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「何してんの、佐伯」
校舎裏で向日葵の絵を描いていると、背中に声をかけられた。
ビクッと肩が反応したけれど、すぐ振り返ることはしない。
一呼吸おいて、ゆっくり振り返る。
決して、動揺なんかは見せない。
「……一ノ瀬くん。えっと、絵を描いてたんだ」
開いたままのスケッチブックを海翔に向けると、そこから半分だけ顔を出した。
普通のクラスメイトとして自然と笑う感覚。
そう、きっとうまくできてる。
海翔の反応を待っていると、何も言わないまま近づいてくる。
緊張がバレないよう振る舞っていると、スケッチブックを覗き込まれた。
「その絵も、病院の子どもに持って行くんだろ」
投げかけられた言葉に驚いたけれど、深月から聞いて知っているのだとすぐ思いつく。
「うん、そう。季節ごとの花を描いてるんだ。俺なんかの絵でいいのかなって思うけど、みんな、これを見て描くことを楽しんでるっぽいし」
つらつら話していると、海翔がまたあの癖を放出する。
見るものを虜にする眼差しだ。
そんな目で見られると、無理やりたてた誓いが崩れて欲張ってしまいそうになる。
「……らしいな。今の佐伯、いい顔してた」
言いながら、空いたスペースに海翔が腰を下ろしてくる。
片膝をベンチの淵に引っ掛け、そこに頬を乗せて凛を見つめてくる。
これも、海翔の反則技だ。
教室でもたまに見る、頬杖をついて相手を見る仕草。
この攻撃にダウンを取られてるのは、凛だけではない。
キラキラ女子たちも、海翔の無自覚な仕草を隠し撮りしていたくらいだ。
それほど、このテクニックは最強の威力を放っている。
『いい顔してる』なんて言われ慣れない言葉に戸惑っていると、「あー疲れたぁ」と言いながら、海翔が膝に乗せていた顔を、凛の肩に乗せ変えてきた。
ちょ、ちょっと──なに、この状況はっ。
ドキドキが触れている肌から伝わってしまう。
変な汗も出てきた。
こんなふうにくっ付いて、真横で声なんて聞いたら、もう、手立てがない。
どうやって、この気持ちを隠せばいいんだよ……。
「お、重いよ。一ノ瀬くん……」
ようやく吐き出せた言葉も、上目遣いで凛を見てくる眼差しに瞬殺された。
クラスの人気者でイケメンに成長した小さなヒーローは、こっちの気も知らず心を揺さぶってくる。
これじゃ、ヒーローじゃなくて、ラスボスだよ……。
「ちょっとだけ休憩さして。俺、掃除当番で疲れたし」
ほら、また。媚薬みたいな呪文を口にする。
日々、育っていく想いを隠すよう、凛は空を見上げた。
青々とした枝葉を広げる楠の下を、瑞々しい初夏の風が二人の髪を撫でていく。
遠くからは、野球部の声なのか、威勢のいい掛け声が小さく聞こえてきた。
なにも言えず、ぎゅっとスケッチブックを握りしめていると、ちょっとだけ頭の位置を変えるのに、もぞもぞと海翔が動く。
「……今日、バイト、ないの……?」
間を繋ぐ言葉を、丸岡から聞いた情報で埋めてみる。
「なーい……って、あれ? 俺、バイトしてること話したっけ」
顎をくっと上げて、凛を見上げてくる。
心を見透かしてくるような、薄茶の瞳に吸い込まれそうだ。
その問いかけが、まるで〝俺のこと、どれだけ知ってるの? 〟と探られてる気がして、背筋がひやっとした。
「り、李仁に聞いた、んだ」
「李仁? いつから丸岡のこと、名前で呼ぶようになったんだ」
海翔の声は冗談めいたけれど、どこか釈然としない色が混じっていたように聞こえる。
なんでそんなこと聞くんだろ……。
凛は不思議に思いながらも、「『李仁の方が呼びやすいだろ』って言ってくれたんだ」と、鉛筆の向日葵に視線を逃がした。
「……ふーん」
海翔のその一言に、なぜか間ができた。そのとき──
