シブシブ異世界!!

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始まり始まり

嫌だし!

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 蕪木萌香かぶらきもえか18歳。
 ミディアムの髪の長さにウェーブが入っていて、ハーフアップでお団子にしている。

 異世界行きを断固拒否な彼女は、今日も今日とて注意深く生きている。
 トラックが通れる道がある場合は要注意だ。

 彼女が導き出した法則――
 丁度トラック一台分の空間が自分の周りに出来ないよう、常に人の近くや狭い道を通るようにしている。

 一人のみで道を歩かぬよう気を付けてはいるが、どうしても他に人がいない場合は、前後左右を注視しソサクサと小走りで走り抜ける。

 全てはトラックに突っ込まれない状況を作る為――

 いつも通りに過ごしていたある日、携帯電話の液晶がチカチカと不規則な点滅を始めた。

 ――むむ、やだ、壊れないでよッ
 
 液晶の不穏な光を凝視し、大分気を取られてしまった。
 ハッと顔を上げると、丁度自分の周りに人がおらず、空間が出来てしまっている事に気付く。
 そう、そしてここは交差点。

 ――ヤバッ!!!

 刹那どこからともなく、トラックが自分目掛けて突っ込んできた。
 眼前に迫ったライトの光で目が眩み、ギュッと目を瞑る。

 ――しまった!うっかりしていた……ッ 怖い……!

 トラックに突っ込まれる事への恐怖で身体が硬直したが、特に何事も起こらず…… 恐る恐ると目を開けると、そこは真っ白な空間であった。

 ――あー……。
 これはやっぱり異世界行きかと、力がどっと抜ける。

「ぱんぱかぱーん!」
 能天気な明るい声が響いた。
「おめでとうございますー! 異世界行きでーす!」

 声の方を見やると、絵画にありがちな白い衣をまとった端正な顔立ちの美しい女性がいた。
 ブロンドという髪色はこういう事なのだろうと。黄金色に輝いて見え、実に神々しい。

 一歩ほど後ろにはビジネススーツで眼鏡を掛けた女性がいる。黒髪のボブだ。日本人であろう。
 ニコニコとしているブロンドの女性とは対照的に、キリっとしている。

 眼鏡の女性は手に持っていたバインダーをめくり、読み上げる。
「さて、蕪木萌香さん。異世界行きとなりました。こちらの世界での後処理は『異世界行き課』が請け負います」
 こちらに目を向け続ける。
「蕪木萌香さんは、お身内はおられませんので全て処分となります。金品は後処理費用や『異世界行き課』への運営資金に回されます。まぁ、相互扶助という事ですね」
 淡々とした口調で続けていく。
「ただ、ご希望があれば寄付等手配可能です。またプライバシーが侵害される事はありません。内容物に関し箝口令も敷かれます。こちらでの生活品に対し何ら心配される事はありません。異世界でのご活躍、心よりお祈り申し上げます」
 眼鏡の女性は一通り告げると、姿勢正しく萌香に向かい一礼する。

 萌香がただただポカンとしていると『あっ、と』と付け加えられた。

「失礼。何かご質問やご要望は?」
「え、っと……」

 言い淀んでいると、察知した眼鏡女性が続ける。
「まぁ、兎にも角にも、こちらでの事は一切問題は起こりませんので、異世界で心おきなく活躍してきてください。という事です」

「え、っと……」

 ブロンドの女性が眼鏡女性の後ろからヒョイッと体をだす。
「次ね♪」

 片手は腰に、もう一方は人差し指をあげ、明るい口調で話しだす。
「萌香ちゃんは~~、異世界転生と異世界転移、どっちがいい~~?? なんと! 萌香ちゃんの場合は、選べちゃうんです!!」

 指を空に上げたり口先に当てたり、クルクルと回りながら楽しそうに話す。

「ただ転生の場合は今と同じくらいの年齢からになりまーす。赤ちゃんからの場合もあるんだけどね。萌香ちゃんは大人でスタートよ♪  あ、もちろんどちらを選んでもチートで無双が約束されているわ♪」

「そ……、えっ……」
 勢いに押され中々声が出せずにいる。
 ブロンドの女性はどうだと言わんばかりに誇らしげである。
 眼鏡の女性は特に表情も変えずにこちらを見ている。

