ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

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「おーい、りーんっ」
 俊足を生かした丸岡が生きも乱れず、目の前にやって来た。
「……李仁。何で──」
「よお、海斗。お前らも水族館に来てたのか」
「……ああ、お前も?」
 日に焼けた顔でニッと口角を上げたかと思うと、両手を腰に当てて「それがさー」と、ため息を溢している。

「先週から従兄弟のチビどもが、夏休みだからこっちに来てんだ。遊んでくれって顔見るたびに言われるけど、俺、部活あるじゃん? だから断ってたんだけど……」
 チラッと、後ろを振り返って丸岡が、従兄弟らしい三人の子ども見た。
「あそこの、手を振ってる三人?」
 サイズの小さい順に並ぶ三人が、丸岡へ手招きしている。
「そうそう。あーもう、そこの海に行こうって、急かしてくるんだよなー」
「海? あ、俺らも──」
「それなら、早く行ってやれよ。遅くなると暗くなって楽しめないし」

 海翔の言葉が、凛の言いかけた言葉にかぶさる。
 まるで、自分たちが海に行くことを隠すような、唐突な遮り方だった。
 不思議に思って海翔を見上げると、凛の視線に気づいている雰囲気なのに、目を合わせようともしない。

「お前らも海行くんじゃないのか?」
 明らかに海へと向かっているつま先の方向を変え、「いや」と、強めに海翔が言い切っている。
「俺らはこれからメシ食いに行くんだ、な、佐伯」
 何となく合わせるべきだと思い、「うん」と凛も返事をする。

「……そっか。いいな、二人でメシか」
 丸岡が少し視線を落とし、鼻の頭をかいている。
「……俺は帰ったらバーベキューだ。チビたちの子守りコース、続行」
 両腕を頭の後ろで組むと、丸岡が大きなため息を吐いた。
 ただ、その姿が少し元気がないように思い、「バーベキュー、楽しそう!」と、いつもよりちょっとだけ大きな声で凛は言った。

「そうか? ま、でも凛と……海翔やクラスの連中とやる方がいい──あ、そうだ!」
 何かひらめいたのか、丸岡が目を輝かせながら、こぶしを手のひらに打ちつけた。
「花火、花火みんなでしようぜっ。それなら部活あっても出来るし。海翔もバイトあっても夜は平気だろ。いや、待てよ。その前に、海だな。凛の海デビューを兼ねて!」
「デビューって……。でも、楽しそう。俺も海行きたい。でも、花火もいいな、楽しそう。ね、一ノ瀬くん」
 視線を向けると、海翔がほんの一瞬だけ目を逸らされた。

「……あ、ああ。けど、お前、部活は? 海って、昼だろ」
「そんなの、一日くらい、何とでもなるって」
 どこか迷いが混ざっているような海翔の問いかけに、丸岡は平然と答える。
 あまり乗り気じゃなさそうに見えたのは、気のせいだろうか。

 でも、一ノ瀬くんが参加するなら、絶対、行きたいな……。

 丸岡の発案を聞いた瞬間、凛の頭の中には海翔と一緒に海で泳いだり、花火をする景色が浮かんでいた。
 チラッと海翔を盗み見すると、丸岡が、スマホのカレンダーを海翔に見せている。
「ほら、海翔。お前、どこなら予定合う? お前が来るなら、女子たちもぜってー、参加するな。俺、みんなに声かけとくし」

 確かに……。一ノ瀬くんが参加するなら、みんな喜ぶ……。

 ふと、女子たちに囲まれている海翔を思い出し、やるせなさでため息が出そうになった。
 凛がそれを我慢できたのは、先に海翔がため息をついたからだ。
 丸岡には聞こえないほどの、小さな吐息。
 既に決定事項のように話す丸岡は、予定をたてるのに夢中で気付いていない。

 あ、そうか。深月ちゃんが寂しがるから、迷ってるんだ……。
 今日の水族館も行きたそうだったもんな。お兄ちゃん、大好きだし。

 初めて病院で会った深月のことを思うと、無理に海翔を誘えない。
 凛が黙っていると、「凛は、ダメな日あるか」と、丸岡に聞かれた。
「えっと、俺は……」
 予定なんてない。わかっているくせに、わざとらしくスマホを出す。
 書き込みのないカレンダーを開いたとき、「いつでもいい」と、海翔の声がした。
 その言葉に便乗するよう、凛も頷いて見せる。

「そっか。じゃ、みんなと相談してまた連絡するわ。凛もな」
 片目を瞬かせながら、丸岡が早速誰かにメッセージを送っている。
「あ、李仁。従兄弟くんたち、こっちに来るよ」
 中々戻ってこない丸岡に痺れを切らしたのか、三人が丸岡の名前を叫んでいる。

「やべっ。じゃ、俺行くわ。またな、凛。海翔」
 手を振りながら、丸岡が急いで従兄弟たちの方へと戻って行く。
「さすが、サッカー部。足、早いね」
 疾風の如く走り去る丸岡の背中を見送りながら、凛が声をかけた。
 けれど、海翔は黙ったままだ。

 そうだよね、あんなかわいい妹に泣かれたら、辛いもん……な。

 うんうん、と納得していると、「ごめん……」と、声がこぼれてくる。
「えっ、なんで謝ってるの」
「海……。行かないことに、したから……」
 目も合わしてくれず、海翔がボソッと言った。何だか、泣きそうな声だ。

「そんなの、いいよ。李仁たちと一緒に行けば、きっと楽しくて時間遅くなるって思ったんだよね? 早く帰んないと、深月ちゃん寂しがるから」

 一ノ瀬くんは、深月ちゃんファーストだからな。うん。ちゃんと俺、わかってる……。

 仲のいい兄妹を羨ましく思いながら、それとはまた別の妬ましい気持ちが、音もなく染み込んでくる。
「深月は関係ない……けど、そういうことにしとくよ」
 海翔の言葉の意味がわからず、ただ黙って横顔を見つめていると、不意に、頭をポンポンと叩かれた。
「シーグラス、また、今度な……」

 二人だけの約束を口にする海翔の瞳には、海辺から差し込む夕陽が静かに映り込んでいた。
 蜂蜜のように蕩ける視線は、凛の胸に甘くて薄い膜を生み出していた。
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