ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

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 一葉と夕食を囲んでいるときも、風呂に入っているときも、下駄箱で見た海翔の顔がどうしても頭から離れなかった。
 ベッドに寝転んで天井をぼんやりと眺めながら、手の中のスマホを顔の上にかざして画面を点ける 
 そこには、海翔が送ってくれた向日葵のスタンプがあった。
 太陽みたいなその花は、落ち込んでいた凛の心を、一瞬で明るく照らしてくれる。
 そして、何度もリフレインするのは、あの言葉。

 ──一緒に、行こう。

 聞きたくても聞けなかった連絡先を、海翔の方から教えてくれた。それだけでも嬉しかったのに、水族館に誘ってくれるなんて。
 嬉しさを噛み締めていると、頭の片隅で『でも……』の声が思考にブレーキをかける。

 こんなこと、友達なら当たり前のやり取りだ。
 わかっている、わかっているのに、凛にとっては全然違う。
 自分史に残る大事件だ……。
 それでも、手放しで喜べない自分がいる。

 隠しているこの想いがバレないだろうか。
 また、無意識にニヤけて、それを誰かに見られたら……。
 向日葵を見つめながら、そんなことを考えていたらスマホが小さく震えた。

 一ノ瀬くん……だ。

 ドキドキしながら通知を開くと、そこにはたった一言、
『深月の宝物だってさ』というメッセージ。

 宝物……?

 すぐに届いた画像を見て、凛は思わず口元を綻ばせた。
 コルクの栓で閉じられたガラス瓶。
 中には、凛が深月に渡したシーグラスが、ぎゅっと詰められていた。

 深月ちゃん、大切にしてくれてるんだ。

 胸がほわっと温かくなって、深月の笑顔がよみがえった。
 どう返事を書こうかと悩んでいたら、青いシーグラスのことが浮かんだ。

『さくちゃんに渡せた?』
 負担にならないよう、短い文章を、ポツポツと震える指先で打っていく。
「えいっ!」
 掛け声と共に送信の文字をタップした。

 逸る心音に乱されながら返事を待っていた。でも、数分経ってもスマホは黙ったままだ。

 どうしよう。余計なお世話だったかな……。踏み込みすぎたかも。

 ジッとしていられなくて、凛はスマホをベッドに置くと、無意識に本棚から一冊を抜き取って、パラパラとめくってみた。
 それでも心は落ち着かず、今度はカーテンを開けて空を眺めた。
 すると、待ちかねた着信音が耳に届く。

 ベッドに飛び込む勢いでスマホを掴むと、海翔からのメッセージ。
 画面にそっと触れると、いくつかの数字が送られてきた。

 なんの数字だろ……。

 不思議に思っていた、そのとき、次のメッセージが届いた。

『この中で、空いてる日ってある?』
 数字が日付だとわかると、凛は壁のカレンダーを食い入るように見た。

 正直言って、予定の書き込みはほとんどない。強いて言うなら、墓参りと細腕で働く一葉のために家事をこなすこと。

 それと、病院のみんなに会いに行くことかな……。

 小児科病棟の子どもたちに、絵やシーグラスを持って行く約束。その日以外は、予定ゼロと言っても過言ではない。

「あ、でも。李仁が、部活ない日に映画行こうって言ってたっけ」
 丸岡との約束は未定だ。凛は少し考えて、返事を送った。
 すると、数秒もしないうちに、着信音が鳴り響く。メッセージじゃなくて、電話だ。

「もしもし──」
『なあ、まると映画行くのって、いつ?』
 食い気味な質問に戸惑う。返事を詰まらせていたら、『……二人で?』と付け足しの言葉も。

「あ、うん。でも、サッカー部の練習がない日だから、まだ日にち決まってなくて」
 返信に書いたことを声にして言うと、『ふーん』と、一言だけ耳に落ちる。

 どうしたんだろ、一ノ瀬くん……。
 そっけない声音に不安になっていると、『来週の木曜は?』と、咳払いのあとに聞かれた。

「木曜、全然空いてるっ」
『じゃ、決まりな。また時間とか──ちょ、ちょっと深月、うるさい』
 海翔の声に重なる、深月のかわいらしい声。でも、ちょっと怒っている。

「ね、どうしたの? 深月ちゃん、なんか怒ってない?」
『ああ、いいんだ、ほっといて。どこに行くんだとか、誰と行くのって、うるせーんだ。ったく、あいつは俺のお袋か』
 兄妹で繰り広げる微笑ましい様子が目に浮かぶ。

「一ノ瀬くんのこと大好きなんだね、深月ちゃん」
『……まあ、いや。どうだろな。じゃ、また連絡する』
 ぶっきらぼうな声をもう少し聞きたくて、「あのっ」と、海翔の声を追いかけるように言った。

『な……に』
「あのさ、水族館の帰り、海に寄ってもいい? 近くにあるみたいなんだ」
『海──ああ、そっか。わかった。じゃあな』
 海に寄りたい──そう言っただけなのに、〝わかった〟と返ってきた。

 シーグラス、一緒に探すって約束、覚えてくれてたんだ。

 通話が切れたあとのスマホの画面には、さっきまでの会話が残っていた。
 心の中でそっとなぞるように、凛は抑えきれない感情をこぼした。
 ──来週、楽しみだな……。
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