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小鳥用品店
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放課後の部活を終えて、学校を出たのは午後6時だった。
帰り道は下り坂でほとんどペダルを漕ぐことなく、ブレーキを時々握るだけ。今日はブレーキをゆるめに、スピードを上げて走った。
もう閉店時間になってしまっただろうか。道の左側に目を凝らす。
店の明かりは……ついてる!
歩道のない道路脇に自転車を停め、ガラス戸から店内を覗こうとしたけれど、棚に並んだ商品たちに遮られ、奥の様子を見ることはできない。
私はそっと入り口のガラス戸を手前に引いた。
入店を知らせるドアベルもなく、音もなく戸が開く。
店というよりは倉庫の中というような雰囲気だった。よく行くコンビニの半分くらいの広さだろうか。店内には、ところ狭しとダンボールが並んでいる。中には商品が入っているみたいだけど、客向けに展示しようという気はまるで感じられない。
「おじゃまします! あの……誰かいらっしゃいますか?」
店内に入っていることが、なんだか悪いことをしているように思える。
無骨な金属製のラックの間をすり抜けて、縦長に続く店の奥へ歩みを進める。
静かな店内にバサバサ、と羽音のようなものが聞こえて、私はそちらの方に視線を向けた。
店の一番奥にレジカウンター。その隣に、大きな止まり木のついたスタンドが置いてある。白くて大きな鳥と目があった。
「ギィャァアアァァァーーーッ」
唐突に耳をつんざく叫び声。
私は驚いて両手で耳を塞いだ。
「なっ……なっ?!」
心臓に悪い。
バクバクと鳴る心臓と、ギャッ、ギャッと羽をばたつかせながら鳴き続ける白い鳥。
その目がじっとこちらを見ていた。
オウムだ。頭の羽をピンと立てているのは、きっとこちらを警戒しているからだろう。
「私は不審者じゃないよ。強いて言うならお客だよ、お客!」
オウムに向けてそういうと、オウムは叫ぶのをやめた。じっと私を見つめ、危害を加える気がないのを確認したのだろうか。ふん、と言わんばかりに頬をもふっと膨らませてから、右足で頭を掻き始めた。
店内にはこの白いオウム以外、生きものの気配はない。
「無用心すぎない……?」
それに、今朝のインコはどこへいったのだろう。
「ねえ、ここの店主さんはどこにいるの?」
首をぐるりと回転させ、オウムはしらんぷりで背中の毛繕いを続ける。
もふもふとした羽は手ざわりが良さそうで、思わずその頭に手を伸ばす。
「ギャーーッ」
慌てて手を引っ込める。
「ごめんごめんっ。なにもしませんから!」
私は両手を後ろに組んで、一歩下がってみせた。
「騒がしいと思ったら、いらしていたんですね」
奥の方から声がした。
レジカウンターの向こう側に階段がある。そこから、今朝の男の人が降りてきていた。
「大丈夫ですか。驚かせてすみません」
朝よりも整った髪、切れ長の目に今はメガネをかけている。
「あ、いえ……大丈夫です。私こそ、勝手に入ってしまってすみません」
お店なんだから入ってはいけないということはないのだろうが、なんとなく謝ってしまった。
「あの、ここって……ペットショップ……ですか?」
彼は、ああ、と苦笑いをした。
「正確には、ペット用品店、ですね。生体は売っていないので」
「え、じゃあ……この子は売り物じゃないんですね」
オウムはしれっとした雰囲気で店主さんの顔を見上げている。
「彼は僕の飼い鳥です」
確かに、店の名前は『小鳥用品店』となっている。小鳥店ではないのだ。
「今朝の……オカメインコは、どうしてますか?」
単刀直入に聞いてみた。
彼は初めてにっこりと微笑み、ちょっと待って、と言い残して再び階段を上っていった。
なにやら喋る声が聞こえて、今度は鳥カゴを抱えて戻って来た。
今朝のカゴより、一回り大きなカゴに入れ替えられている。
「はい、どうぞ」
レジカウンターの上にカゴを置く。
この子のために新しく用意したものなのだろう。カゴのステンレスはピカピカで、餌や水入れもセットされている。
私はインコと目線を合わせるべく、ひざを少し曲げてカゴを覗き込んだ。
「よかったね、綺麗なおうちにしてもらって」
グレーのインコは、ススス、とカゴの中の止まり木を移動して、私の近くに寄ってきてくれた。
頭をグイグイとカゴに擦り付けている。
「頭、撫でて欲しいみたいですよ」
様子を見ていた店主さんが少し微笑んでそう言った。
鳥の頭を撫でる?
