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凛の目の前に見慣れた布がぶら下がってきた。
落ちてきた方を見ると、海翔の長い指が凛の巾着袋の紐を摘んでいる。
「あ、これ──」
「昨日は助かった。これ、お前のだろ?」
「あ、りがとう……」
そっと手のひらに乗せてもらいながら、海翔が席に着くまで目で追った。
「礼を言うのは俺の方だろ。全部、深月に渡してさ。マジでよかったのか」
頬杖をつきながら海翔がこっちを見ている。
申し訳なさそうな顔がちょっと、可愛い。
「全然いいよ。深月ちゃんにも言ったけど、家にたくさんあるんだ」
教科書を机に並べながら言った。精一杯の平常心を装って。
「そ、っか……。けど、探すの大変だろ? 珍しい色もあったしさ」
「俺、小さい頃から集めるのが好きっていうか。趣味? だから、もらってくれて嬉しいんだ。それに、大切な友だちにあげるって……言ってたし」
後半の言葉を、ためらいながら言った。
同じことを自分もしたんだと、言いそうになる。
「ああ、さくちゃんな。深月の初恋の相手だ」
初恋……。そっか、深月ちゃんも好きな人と離れ離れになるんだな……。
甘くて苦い思い出は、きっと、ずっと、大人になっても覚えている。俺も、同じだから……。
チラッと横を見ると、光属性の仲間の笑い声に混じって、海翔の声もその中にあった。
さっきまで確かにこっちを見ていたはずなのに、もう遠くにいるみたいで寂しい。
ふと、視線を落として、巾着の布に指先を這わせてみる。
やわらかな木綿の肌触りがまだほのかに温かくて、海翔の手のひらの記憶を宿しているみたいだった。
その温もりが指先から胸の奥へと伝わって、切なく締め付けられる。
授業が始まっても気もそぞろで、凛の左半分は、ずっと熱を帯びていた。
長い指でシャーペンを器用にくるくる回す仕草。
眠いのか、大きな手で口元を覆いながらあくびを噛み殺している。その無防備な横顔が、いつもよりも少年らしく見えて、鼓動がいつもより忙しくなる。
ときどき、カーテンをはためかせる風に誘われるよう、グラウンドの方へ目を向けている。
特等席から眺める海翔は、あの夏の小さなヒーローより何倍も輝いていた。
気付かれることも忘れ、海翔に見惚れていると、不意にこっちを見てきた。
ヤバいっと思っても、もう遅い。
バッチリ目が合ってしまった。
うまい言い訳も思いつかず、笑って誤魔化したけれど、ひきつった顔になってたのか、海翔が肩を震わせて笑っている。
だから、凛も一緒になって笑ってみた。
正解がわからないときは、相手に合わせるしかない。
教壇から咳払いが聞こえたときは、二人して吹き出しそうになった。
こんなふうに、ただ笑い合うだけで胸が苦しくなるなんて、初めてだった。
「なあ、さっきの授業中、海翔となんか笑ってただろ」
机の上に弁当を広げていると、丸岡が椅子を抱えるように座って凛を覗き込んでくる。
「わ、笑ってた……かな?」
「笑ってた、笑ってた。消しゴム拾ってたら、見つめ合って笑ってた。いつの間に海翔と仲良くなってたんだ?」
自分の秘めた想いが漏れてなかったかと、背筋にツーッと汗が落ちる。
「き、きっと俺がペン回し下手くそだから、そのことで笑ってたのかも」
咄嗟に嘘をついた。でも、ペン回しができないのは本当だ。
「マジ? 佐伯、できないの?」
「うん、できな──」
「海翔。なあ、マジで佐伯のペン回しで笑ってたのか?」
購買部に行っていたのか、パンを片手に海翔が絶妙なタイミングでそばにいた。
丸岡の屈託のない笑顔が、ちょっと憎らしい。
どうしよう……。一ノ瀬くんは、何のことかきっとわからない──。
「……ああ、それな。そうそう、佐伯が不器用すぎて笑った」
さも、本当に見ていたかのように、さらっと海翔が言う。
それを聞いた丸岡がペンを取り出すと、「超高速回転!」と言って、スピードを海翔に見せつけている。
すると今度は海翔がペンを二本手にして、器用に両手で回転させた。
「すっげ、ダブルかっ。俺の負けだぁ」
肩を落として項垂れる丸岡に、そばにいた生徒たちから爆笑が湧き上がった。
そんな丸岡の肩越しに海翔と目が合う。
綿菓子のように、ふわっと柔らかく微笑むその顔。
少し垂れ気味の優しい目と、上がった口角が作る完璧な弧に、胸が鷲掴みされた。
そんな表情をこんな至近距離で向けられたら、心臓が止まりそうだ。
深月の一件以来、ようやく会話ができるようになっただけで、まだ海翔の笑顔には慣ない。
もう少し耐性が付くまで、そんな優しい目は向けないでほしい。
無邪気な丸岡の存在がなかったら、きっとまともに呼吸できなかったと思う。
ごまかすように笑って、心の中でこっそりと誓う。
──あんまり、隣を見ないようにしなきゃ……。
海翔の横顔が視界に入らないよう、少しだけ右寄りに体を傾ける。
丸岡みたいに誰かに気づかれ、変に思われてしまったら──。それがもし、海翔の耳に入れば、クラスメイトの関係さえ危うくなる。
自分のせいで、海翔に迷惑がかかるのは絶対にあってはならない。
強く意識して、真っすぐ前を向く。黒板だけを見つめる。
つい左に視線が向きそうになるたびに、頭をかくフリで気をそらした。
けれど、それは想像以上に寂しい誓いだった。
教室の景色から、少しだけ色が抜けてしまった気がする。