「おーい、りーん!」
校舎の陰から元気な声が飛んできた。
前屈みになって声の方を覗くと、丸岡がビニール袋を片手にこっちへ走ってくる。
凛はそっと海翔の頭を肩から外すと、丸岡がやって来るのを待った。
この状況、李仁は誤解してないよな……。
「ほら、これ。昨日の借りてた体操服。まじ、助かったよ
けど、なんで体操服二枚も持ってたんだ?」
袋を受け取りながら、凛は注文ミスのことを簡単に説明した。
「それでね、業者さんがサイズ間違えてたんだ。転校してきてから、ずっと一セットで回してたんだよ」
「なるー。業者のヘマで俺は救われたってわけだな」
「あはは、だね。でも、小さかったでしょ? 俺のサイズだから」
「平気、平気。時々、腹や背中が見えたくらいだ」
「それ、平気じゃないでしょ」
丸岡と笑いあっていると、視界の隅に、ふと海翔が映る。
ベンチの上で両膝を抱えた格好のまま、どこか遠くに視線を置いていた。
「……まる、『凛』って呼んでんだ……」
ポツリと海翔が言った。
膝を抱えて丸まった格好は、小さな子どものようだ。
気になって声をかけようとしたら、先に丸岡が答えていた。
「まあな。凛が『呼び捨てでいいよ』って言ってくれたからさ。な、凛」
丸岡が屈託なく笑うから、凛も「……うん」と小さくうなずく。
その一瞬、海翔の視線が凛から丸岡へと動いた。
いつもの楽しげな眼差しでも、怒っているわけでもない。
薄茶の瞳に何かが宿っているけれど、読み取ることができない。そんな顔をしている。
変な空気が流れた気がしたけれど、丸岡は気付かないのか、「じゃ、またな、凛」と言って去って行く。
軽快な後ろ姿に手を振ったあと、海翔に視線を戻した。
目は合ってなかったけれど、凛の視線に気付いたのか、独り言なのか。
「二人、仲いいんだな」
ボソッと吐き出された声の色が、少しだけ寂しげに聞こえた。でも、それも気のせいだろう。
校舎裏で向日葵の絵を描いていると、背中に声をかけられた。
ビクッと肩が反応したけれど、すぐ振り返ることはしない。
一呼吸おいて、ゆっくり振り返る。
決して、動揺なんかは見せない。
「……一ノ瀬くん。えっと、絵を描いてたんだ」
開いたままのスケッチブックを海翔に向けると、そこから半分だけ顔を出した。
普通のクラスメイトとして自然と笑う感覚。
そう、きっとうまくできてる。
海翔の反応を待っていると、何も言わないまま近づいてくる。
緊張がバレないよう振る舞っていると、スケッチブックを覗き込まれた。
「その絵も、病院の子どもに持って行くんだろ」
投げかけられた言葉に驚いたけれど、深月から聞いて知っているのだとすぐ思いつく。
「うん、そう。季節ごとの花を描いてるんだ。俺なんかの絵でいいのかなって思うけど、みんな、これを見て描くことを楽しんでるっぽいし」
つらつら話していると、海翔がまたあの癖を放出する。
見るものを虜にする眼差しだ。
そんな目で見られると、無理やりたてた誓いが崩れて欲張ってしまいそうになる。
「……らしいな。今の佐伯、いい顔してた」
言いながら、空いたスペースに海翔が腰を下ろしてくる。
片膝をベンチの淵に引っ掛け、そこに頬を乗せて凛を見つめてくる。
これも、海翔の反則技だ。
教室でもたまに見る、頬杖をついて相手を見る仕草。
この攻撃にダウンを取られてるのは、凛だけではない。
キラキラ女子たちも、海翔の無自覚な仕草を隠し撮りしていたくらいだ。
それほど、このテクニックは最強の威力を放っている。
『いい顔してる』なんて言われ慣れない言葉に戸惑っていると、「あー疲れたぁ」と言いながら、海翔が膝に乗せていた顔を、凛の肩に乗せ変えてきた。
ちょ、ちょっと──なに、この状況はっ。
ドキドキが触れている肌から伝わってしまう。
変な汗も出てきた。