ちょっと悩んだ私に、彼は手近なオウムの頭を指でかくようにして手本を示してくれた。
私はおそるおそる右手の人差し指を出し、カゴの隙間からインコの頭を撫でた。
鳥に触ったのは初めてだ。思った通り、羽はふわふわとした手触り。
インコは目を瞑り、もっともっと、と言わんばかりにぎゅっと頭を差し出した。
「か……かわいい……」
鳥ってこんなに懐くものなんだ。
彼はオウムに手を添えたまま、オカメインコと私の方を朗らかに見つめていた。
この子を連れて帰りたい。けれど、お父さんと……愛子さんにも相談しなくては。私はどうやって父を説得するかに思考を巡らせていた。
「いつでもいいですよ」
「へっ?」
「引き取り。ご家族と相談して、飼えるようなら迎えにきてください」
「なんで……」
私がこの子を飼いたいと思ったのがわかったのだろうか。
「あれ、そういうつもりで来たんじゃないんですか」
「いや、そう……です……けど」
言い淀んだ私に、彼はにっこりと笑った。
「大丈夫、他の人に売ったりはしません。しばらくは僕がここで世話をしていますから、気になったらいつでも見に来てください」
「ありがとう……ございます……」
ピィッと、オカメインコが小さく鳴いた。
帰り道は下り坂でほとんどペダルを漕ぐことなく、ブレーキを時々握るだけ。今日はブレーキをゆるめに、スピードを上げて走った。
もう閉店時間になってしまっただろうか。道の左側に目を凝らす。
店の明かりは……ついてる!
歩道のない道路脇に自転車を停め、ガラス戸から店内を覗こうとしたけれど、棚に並んだ商品たちに遮られ、奥の様子を見ることはできない。
私はそっと入り口のガラス戸を手前に引いた。
入店を知らせるドアベルもなく、音もなく戸が開く。
店というよりは倉庫の中というような雰囲気だった。よく行くコンビニの半分くらいの広さだろうか。店内には、ところ狭しとダンボールが並んでいる。中には商品が入っているみたいだけど、客向けに展示しようという気はまるで感じられない。
「おじゃまします! あの……誰かいらっしゃいますか?」
店内に入っていることが、なんだか悪いことをしているように思える。
無骨な金属製のラックの間をすり抜けて、縦長に続く店の奥へ歩みを進める。
静かな店内にバサバサ、と羽音のようなものが聞こえて、私はそちらの方に視線を向けた。
店の一番奥にレジカウンター。その隣に、大きな止まり木のついたスタンドが置いてある。白くて大きな鳥と目があった。
「ギィャァアアァァァーーーッ」
唐突に耳をつんざく叫び声。
私は驚いて両手で耳を塞いだ。
「なっ……なっ?!」
心臓に悪い。
バクバクと鳴る心臓と、ギャッ、ギャッと羽をばたつかせながら鳴き続ける白い鳥。
その目がじっとこちらを見ていた。
オウムだ。頭の羽をピンと立てているのは、きっとこちらを警戒しているからだろう。
「私は不審者じゃないよ。強いて言うならお客だよ、お客!」
オウムに向けてそういうと、オウムは叫ぶのをやめた。じっと私を見つめ、危害を加える気がないのを確認したのだろうか。ふん、と言わんばかりに頬をもふっと膨らませてから、右足で頭を掻き始めた。
店内にはこの白いオウム以外、生きものの気配はない。
「無用心すぎない……?」
それに、今朝のインコはどこへいったのだろう。
「ねえ、ここの店主さんはどこにいるの?」
首をぐるりと回転させ、オウムはしらんぷりで背中の毛繕いを続ける。