そうして、金曜の放課後まで、凛のささやかで切ない抵抗は続いた……。
落ちてきた方を見ると、海翔の長い指が凛の巾着袋の紐を摘んでいる。
「あ、これ──」
「昨日は助かった。これ、お前のだろ?」
「あ、りがとう……」
そっと手のひらに乗せてもらいながら、海翔が席に着くまで目で追った。
「礼を言うのは俺の方だろ。全部、深月に渡してさ。マジでよかったのか」
頬杖をつきながら海翔がこっちを見ている。
申し訳なさそうな顔がちょっと、可愛い。
「全然いいよ。深月ちゃんにも言ったけど、家にたくさんあるんだ」
教科書を机に並べながら言った。精一杯の平常心を装って。
「そ、っか……。けど、探すの大変だろ? 珍しい色もあったしさ」
「俺、小さい頃から集めるのが好きっていうか。趣味? だから、もらってくれて嬉しいんだ。それに、大切な友だちにあげるって……言ってたし」
後半の言葉を、ためらいながら言った。
同じことを自分もしたんだと、言いそうになる。
「ああ、さくちゃんな。深月の初恋の相手だ」
初恋……。そっか、深月ちゃんも好きな人と離れ離れになるんだな……。
甘くて苦い思い出は、きっと、ずっと、大人になっても覚えている。俺も、同じだから……。
チラッと横を見ると、光属性の仲間の笑い声に混じって、海翔の声もその中にあった。
さっきまで確かにこっちを見ていたはずなのに、もう遠くにいるみたいで寂しい。
ふと、視線を落として、巾着の布に指先を這わせてみる。
やわらかな木綿の肌触りがまだほのかに温かくて、海翔の手のひらの記憶を宿しているみたいだった。
その温もりが指先から胸の奥へと伝わって、切なく締め付けられる。
授業が始まっても気もそぞろで、凛の左半分は、ずっと熱を帯びていた。
長い指でシャーペンを器用にくるくる回す仕草。
眠いのか、大きな手で口元を覆いながらあくびを噛み殺している。その無防備な横顔が、いつもよりも少年らしく見えて、鼓動がいつもより忙しくなる。
ときどき、カーテンをはためかせる風に誘われるよう、グラウンドの方へ目を向けている。
特等席から眺める海翔は、あの夏の小さなヒーローより何倍も輝いていた。
気付かれることも忘れ、海翔に見惚れていると、不意にこっちを見てきた。
ヤバいっと思っても、もう遅い。
バッチリ目が合ってしまった。
うまい言い訳も思いつかず、笑って誤魔化したけれど、ひきつった顔になってたのか、海翔が肩を震わせて笑っている。
だから、凛も一緒になって笑ってみた。
正解がわからないときは、相手に合わせるしかない。
教壇から咳払いが聞こえたときは、二人して吹き出しそうになった。
こんなふうに、ただ笑い合うだけで胸が苦しくなるなんて、初めてだった。
「なあ、さっきの授業中、海翔となんか笑ってただろ」
机の上に弁当を広げていると、丸岡が椅子を抱えるように座って凛を覗き込んでくる。
「わ、笑ってた……かな?」
「笑ってた、笑ってた。消しゴム拾ってたら、見つめ合って笑ってた。いつの間に海翔と仲良くなってたんだ?」
自分の秘めた想いが漏れてなかったかと、背筋にツーッと汗が落ちる。
「き、きっと俺がペン回し下手くそだから、そのことで笑ってたのかも」
咄嗟に嘘をついた。でも、ペン回しができないのは本当だ。
「マジ? 佐伯、できないの?」
「うん、できな──」
「海翔。なあ、マジで佐伯のペン回しで笑ってたのか?」
購買部に行っていたのか、パンを片手に海翔が絶妙なタイミングでそばにいた。
丸岡の屈託のない笑顔が、ちょっと憎らしい。
どうしよう……。一ノ瀬くんは、何のことかきっとわからない──。
「……ああ、それな。そうそう、佐伯が不器用すぎて笑った」
さも、本当に見ていたかのように、さらっと海翔が言う。
それを聞いた丸岡がペンを取り出すと、「超高速回転!」と言って、スピードを海翔に見せつけている。
すると今度は海翔がペンを二本手にして、器用に両手で回転させた。
「すっげ、ダブルかっ。俺の負けだぁ」
肩を落として項垂れる丸岡に、そばにいた生徒たちから爆笑が湧き上がった。
そんな丸岡の肩越しに海翔と目が合う。
綿菓子のように、ふわっと柔らかく微笑むその顔。
少し垂れ気味の優しい目と、上がった口角が作る完璧な弧に、胸が鷲掴みされた。
そんな表情をこんな至近距離で向けられたら、心臓が止まりそうだ。
深月の一件以来、ようやく会話ができるようになっただけで、まだ海翔の笑顔には慣ない。
もう少し耐性が付くまで、そんな優しい目は向けないでほしい。
無邪気な丸岡の存在がなかったら、きっとまともに呼吸できなかったと思う。
ごまかすように笑って、心の中でこっそりと誓う。
──あんまり、隣を見ないようにしなきゃ……。
海翔の横顔が視界に入らないよう、少しだけ右寄りに体を傾ける。
丸岡みたいに誰かに気づかれ、変に思われてしまったら──。それがもし、海翔の耳に入れば、クラスメイトの関係さえ危うくなる。
自分のせいで、海翔に迷惑がかかるのは絶対にあってはならない。
強く意識して、真っすぐ前を向く。黒板だけを見つめる。
つい左に視線が向きそうになるたびに、頭をかくフリで気をそらした。
けれど、それは想像以上に寂しい誓いだった。
教室の景色から、少しだけ色が抜けてしまった気がする。
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