こんなふうにくっ付いて、真横で声なんて聞いたら、もう、手立てがない。
どうやって、この気持ちを隠せばいいんだよ……。
「お、重いよ。一ノ瀬くん……」
ようやく吐き出せた言葉も、上目遣いで凛を見てくる眼差しに瞬殺された。
クラスの人気者でイケメンに成長した小さなヒーローは、こっちの気も知らず心を揺さぶってくる。
これじゃ、ヒーローじゃなくて、ラスボスだよ……。
「ちょっとだけ休憩さして。俺、掃除当番で疲れたし」
ほら、また。媚薬みたいな呪文を口にする。
日々、育っていく想いを隠すよう、凛は空を見上げた。
青々とした枝葉を広げる楠の下を、瑞々しい初夏の風が二人の髪を撫でていく。
遠くからは、野球部の声なのか、威勢のいい掛け声が小さく聞こえてきた。
なにも言えず、ぎゅっとスケッチブックを握りしめていると、ちょっとだけ頭の位置を変えるのに、もぞもぞと海翔が動く。
「……今日、バイト、ないの……?」
間を繋ぐ言葉を、丸岡から聞いた情報で埋めてみる。
「なーい……って、あれ? 俺、バイトしてること話したっけ」
顎をくっと上げて、凛を見上げてくる。
心を見透かしてくるような、薄茶の瞳に吸い込まれそうだ。
その問いかけが、まるで〝俺のこと、どれだけ知ってるの? 〟と探られてる気がして、背筋がひやっとした。
「り、李仁に聞いた、んだ」
「李仁? いつから丸岡のこと、名前で呼ぶようになったんだ」
海翔の声は冗談めいたけれど、どこか釈然としない色が混じっていたように聞こえる。
なんでそんなこと聞くんだろ……。
凛は不思議に思いながらも、「『李仁の方が呼びやすいだろ』って言ってくれたんだ」と、鉛筆の向日葵に視線を逃がした。
「……ふーん」
海翔のその一言に、なぜか間ができた。そのとき──
「おーい、りーん!」
校舎の陰から元気な声が飛んできた。
前屈みになって声の方を覗くと、丸岡がビニール袋を片手にこっちへ走ってくる。
凛はそっと海翔の頭を肩から外すと、丸岡がやって来るのを待った。
この状況、李仁は誤解してないよな……。
「ほら、これ。昨日の借りてた体操服。まじ、助かったよ
けど、なんで体操服二枚も持ってたんだ?」
袋を受け取りながら、凛は注文ミスのことを簡単に説明した。
「それでね、業者さんがサイズ間違えてたんだ。転校してきてから、ずっと一セットで回してたんだよ」
「なるー。業者のヘマで俺は救われたってわけだな」
「あはは、だね。でも、小さかったでしょ? 俺のサイズだから」
「平気、平気。時々、腹や背中が見えたくらいだ」
「それ、平気じゃないでしょ」
丸岡と笑いあっていると、視界の隅に、ふと海翔が映る。
ベンチの上で両膝を抱えた格好のまま、どこか遠くに視線を置いていた。
「……まる、『凛』って呼んでんだ……」
ポツリと海翔が言った。
膝を抱えて丸まった格好は、小さな子どものようだ。
気になって声をかけようとしたら、先に丸岡が答えていた。
「まあな。凛が『呼び捨てでいいよ』って言ってくれたからさ。な、凛」
丸岡が屈託なく笑うから、凛も「……うん」と小さくうなずく。
その一瞬、海翔の視線が凛から丸岡へと動いた。
いつもの楽しげな眼差しでも、怒っているわけでもない。
薄茶の瞳に何かが宿っているけれど、読み取ることができない。そんな顔をしている。
変な空気が流れた気がしたけれど、丸岡は気付かないのか、「じゃ、またな、凛」と言って去って行く。
軽快な後ろ姿に手を振ったあと、海翔に視線を戻した。
目は合ってなかったけれど、凛の視線に気付いたのか、独り言なのか。
「二人、仲いいんだな」
ボソッと吐き出された声の色が、少しだけ寂しげに聞こえた。でも、それも気のせいだろう。
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