彼女の顔に、律の面影が重なって見えた。
思考の先にある結果を解って行動することなど、成人をとっくに超えた大人でも難しい。経験不足の高校生には尚更だ。だからこそ、暴走しないように周りの大人が冷静でいなければならない。
ただでさえ相談できる大人が、律には欠けているのだから……。
「俺に出来ることは協力したいと思います。あ、勉強も休憩時間や、手の空いた時にさせてます。だからお母さん、安心してください」
「ありがとうございます、本当に……本当に……」
テーブルに前髪を垂らす母親の姿勢に重みを感じた。そして律の切実な思いを知った自分は、この手で助けになるならと、この夜に強く誓った。
加賀美は吾一に近いファミレスで、テーブルの向かいに座る女性に照れ臭そうに言った。
「すいません、お忙しいと思ったのでこんな方法で……」
「いえ、前もってご連絡もらってたので店の方は大丈夫です。それより、律君のことですよね」
加賀美の前に座る女性、律の母親は頭を何度も下げて恐縮していた。そしてようやく躊躇った顔をあげると、律と同じ切長でくっきり二重の目が、真っ直ぐ加賀美を見てきた。
「はい、店長さんにはきっと話してると思ったんです。高校生なのに週のほとんどをバイトで占める理由を。律は店長さんを尊敬してるって言ってましたから」
「それは嬉しいですね。でもお母さんからすれば心配するのは当たり前です。ラーメン屋と言っても酒も扱ってるし」
母親が自分を訪ねてきたのは、語らずとも理解できる。いくら母子家庭でも、放課後の全てをバイトに注ぎ込み、帰宅も遅くなれば親なら心配するのも当然だ。
「お母さん、心配しなくても大丈夫ですよ。律君はしっかりした男です」
敢えて『男』を強調し、加賀美ははっきりと断言した。
律の決心が拙い考えからではないと、母親にも分かって欲しい。日が浅い関係でも、律の人となりは十分加賀美に伝わっていた。
「私には、大学へ行く費用を稼ぎたいからと言ってました。大好きな弓道を辞めてまで」
「……そうですか」
「お恥ずかしい話ですけれど、うちは主人を病気で亡くして、裕福とは言えません。今までもあの子には苦労させっぱなしで……」
息子の雇い主に家庭の事情を話さざるを得ない母親を見て、加賀美は律と交わした、誰にも言わない約束を破る決心をした。
息子を心配する彼女には知る権利がある。それに律が告白した日に、母親から連絡があった。これは然るべきことだと思えた。
「律君は友達思いの優しい男です。彼がガムシャラにバイトしてるのは病気の友達のためなんですよ」
一驚する母親をよそに、加賀美は表情を綻ばせると、律から聞いた話を彼女に語った。
珈琲を飲み干した頃、加賀美は全て母親に伝え終えていた。
対面した時よりも、幾分か穏やかな表情になった彼女を見て、力んでいた加賀美も体を弛緩させることができ、肩でこっそり吐息を漏らした。
「一楓君は私もよく知ってます。中学の時から仲良くて、家にもよく遊びに来てました。とても優しい、妹思いのいい子なんです。ご両親を事故で亡くし、親戚の家で暮らしてて。なのに病気になってたなんて……」
「律君は抗がん剤を使ったら治るんじゃないか、そう思ってるみたいですね。でもそれには高額な費用がいるからと言ってました」
「……あの子の父親も癌だったんです。だから余計に思いが強いんだと思います」
「そう……だったんですか。それは律君の心情を考えるとジッとしてられませんね」
大好きな弓道を手放し、睡眠時間を削ってまでバイトと勉強を両立する律の健気な心意気を、加賀美は改めて心に刻んだ。
「今日はあの子の本音が聞けて安心しました。何か良くないことに巻き込まれてやしないかと、心配でしたから。でも一楓君の親戚の方も困ってるでしょうね、治療費払うって高校生に言われちゃったら」
「律君も分かってますよ。叔母さんは受け取ってくれなかったと言ってましたから。だから病院の息子でもある友達に渡してるそうです。個室を利用させもらって、感謝しても仕切れないと」
「あの子ったら、一度言い出すと聞かないから」
そう言った母親の言葉が合図のように、二人は窓の外を見た。
「雨、ですね」
「そうですね……。予報通り……」
二人して路面の色が変わるのを暫く見つめていると、先に母親が視線を戻し、毅然とした目を見せてきた。
「私、律のやりたいようにやらせてみます。それが今のあの子にとって大切なことなんでしょうから。体調が心配ですけど、そこはしっかりフォローして見せます」
決意のように語る彼女の顔に、律の面影が重なって見えた。
思考の先にある結果を解って行動することなど、成人をとっくに超えた大人でも難しい。経験不足の高校生には尚更だ。だからこそ、暴走しないように周りの大人が冷静でいなければならない。
ただでさえ相談できる大人が、律には欠けているのだから……。
「俺に出来ることは協力したいと思います。あ、勉強も休憩時間や、手の空いた時にさせてます。だからお母さん、安心してください」
「ありがとうございます、本当に……本当に……」
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