ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

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11ー2

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「よし、じゃ続きやる?」
 仕切り直そうと二人を見て凛が言うと、「あ、ああ」と、気のない返事の丸岡。
 海翔を見ると、女子に呼ばれて凛から離れてしまった。

「李仁、もしかして具合悪い?」
 下から覗き込むように聞くと、丸岡が目を泳がせてこっちを見ようとしない。
「……大丈夫?」
 もう一度聞くと、ようやく目が合う。

「だ、大丈夫。ちょっと、暑くてボーッとなっただけだ。それより──」
 言いかけて目を伏せる。
 唇を開きかけては、引き結んで言いにくそうな表情をしていた。

「ほんとうに平気? 冷たいものでも買ってこようか?」
「いや、いらないっ。あ、ご、ごめん」
「ううん、俺こそ。おせっかいだった……」
 凛の方を見ようとしては逸らす。それを繰り返しているから、丸岡が何を考えているのかわからない。

 いつもと様子が違う。やっぱり水分をとった方がいいんじゃ……。

 飲み物を買いに、レジャーシートの方へ戻ろうとした凛の体は、丸岡に手首を掴まれて引き止められてしまった。

「ど、どうしたんだよ、李仁」
 丸岡が凛の方をチラッと見て、「あのさ……」と、呟く。
「凛の肌が白くて……ちょっとびっくりしたっていうか。いや、そうじゃなくて、その、顔も焼けて……。ほら。ここ、熱いぞ」
 ぶっきらぼうに差し出された手で、そっと頬を撫でられた。

「ほんとだ、熱い。あ、しまった。顔に日焼け止め塗るの忘れてた。絶対、これ赤くなる」
 自分で自分の頬を摘んで後悔していると、これまで見たことのない笑顔の丸岡がいた。
 いつもはどこか子どもっぽいのに、今、目の前にいるのは、静かで大人な雰囲気を醸し出している。

 何となく二人でいることを気まずく思い、凛は「冷やしてくる」と言って海に向かった。

 ザブザブと沖に進んでいくと、少し離れたところで、みんなと浮き輪で遊ぶ海翔を見つけてドキッとした。
 女子の一人がふざけて海翔の背中に飛び乗っている。
 剥き出しの背中に、柔らかな膨らみが触れた瞬間、凛は握りこぶしを固くして背中を向けた。

 いやだ。俺の持ってないもので、カイトに触んないで……。

 黒いタールのように、べっとりと張り付く粘着質な劣情。
 それが凛の心に蔓延って、簡単には剥がれてくれない。
 触れるものすべてを汚してしまいそうな、これまで知らなかった汚い感情が凛の中に生まれた。

 俺……なんてこと考えたんだ。

 心の奥底に、こんな醜い自分が住んでいたなんて。
 こんなに嫉妬深くて、独占欲の強い人間だったなんて。

 だめだ、こんなこと考えちゃ……。カイトに嫌われる。

 凛は少し沖まで歩くと、ガクンと急に落ち込んで足のつかないところまで進んだ。
 そのまま、体の力を抜いて、錘のように自身の体を海の底へ沈めていこうとする。
 膝を抱えて体操座りのような形になると、重力に身を任せた。そして感じる、ゆっくりと沈んでいく感覚を……。

 こんな嫉妬深い思いも、カイトへの気持ちも、この海の底に置いてこよう。

 感傷的になっていると、海翔の姿が瞼の裏に浮かぶ。
 太陽を浴びて煌めく髪。引き締まった腹筋。自分じゃない誰かに笑いかける顔。
 決して自分のものにはならない、大好きな人。
 思うだけで、言いようのない気持ちが迫り上がってくる。
 海水は冷たいのに、目の奥だけが焼けるように熱い。
 でも、ここで泣けば誰にもバレない。

 いっぱい泣いたら、いつもの自分に戻ればいい。
 それが〝好き〟の代わりで、きっと正解だ……。
 
 ひとしきり泣き終えると、ゆっくりと浮上していく。
 光に向かって水をかき、凛は海から顔を出し──
「び、びっくりした。一ノ瀬……くん。どうしたの?」
 海面に顔を出すと、そこに海翔の顔があって息を呑んだ。

