ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

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 明かりを消したあとの部屋は、いつもより静かだった。
 不意に手を伸ばしてスマホを掴んで、アプリを起動させる。
 画面の向こうに、海翔の名前が浮かんでいた。
 目を閉じれば、初めて電話越しに聞いた声が思い出される。

 どうしよう、眠れない……。

 明日は待ちに待った、海翔と水族館へ行く日。
 初めてスマホでやり取りした日から数日後、待ち合わせの場所や時間が海翔から届いた。
 それを見るまで、まだ信じられない気持ちでいっぱいだった。

 着て行く服も、靴も、準備万端。けれど、心だけが、そわそわと落ち着かない。
 タオルケットを丸めて抱きしめ、ベッドの上で何度も寝返りを打った。
 本でも読んでみようか。そう思いついたとき、手の中で震える振動……。
 画面を確認した途端、凛は思わず飛び起きた。
 メッセージを開くと、短い一文。

『ごめん、寝てた?』
 海翔からだった。

「うそ……これ、夢……?」
 凛は頬をつねってみる。痛い、夢じゃない。

『起きてるよ。ちょっと、うとうとしてた』
 嘘を書いて送った。
 明日が楽しみ過ぎて眠れなかった──なんて、正直には書けない。

『よかった。待ち合わせって、俺、東出口って言ったよな。ちょっと気になってさ』
『うん、東口だよね。大丈夫』
 メッセージの履歴があるのになと、ふと思ったけれど、海翔の声を聞けたことが嬉しくて、そんな疑問は吹き飛んでしまった。

『えっと、イルカショーって、見る?』
『うん、絶対見る! あ、クラゲも見たいな』
『あー、あれは癒されるからな』
 二人でクラゲの水槽の前で写真、撮れたらな……。

 尽きない妄想に耽っていると、ポンっと着信音。
 水色のクラゲのスタンプが届く。続けて、『あの巾着袋持ってこいよ』の文字。
 屈託のない笑顔のクラゲに、口元が綻ぶ。

 ──海に行くの、覚えてくれてたんだ。
 嬉しさのあまり、返信するのも忘れて眺めていたら、『もう、寝よっか』と、終わりを告げる言葉が届く。

 いやだ。まだ続けたい。
 明日になったら会えるけれど、海翔の文字たちは凛には宝物なのだ。
 でも……、これ以上、引き止めるのは悪い。指が迷っていると、再び着信音が鳴った。

『じゃ、あと一回だけな』
 あと、一回……。心をくすぐる提案だった。
『うん。えっと、あのさ、水族館、誘ってくれてありがとう』
『別に。涼しいとこ、行きたかっただけ」
 イラストがないと、そっけない言葉の羅列。それをちょっとだけ、寂しいと思っていたら、『続きはまた明日』と、凛が喜ぶ言葉が飛んできた。

『うん、わかった。明日、ね』
 凛が送信した言葉に既読が付くと、スマホは眠るように静かになった。

 レム睡眠とノンレム睡眠の間を揺蕩う時間。
 二人で共有した、静かで特別な夜。

 明日、会う前に……夢の中で続きを話せたらいいな。
『あと一回な』──夢の中でもそう言って、海翔が現れてくれたらいいな……。
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