ひたむきに恋して

久遠ユウ(くおんゆう)

文字の大きさ
30 / 36

13ー6

しおりを挟む
 波の音が遠くから流れてくると、車の走行音が低く重なる。  
 人気のない公園に、群青の空と丸い月が、静かに二人へと降り注いでいた。

 しゃがんだままの海翔は、黙ったままで動かない。  
 唇が動く気配はあるのに、言葉が紡がれない。

 ──なにも……言ってくれない。  
 やっぱり、男の俺なんかに告られて迷惑だったんだ……。

 勢いに任せて伝えたけれど、相手の気持ちなんて考えてなかった。
 胸の奥から後悔の痛みが生まれ、たまらず凛はベンチから立ち上がった。

「ごめんっ!」  
 深く頭を下げる。  

「い、一ノ瀬くんのこと、考えないで……。  男なのに、自分勝手な告白しちゃった。  ほんと、ごめん。……わ、忘れて──」

 言い終わらないうちに、凛の体は海翔に抱きしめられていた。
 背中に回された腕の強さに戸惑っていると、肩に海翔の額が触れ、吐息が耳もとにかかる。
 頭が真っ白になった凛の耳に、かすかな声が落ちた。

「──ない……」

「……え、いま、なんて……」

 海翔を見ようとしたその瞬間──

「……忘れない。勝手になかったことにすんな」

 耳のそばで囁かれた声にのどが震え、呼吸が止まりそうになる。  

「俺だって……好きだ。佐伯が、好きだっ」

 海翔の声が心の奥に深く届いた瞬間、目の奥が熱くなった。  
 信じられなくて、頭の中で海翔の言葉を何度も反芻する。
 顔を見て確かめたいのに、身体が動かない。  

「いま……なん……て」
「佐伯が好きだ! 丸岡よりずっと、ずっと、だっ」

 はっきり聞こえた想いに、涙があふれだす。
 肩越しに伝わる声の振動が、本気だと教えてくれる。  

 海翔が顔を上げると、凛を真っ直ぐ見つめてくる。
 その瞳に息を呑む間もなく、再び胸の中に閉じ込められた。
 互いの鼓動が重なり合い、二つの音が呼応するように凛の中で響いた。

「……何度でも言ってやる。佐伯が好きだ。あいつには渡さないっ」  

 抱きしめる力が強まるたびに、胸の奥にあった迷いや不安が音もなく消えていった。
 残ったのは、海翔の言葉だけ。
 熱い吐息と声音で、それが真実だと伝えてくる。

「う……そ。こ、こんな……の、ゆめ……だ」
 恐る恐る、凛は顔を上げた。
 目の前にある瞳には、自分の泣き顔が映っている。
「夢にされたら……困る」

 そう言って涙を拭ってくれると、海翔の腕が凛の頭を包み込んだ。

 その温もりに応えるように、凛はためらいながら背中へと腕を回す。
 指先、一本ずつ意識しながら、そっと、そっと触れていく。
 全ての指が広い背中を掴んだその瞬間、海翔が頬を寄せてきた。

 お互いの想いが通じ合う。
 言葉にすれば簡単でも、この幸せはそれだけでは言い尽くせない。
 ただ、ずっと抱えてきた想いを捧げたくて、凛は海翔の胸に顔を埋めた。
 そこから響く心音が、涙を止めることを許してくれない。
 
 夜更けの公園に寄り添う影が一つに重なる中、泣きじゃくりながらゆっくり顔を上げた。
 目が合うと、海翔の唇が優しく額に落ちてくる。

「……涙でぐしゃぐしゃだ」
 微笑む海翔が、頬を伝う雫を指で拭ってくれた。
 ずっと欲しかった、自分だけに向けられる笑顔がそこにある。
 どうしても海翔に触れたくて、凛は目の前の頬を両手で包んだ。
 すると、その手を包み込むように海翔の大きな手が重なる。

 きっと、自分の顔はひどい有様になっている。けれど、今は気にする余裕なんてない。
 凛はただ、初恋の人の顔を信じられない気持ちで見つめていた。

「そんな見つめられたら、穴が開く」
 そう言って、鼻をきゅっと摘まれた。フガって変な音が出たはずみで、笑ってしまった。

 笑いのはずみで咳き込むと、「大丈夫か」と海翔が心配そうに覗き込んでくる。
「へ、平気。思いっきり走ったから、それで……」
「待ってろ、飲み物買ってくる」

 海翔は出口の自販機へ駆けていった。

 離れていく背中を見送りながら、凛はふわふわした感覚を味わっていた。
 海翔が自分と同じように見てくれていた──。
 まだ夢じゃないのかと何度も瞬きをしながら、その背中を目で追い続けていた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり
BL
【完結】 彫刻をやめた高校生の天才彫刻家・時原夏樹(ときはらなつき)は転校先の同級生・須縄霜矢(すのそうや)に片想いしてしまう。 北海道雪まつりに出展することを夢見る霜矢は、夏樹を強引に「美術部・雪像班」に入部させ、雪像づくりに巻き込んでいく。 過去のトラウマから人の手に触れることが苦手な夏樹。ある日霜矢が「人の手に触れる練習」と称して夏樹の手に触れてきて……? 天才肌のトラウマ持ち彫刻家×天真爛漫な夢見る男子高校生の、じれきゅんBL!

仲良くなったと思った相手は、どうやら友達なんて作りたくないらしい

たけむら
BL
仲良くなった相手は、どうやら友達なんて要らないっぽい 石見陽葵には、大学に入ってから知り合った友人・壬生奏明がいる。少し冷たそうな第一印象から周りの学生に遠巻きにされている奏明に、とある提案をしてみると、衝撃的な一言が返ってきて…?

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

猫と王子と恋ちぐら

真霜ナオ
BL
高校一年生の橙(かぶち)は、とある理由から過呼吸になることを防ぐために、無音のヘッドホンを装着して過ごしていた。 ある時、電車内で音漏れ警察と呼ばれる中年男性に絡まれた橙は、過呼吸を起こしてしまう。 パニック状態の橙を助けてくれたのは、クラスで王子と呼ばれている千蔵(ちくら)だった。 『そうやっておまえが俺を甘やかしたりするから』 小さな秘密を持つ黒髪王子×過呼吸持ち金髪の高校生BLです。

処理中です...