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番ってなんぞや!

第九話

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 朝日が眩しい。

 一晩中、剣を振り回していたバルドゥルは、そのまま芝生の上にひっくり返った。
 動きを止めるとやらかしてしまった夕べの事が頭に浮かんでくる。自分本位で進めてしまった行為は、ディアナを傷つけただけだろう。
 
 ディアナの悲鳴とポロポロ溢れる涙に、我に返ったバルドゥルは、、震える体をシーツで包み込んだ。
「ディアナ、すまない。大丈夫か?」

「……」

 シーツの中で小さく首を横に振るディアナの体は、まだガチガチに固まっている。
 シーツの上から恐々と撫でると、ディアナは顔を背け、シーツに顔を埋めてしまった。

「…頭を冷やしてくる。」
 
 情けないことだが、ディアナと同じ部屋で過ごす事が出来ず逃げ出した。




 目を閉じたバルドゥルの頭の中を占めるのは、ディアナの潤む瞳と甘い香り。

「うおぉおおっ!!浅ましいぞおっっ!!!」

 大声を出して、起き上がるとめちゃくちゃに剣を振り回す。朝から近所迷惑であるが、幸いこの家は庭が広く、自然公園に接しているため、虎獣人の咆哮は誰にも迷惑はかからずに済んだ。

「このままでは、いかん!」

 いくら剣を振ってもなんの解決にもならないことに、ようやく気がついたバルドゥルは家に向けて歩き出す。

(謝る!謝るしかない!しかしディアナは許してくれるだろうか。一体俺は、何度同じ過ちを繰り返すのだ!)

「愚か者がっあぁっっ!!」

 怒鳴っても、無かったことにはならないが自分の愚かさに、黙っている事が出来ず、気を抑えるために、また剣を振り始めたのであった。



**************



「バルドゥル様……その格好は一体???」

 3時間ほどたったころ、ようやっと覚悟を決めたバルドゥルがダイニングの二人の元に現れた。
 片手に剣を持ち上半身は裸のまま、汗だらけの上、地面をゴロゴロ転がったので、草と泥に紛れ酷い有様だ。脱獄してきた犯罪者と言われても納得してしまいそうである。

「頭を冷やす為、剣を振っていただけだ。」

「まさか、今までずっとですか?」

 ディアナもはっきりと覚えているわけではないが、寝室を出たのは日付けが変わるか、変わらないかの頃だ。それからずっと剣を振っていたと言うのか?
 こんなドロドロになるまで……?

「剣を振ってでもいないと、もっと傷つけてしまいそうだったから……すまなかった。」

 ダイニングの床に座り、頭を下げる。
 
 側から見れば滑稽にも見える、この激情は番が相手だからなのか、獣人特有のものなのか、それともバルドゥルと言う男が持ち得るものなのか。
 ディアナには判断できない。


「バルドゥル様。」

 ディアナは椅子から立ち上がり、バルドゥルの前に膝をついた。

「わたくし、やはり番と言うものが理解できませんの。
 わたくしが番としてバルドゥル様を認識できない事に苛立ちを感じていることもわかりますわ。」

「…っそんなことは」
 
「ですから、わたくし番をやめます。」

 バルドゥルの体がびくりと震える。
 見限られた……
 縋りつきたい。
 離れて行かないように、抱きしめて、腕の中に閉じ込めてしまいたい。

 俯いて衝動に耐えるバルドゥルの手に、ディアナは手を重ねた。

「バルドゥル様。わたくしが番ではない、ただのディアナとして、寄り添うことをお許しいただけますか?
 貴方の事をちゃんと知りたい。お互いを理解した夫婦になりたいのです。」

「え?」

「番でなくてもいいですか?」

 いつもと変わらないディアナの顔。感情の動かないような表情は変わらないが、バルドゥルと初めて向き合った気がする。


ーー番では無いディアナを愛して欲しい。

 クリスティーン侯爵が言っていたことを思い出す。

「……番だからじゃない。
 番じゃなくていい。だから俺にもディアナのことを教えてほしい。」

 番に対する思いとは別の感情が湧いてくる。
 
「はい。よろしくお願いします。」

 ディアナがはにかむように微笑んだ。何度も見たアルカイックスマイル作り笑いでは無い本当の笑顔に、バルドゥルはうっとりと見惚れて、その手を握りしめた。




「奥様、旦那様。お二人ともすごいカッコですよ。続きはシャワーを浴びてからにして下さい。」

 腰に手を当て、仁王立ちしたリルに指摘されるとおり、バルドゥルはドロドロ、ディアナはガウンのまま。
 お互いの格好を見て、思わず吹き出す。

 番として出会った二人だが、やっと心を通わせる準備ができたのである。
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