もふもふとした羽は手ざわりが良さそうで、思わずその頭に手を伸ばす。
「ギャーーッ」
慌てて手を引っ込める。
「ごめんごめんっ。なにもしませんから!」
私は両手を後ろに組んで、一歩下がってみせた。
「騒がしいと思ったら、いらしていたんですね」
奥の方から声がした。
レジカウンターの向こう側に階段がある。そこから、今朝の男の人が降りてきていた。
「大丈夫ですか。驚かせてすみません」
朝よりも整った髪、切れ長の目に今はメガネをかけている。
「あ、いえ……大丈夫です。私こそ、勝手に入ってしまってすみません」
お店なんだから入ってはいけないということはないのだろうが、なんとなく謝ってしまった。
「あの、ここって……ペットショップ……ですか?」
彼は、ああ、と苦笑いをした。
「正確には、ペット用品店、ですね。生体は売っていないので」
「え、じゃあ……この子は売り物じゃないんですね」
オウムはしれっとした雰囲気で店主さんの顔を見上げている。
「彼は僕の飼い鳥です」
確かに、店の名前は『小鳥用品店』となっている。小鳥店ではないのだ。
「今朝の……オカメインコは、どうしてますか?」
単刀直入に聞いてみた。
彼は初めてにっこりと微笑み、ちょっと待って、と言い残して再び階段を上っていった。
なにやら喋る声が聞こえて、今度は鳥カゴを抱えて戻って来た。
今朝のカゴより、一回り大きなカゴに入れ替えられている。
「はい、どうぞ」
レジカウンターの上にカゴを置く。
この子のために新しく用意したものなのだろう。カゴのステンレスはピカピカで、餌や水入れもセットされている。
私はインコと目線を合わせるべく、ひざを少し曲げてカゴを覗き込んだ。
「よかったね、綺麗なおうちにしてもらって」
グレーのインコは、ススス、とカゴの中の止まり木を移動して、私の近くに寄ってきてくれた。
頭をグイグイとカゴに擦り付けている。
「頭、撫でて欲しいみたいですよ」
様子を見ていた店主さんが少し微笑んでそう言った。
鳥の頭を撫でる?
ちょっと悩んだ私に、彼は手近なオウムの頭を指でかくようにして手本を示してくれた。
私はおそるおそる右手の人差し指を出し、カゴの隙間からインコの頭を撫でた。
鳥に触ったのは初めてだ。思った通り、羽はふわふわとした手触り。
インコは目を瞑り、もっともっと、と言わんばかりにぎゅっと頭を差し出した。
「か……かわいい……」
鳥ってこんなに懐くものなんだ。
彼はオウムに手を添えたまま、オカメインコと私の方を朗らかに見つめていた。
この子を連れて帰りたい。けれど、お父さんと……愛子さんにも相談しなくては。私はどうやって父を説得するかに思考を巡らせていた。
「いつでもいいですよ」
「へっ?」
「引き取り。ご家族と相談して、飼えるようなら迎えにきてください」
「なんで……」
私がこの子を飼いたいと思ったのがわかったのだろうか。
「あれ、そういうつもりで来たんじゃないんですか」
「いや、そう……です……けど」
言い淀んだ私に、彼はにっこりと笑った。
「大丈夫、他の人に売ったりはしません。しばらくは僕がここで世話をしていますから、気になったらいつでも見に来てください」
「ありがとう……ございます……」
ピィッと、オカメインコが小さく鳴いた。
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