夏の怪異 夜の峠

池田よしひと

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8月14日 その2

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 「そろそろ帰るか?タケちゃん。」
そう努さんに言われたのが、十一時も半分以上過ぎた頃だった。子ども連れの人達は殆ど帰ってしまい、僕や努さんみたいに若い人は全くと言っていいほどいなかった。
「なんだ努くん、車運転するのかい?」
「まだ中坊だと思ってたよ!」
地域の人に野次を飛ばされつつ、僕達は車に乗り込んだのだった。

「楽しめたかい?」
そんな風に上機嫌な努さんに聞かれたのは、車が動き出してすぐのことだった。ちょうどその時、僕は宴会で聞いたことについて考えていたため曖昧な返事しかできなかった。それを聞くと努さんは、不思議そうに僕に目をやった。
「考えごと? …何か気になることでもあったのかい?」
彼に聞いて詳しく分かるかは分からなかったが、僕はとりあえず宴会で聞いた話をした。
「なるほど、それで考えてたのか…」
前を向いて運転しているはずなのに、彼の目は遠い過去をを見ているようだと、僕は思った。
「それなら、多分俺に聞くよりこっちの方が良いな…」
努さんはそう言いながら、車についているラジオをいじりはじめた。
「確かこのチャンネルだったはず…」
はじめは雑音混じりの音だったのが、徐々にはっきりとした人の声に聞こえるようになってきた。
「……そ…では…いごに、三年前の事故の犠牲者である有田夏雄さんの父、宗平さんに話を聞いてみたいと思います。」
ラジオの中の声が変わって、男性が話し始めた。
「はい。ちょうどあの日は、三年前の今夜でした。お盆直前の地域集会という大きな行事の日、宴会が長引いていたので私は息子に先に帰るよう言いました。しかし家に帰ってみると、まだ夏雄は戻って来ていないと家内に言われたのです。…まさか翌日、峠の道で事故に遭っているのが見つかるなんて…。あの日先に帰らせなければ良かったと、後悔することが何度もあります。」
そこまで話すと、再び声が変わり、
「ありがとうございました。」
と言って終わってしまった。
 「…はじめの方、聞き逃したな。」
努さんがバツの悪そうな顔をした時、ラジオは完全に別のコーナーに移っていた。
「俺から説明しなきゃいけないかな…」 
そう言いながら努さんがハンドルを切ると、町の風景が切れて山道に、上り下りの多い峠の道に入った。
「…三年前、有田夏雄って言う高校生が事故に遭った。さっきもラジオで言ってただろ?お盆直前の地域集会の夜にさ。その夜バイクで家に帰ったはずの彼は、何故か家のあるのとは逆の方向である峠の道で翌朝見つかった。…こういう言い方から分かるだろうが、夏雄はその峠の道のガードレールを突き破ってしまい、転落死していたんだ。警察も、夏雄がなんで峠の道にいたのか、どうして事故ったのか分かっていないらしい。」
そこまで言って、努さんは言葉を切った。話すのをためらっていた割には詳しいんだなと、僕は思った。
「ねぇ努さん。その事故があった次の年以降、集会は中止にならなかったの?」
僕の言葉に彼は僅かに眉をつり上げ、なんとなく暗い顔でしばらく考えていたが、やがて
「さぁな。その事故があった年以降は、夏に帰省したの今年が初だから。」
と、いつもの軽い口調で言ったのだった。
 それからほんの少しの間、僕と努さんは一言も喋らなかった。その間聞こえたのは、車が道路を走る音の他には、つけっぱなしのラジオから流れてくる声と、そこに混ざるノイズだけだった。
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