ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

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 夏の陽射しが容赦なく降り注ぐ中、凛は待ち合わせの駅前で自転車を止めた。
 走っているときは風をきって涼しいけれど、止まると一気に汗が噴き出してくる。
 駅に向かう人たちも、心なしか早足に見える。
 ガッツリ屋外の駅だと、暑さは変わらないけれど、いざ、電車に乗り込めば汗はクーラーの冷気で飛ばしてくれる。
 凛は枝ぶりのいい木の下に移動すると、自転車のスタンドを立てた。

「李仁、まだ来てないな」
 リュックから水を出して喉を潤すと、帽子をうちわ代わりに風を起こす。

 でも楽しみだな。今日行く海って、李仁たちの穴場って言ってたし。

 学校の帰り道に通る海岸とは違う、特別な海。
 凛が知っているのは、家に帰るまでにある砂浜と、カイトとの思い出の海だけ。
 場所を知らない凛は、グループメッセージで場所を聞いてみた。すると、コンマ一秒の速さで『待ち合わせしようぜ』と丸岡から送られてきたのだ。
 せっかく海翔も参加するのに、道に迷って台無しにしたくない。
 凛は甘えることにして、こうして丸岡を待っている。

 忘れ物がないか、リュックの中を覗いていると、名前を呼ばれて顔を上げた。
 太陽に照らされたハンドルが光り、凛は眩しくて目を細めた。
 強い日差しの中から、競輪選手さながらの勢いで丸岡が向かってくる。
「おーい! 凛ーっ!」
 あまりにも大きな声に、思わずキャップで顔を隠した。

 もう。今、駅前にいた人たち全員に名前がバレたよ……。

「お待たせ、凛。待ったか?」
 こめかみに汗を光らせ、屈託のない笑顔に凛は苦笑した。
「李仁、声でかすぎ。めちゃ恥ずいし……」
「え、そんなに声デカかった? 悪い、凛を待たせてるって、焦ったからかも」
 短い髪をかきながら、ちょっと困った顔になっている。
「全然待ってないよ。李仁、すごい汗だ」
 ふふっと笑うと、凛は自転車のスタンドを蹴り上げた。

 ペダルに足をかけたまま振り向くと、丸岡はハンドルを握ったまま、ぼんやりこちらを見ている。
「李仁? 行かないの?」
 凛の声でハッとしたような顔になる丸岡が、「暑さで一瞬、トリップしてた」と、笑っている。
 いつもの李仁っぽくない。もしかして、暑さで調子悪いとか?
 汗を光らせる横顔を見上げながら、スプレーを取り出すと、無言で丸岡に吹きかけた。
「うわっ! な、なに。──あれ、めちゃ冷たい……」
「じゃーん、冷却スプレーです」
 丸岡の前にスプレー缶を突き出すと、イタズラっぽく言った。
「びっくりした……。けど、超涼しい。サンキュー、凛!」
 いつものサッカー少年の顔になると、「しゅっぱーつ」と叫んで丸岡がグンっとペダルを踏み込む。

 駅からしばらく自転車を走らせ、民家もまばらになった頃、ふいに視界が開けた。
 眼下に広がるのは、人の気配のほとんどない、小さな入江。
 白い砂浜がゆるやかに弧を描き、波は穏やかに寄せては返している。
 海水浴場のような喧騒はなく、風と波と蝉の声だけが聞こえて、秘密基地感が凛の好奇心をくすぐった。

「ここが、穴場の海……」
 思わずこぼれた凛の声に、丸岡が肩越しに振り向いて「いいとこだろ」と腰に手を当てて満面の笑顔だ。
 堤防の窪みに自転車を停めると、既に誰か来ているのか、何台か止めてあった。
「誰か来てるみたいだな」
 階段を降りながら、丸岡が振り返ると、凛もあとに続いた。

 入江を隠すようなゴツゴツした岩場を抜けた瞬間、ふっと海風が頬をなでる。
 サクッと音を立てて砂浜に足を踏むと、突然現れたその景色に、凛は息を呑んだ。
 空の青と海の青が地平線で溶け合うように繋がり、真っ白な砂浜のコントラストが絵に描いたような美しさだ。
 海面は太陽の光を受けて、宝石のようにきらめいていた。
 波の音がザザーッと鳴り、水面がまぶしくて一瞬、目を閉じた。

「すごい……きれいだ」
「だろ? 地元のやつしか知らねーんだ。泳ぐならここが一番」
 丸岡が胸を張って言う。
 海の香り、さらさらとした砂の感触、照りつける太陽。すべてが、夏そのものだった。
「まるで、時間が止まったみたいだ」
 凛が呟くと、「詩人だな」と、後ろから声がした。
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