「どうしたのじゃないだろっ。こっちは溺れたかと──」
 普段の甘い声が、冷たい響きに変わって降り注がれた。
 鋭く見開かれた目は、普段の涼しげな瞳とは真逆に殺気を帯びている。
 いつもの緩やかに弧を描く口元が、一文字に固く引き結ばれていた。

「ご、ごめん……。ちょっと熱を冷まそうと……」
「熱をって──。そんなの、潜ってしなくても……あ、いや。ごめん、言いすぎた……」
 凛の顔を見て何か悟ったのか、海翔が謝ってくれる。
「謝らないで。俺がその、心配させたから。ほんと、ごめん」
 海に浸かったまま二人で向き合っていると、周りから笑い声が聞こえてきた。

「二人とも、ここは温泉じゃないんだぞ。同じとこで浸かってんなよ。海は泳いで遊ぶとこー」
 曽谷の声で海翔と顔を見合わせると、弾くように二人して笑った。
「だってさ、佐伯。陸に上がるぞ」
 ぐいっと腕を引かれると、そのまま岸まで歩いた。
「……心配してくれて、ありがと」
 手首を掴まれたままポツリと凛が言うと、海翔の足がピタッと止まる。

「佐伯、泳げないんじゃないかなって、何となく……思っただけ」
「何それ。俺、泳げるよ」
 波を割って歩きながら言うと、「イメージだよ」と反論された。
「でも、それ、合ってる。子どものとき、俺、泳げなかったから」
 鋭いね、と笑って言うと、予想に反した真顔が返ってきた。

「どうかした……?」
 問いかけた凛の声は波でかき消され、海翔まで届かなかった。
 背を向けたまま、海翔が先を歩いて行ったのが証拠だ。

 そのあと、クタクタになるまでみんなと遊んだけれど、なぜか丸岡だけが元気がない。
 いつもなら先頭を切ってはしゃぐのに、昼ご飯を食べるときもスイカ割りも、火が消えたように暗かった。

 夕暮れの中、波が穏やかに引いていくのを見ながら、あと片付けをしてそれぞれが家路についていく。
 自転車を止めてある場所まで行くと、海翔がサドルに跨って海を見ていた。
 凛も同じように水平線に視線を向けてみる。

 夕日が波間に沈んでいく、あまりにも静かな景色に、何となく寂しさを感じた。
 自分の気持ちを海の底に置いてきたことが、切なくて苦しい。
 けれど、それを代償にしたからこそ、これからも友達として海翔のそばにいることができる。

 うん、それで十分だ……。

「今日、すっごく楽しかった」
 思ったことを口にしていた。すると、「だな」と、海を見つめたまま海翔が答える。
 そっと横を見ると、美しい横顔が夕日色に染まっていた。
 その瞳がほんの少し、凛の方に向きかけたとき、「凛、送ってくよ」と、丸岡に声をかけられた。

「あ、うん……」
 生返事になったのは、海翔の視線が気になったから。離れたくなかったから……。
「じゃあな、海翔。今度は花火大会だぞ、欠席するなよ、女子が悲しむから」
 丸岡の言葉に微笑むだけで、何も言わない海翔。
「……一ノ瀬くん。じゃあ、また」
 何となく後ろ髪を引かれる思いで、凛は自転車を押して歩く。

「りーん。早くー」
 先に行く丸岡に続こうと、凛がサドルに跨ったタイミングで、海翔が自転車のハンドルを掴んできた。
「え、なに。一ノ瀬く……」
「冷やしとけ。火照ってんぞ、顔」
 ほんの一瞬だけ凛を見た瞳はすぐ逸らされた。凛の頬にペットボトルを押しつけながら。
 言葉はそっけないのに、優しい……。

「冷た……でも、気持ちいい」
 海翔がくれた飲み物は、キンキンに冷えていた。

 これ、もしかして買ってきたばっか……?

 海翔を見ると、もう自転車に乗って凛とは逆方向へと進んでいる。
「一ノ瀬くん、ありがとーっ」
 オレンジの景色に、凛の声が響いた。
 小さくなっていく背中を見つめていると、後ろ向きのまま、海翔が手を振ってくれる。
 そんな姿にさえ、泣きそうだった……。
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