はい、こちらは『異世界行き課』です。ご用件をどうぞ。

文字の大きさ
9 / 13

さて、こちらは『異世界行き課』です。

しおりを挟む

「ね、ね♪ 眼鏡ちゃん♪」
 浮き浮きと話しかけて来る女神様。

 ――ああ。きっとまた『掛け声』に関してでしょう。
「はい」と返事を返す眼鏡。

 最近の女神様は変わった掛け声作りにハマっているようで、時折意見を求められる。

「こうね。ワープする掛け声で、いいのないかしら~」
「ワープ……。 ルー……」
 思わず口走りそうになったが、あくまで女神様はオモシロオカシクをご所望だ。

「こう~、更にカッコ悪い感じがイイのよね~~。ダサいってやつね♪」
「カッコ悪く、ダサい……。ああ、そうしましたら『死語』っぽいのが良さげですね」
「『死語』?」
 何かしらと女神様はキョトンとし、宙に指先で円を描き鏡のようなモノを顕現させる。

「ふ~~ン。なるほど~~。いいじゃない、いいじゃな~~い♪ うふふ♪ 『ドロンします』ですって♪」
 その鏡には検索機能も付いているそうで、楽しげに閲覧している。

「『死語』…… 『オノマトペ』…… 『ドロン』ねぇ……」
 画面を見ながら呟く女神様。
「ン、ん~~。ワープというよりも、逃げ帰るって感じがイイかしら~」

「逃げ帰る……。『オノマトペ』……。『死語』……。『ドロン』……。 ……スタコラサッサ」
 眼鏡もつられて呟き、閃く。
「ああ、『スタコラサッサ』はいかがでしょうか」

「『スタコラサッサ』! イイわね♪ イイわね♪」
 目を輝かせる女神様。

「『スタコラサッサホイサッサ』」
 やや調子づく眼鏡。

「!! やっだ~~♪ いいじゃない、いいじゃな~~い♪ 『スタコラサッサホイサッサ』!これで確定ね!!」
 ふふふ~んと画面に指先をクルクルとあてる女神様を眺めながら、今日は終了かなと、通常業務を再開する眼鏡。

 ――女神様のお考えなどわかりはしませんが、楽しそうなら何よりです。

 そんなこんなで毎日を過ごし、さて、いよいよ明日が蕪木萌香かぶらきもえかの異世界送りとなった日、意を決した眼鏡は女神様へ向かう。ダメ元だが構いはしない。

「蕪木萌香さんの代わりに、私を異世界へ送ってください」

 目をまん丸にし眼鏡を見つめる女神様。
「あら~…… あらあらあらあら~」

「私も『異世界行き』候補者です。萌香さんの代わりに私を送ってください!」
 女神様を真っ直ぐに見つめ、強く発言する眼鏡。

「……。そうね。あなたも『異世界行き』候補者だわね。でも、代わる事は出来ないわ」
 いつもと違い、真摯に応える女神様。

 茶化される事を想定していたので、あーだこーだと言葉を用意していたが、真摯な女神様の対応に、願いは叶わない事を理解する。

 暫しの沈黙の後、眼鏡は頭を下げ非礼を詫びる。
「大変失礼いたしました。お時間いただきありがとうございます」

 席へと戻り業務を再開する眼鏡を見つめる女神様。
「切ないわね~」
 眼鏡に聞かれない音量で呟く。

 ――代われれば、どんなに良かった事か……
 遂に明日、お別れを迎えてしまう。
 ――今夜会おうか……。会ってどんな顔をすれば良いのか……。会いたいのに、苦しい……。
 萌香に連絡をしようかと逡巡する。決心付かぬママ終業の時間を迎えた。

「じゃ、明日は萌香ちゃんで、ヨロピクね~♪」
「はい。失礼いたします」
 心ここにあらずといった様子で、フラリと職場を後にする眼鏡。

 ――本当に何もしてあげる事が出来なかった……。せめて一目会いたいが……。どんな顔で会えば……。いえ、どんな顔を見せてしまうか……。こちらの表情で『異世界行き』を察知してしまうのではないか……。別れの日は知っていたのに、ただただ萌香さんと会う事を楽しむだけで……。

 自身の愚かさを痛感し、険しい表情になる眼鏡。役所の玄関を出たところで強い衝撃を受ける。
 ――なっ!?

 正面からガバッと首に腕を回され抱きつかれる。
「も、萌香さん!?」
 萌香は腕をほどきながらニコリと笑う。
「エヘヘ。来ちゃった」

 突然の事態に言葉を失う眼鏡。

「会えて良かった! もしかしたら前日は会っちゃいけないとか言われるかもと思って、突撃する事にしちゃった」
「そ、そんな事は……っ」
「どうしようかなとも思ったんだけど、やっぱ来て良かった!」

 萌香は眼鏡の両手を両の手で握りしめる。
「眼鏡さん。アタシは大丈夫だから! 心配しないで!」
「……っ」
「それだけ!」

 パッと眼鏡から離れる萌香。
「それじゃ。また明日!」

 照れ臭そうな笑顔を見せて、駆け足でその場を立ち去っていく。
 ハッと我に返り、慌てて後ろ姿に向け大きな声を掛ける眼鏡。
「も、萌香さん! また明日!」

 その声に萌香は振り返り、手を大きく振って見せた。

 ――……。
 ぎゅっと目を閉じ、そして空を見上げる眼鏡。
 ――泣くな、、、泣くな、、、っ 泣くな!!
 萌香の心遣いに涙が溢れそうになるのを必死に堪える。


 そんな様を女神様はデスクから鏡で覗いていた。
「…‥ほ~んと。おばかちゃん♪ なんだから~……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...