「イ、 ヤ……」
 やっとこ声を搾り出す。
 その声に二人はン?という表情を見せる。

「イヤ、で、す……」

 スッと空気を吸い力を込める。
「嫌です!! 異世界なんて行きません!!!!」

 両の手に力を込め、大きな声を出す。
 二人はポカンとしている。

「絶対に行かないです! 元に戻してください!」

「…………」
 暫しの沈黙の後、眼鏡女性が眼鏡をクイッとあげ、やや困惑気味な表情を浮かべる。
「これは……  今までにない要求ですね……」

「だ、だってアタシ、あ、あの、あのドラマに漫画っ、動画だって続きが気になるし……!」
 常に用意していた理由だが、いざとなるとうまく喋れない。

「ふ~ん……」
 ブロンド女性は怪訝な顔で萌香を見る。
「異世界は~萌香ちゃんに~~、と~~~っても、合ってるのにな~~……」
「そうですよ。無双も出来ますし」
「そそ。たっぷり楽しめるわよ♪」

「……っ 何と言われようとも! 絶っ対に!! 行かないです!!!!」
 力いっぱいの発言、肩で息をする。

「え~~、そんな事言われたら女神ちゃん困っちゃうわっ」
 やれやれとブロンド女性は肩をすくめ手のひらを向け、困るわといった手振りを見せる。

 ――この人今、自分のこと『女神ちゃん』って言った……! 女神なんだこの人……。この人があの女神なんだ……ッ

「……」
 ――この人が、女神……
 息を整え、うつむき言葉を発する。
「……。 済みません。異世界へは、行かないです……」

 女神と眼鏡は顔を合わせ一息付く。
「残念ですが、拒否権はありません」
 眼鏡の言葉に萌香はバッと顔をあげる。
「な、 何で!?」

「そもそも~、な~んで拒否出来ると思っちゃてるわけ~~? 女神ちゃんからの御言葉よ~~」
「言わば神からの啓示ですからね。従う他はありません」
「は? 意味分かんない。神だから従うって、意味分かんない!!」
 自然と出た言葉に萌香自身ハッとする。そしてまかり通らない事も理解し、またうつむく。
 ――もぉ異世界に行くしかないのか……

 その発言に、女神の優しげな表情から一転、氷の様な冷たさが滲み出るのを眼鏡は見逃さなかった。
「も、萌香さん、異世界は――」
「よ~~し。分かったわ♪」
 眼鏡の言葉を遮りクルリと二人から背を向け、そしてまたこちらに体を向ける。
 片手を腰に、もう片方は人差し指を口先に当て、一瞬滲ませた冷たさはどこへやら、登場時と同じ明るさで萌香に向かう。

「と~くべつよ♪」
 ふふんと顔を上げ、誇らしげに宣言する。
「な~んと! 一年間、猶予をあげちゃいます♪」

 えっと驚いた表情で萌香と眼鏡は女神を見る。

「この一年間で~、萌香ちゃんが異世界に行けない理由。まぁ、この世界に居なきゃいけない事を証明してみせて♪」
 それを聞いた萌香の表情はやわらいでゆく。

「でも~。ドラマとかの続きが気になる。って、ゆーのは弱いわよ~~♪」
 ふふふと女神は笑顔を見せた。

「あ、あ、 ありがとうございます!!」
 萌香は力強く頭を下げる。
 ――やった…… やったーーー!!!! 一年だけど…… それでも……ッ

「じゃ、また一年後ね~~♪」
 女神は手をヒラヒラとさせ踵を返す。
 萌香は頭を下げたママでいたが、次第に周りの音が大きく聞こえ始め頭を上げる。
 見渡すと、そこは先程の交差点。
 トラックもなく、何事もなかった様に、いつもの街の喧騒だ。

 ――一年間……。この一年で、絶対に異世界行きを阻止してみせるッッッ!
 空を見上げ萌香は力強く誓うのであった。

 一方、萌香を元の場所に戻した女神様。
「良かったんですか?」
 眼鏡からの質問に、チラリと目をくれる。
「いい~、わけ、ないじゃなーい」
 大袈裟に手を振り上げてみせる。

「ああ、駄目なんですか」
「だって、仕方ないじゃな~い。あのままだときっと時間ばっかり過ぎていっただろうし。女神ちゃん、今日、合コンなんだし。遅れちゃうわ」
「はぁ」

「無理矢理異世界送りにしても良かったんだけど。あの子、女神ちゃんに楯突いたからね……」

 眼鏡にやや緊張が走る。
 女神はニコリと微笑み目を向ける。

「お仕置きが必要だなって♪」
「……お仕置きですか」

「そそ。一年後が楽しみね。異世界行きは決定事項なのに、どんな努力をするのかしら♪」
「……可哀想に」
 頭を深々と下げていた萌香を想い、同情心が芽生える。

「ん?」と女神。
「いえ、なんでも」
「そ。さて、今日どんなイケメンかな~~♪」

 二人は空間の先へと進みドアノブに手をかけ、この場を後にした。
 萌香とはまた一年後だが、それまでに幾度となくこの空間を利用するのである。


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