【完結】鳳凰抱鳳雛 ~鳳凰は鳳雛を抱く~

銀タ篇

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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

068:蓬萊弱水(一)

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 不意に風が吹き白い花びらが吹雪のように舞い散って、視界が奪われる。
 美しいのに妙な胸騒ぎを覚え、咄嗟に煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィがどこへも行かぬように彼の袖を掴んだ。

「随分と探しましたぞ――ホワンの二公子様」

 頭上から聞こえた声に顔を上げると、空から影が下りてくる。暫く見ていると、それは影ではなく太陽を背に降りて来た白い鳥――白鷴ハッカンであったことに煬鳳ヤンフォンは気づく。

白鷴ハッカンが喋ったのか!?」

 あまりにも突然のことに驚いて煬鳳ヤンフォンは叫ぶ。しかし冷静になってみると、煬鳳ヤンフォンたちの小屋の外には喋る鯉がいる。ならば鳥が喋ってもなんら不思議ではないのではなかろうか。

(まあ、鯉は鯉仙人こいせんにんだけど……)

 そう考えて、もしやという考えがよぎる。

(鯉が喋って仙人なら……鳥が喋ったら……)

 そうこう考えているうちに白鷴ハッカンは大きな翼を優雅に羽ばたかせ、音もたてずに煬鳳ヤンフォンたちの前に舞い降りた。黒曜ヘイヨウが警戒したのか小さな声で鳴いたあと、煬鳳ヤンフォンの袖の中に隠れる。

「まさか……」

 微かに聞こえた声に振り返ると、険しい表情の凰黎ホワンリィ白鷴ハッカンを睨みつけていた。ただならぬ事態であると直感し、煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィを庇うように前に出る。
 しかし肝心の白鷴ハッカンは、煬鳳ヤンフォンのそのような行動などお構いなしで脇を通り抜け、凰黎ホワンリィの前で恭しく頭を垂れたのだ。

 完全に煬鳳ヤンフォンの存在を無視した白鷴ハッカンの行動に、煬鳳ヤンフォンは思わず唖然とする。しかし煬鳳ヤンフォンが瞬きをした一瞬のあと、煬鳳ヤンフォンはもっと驚くことになった。
 その一瞬で目の前の鳥は白い袍服の若者へと変じていたのだから。

「お久しゅうございます、ホワンの二公子様。蓬莱ほうらい様の弟子、閑白シャンバイでございます」
蓬莱ほうらい様?」

 聞き返した煬鳳ヤンフォンをジロリと閑白シャンバイは睨む。煬鳳ヤンフォンに向けられた、あまりにも殺意のこもった視線に思わず怯みそうになる。

「止めて下さい。私は貴方がた仙界せんかいの方々にそのように呼ばれるほどの人間ではありません」

 聞こえてきた仙界せんかいという言葉。それを凰黎ホワンリィが発したことに、煬鳳ヤンフォンはひどく驚いた。しかしそう驚いてもいられず、ただ今は黙って二人の会話に耳を傾けるしかない。
 閑白シャンバイ凰黎ホワンリィに視線を戻すと、先ほどの殺気などなかったかのように、にこやかな表情に戻る。

「そう仰って下さいますな。貴方は選ばれしお方なのです。蓬莱ほうらい様は貴方が昇仙される日をいまかいまかと心待ちにしておられるのですよ」
「よして下さい。私はいま仙界せんかいに行く気はありませんし、そのような資格はまだ持っているとも思っていませんから」

 不敵な微笑みを閑白シャンバイは浮かべた。
 まるで凰黎ホワンリィの言葉に意味などないと言っているかのように。

「なにを仰いますか。二公子様はとうの昔から、その資格をお持ちなのですよ。そう、貴方が万物の理をその目に焼き付けたあの日から――」

 煬鳳ヤンフォンには閑白シャンバイがなにを言いたいのか、良くは理解できなかった。しかし、彼らは凰黎ホワンリィ仙界せんかいに連れて行きたいのだということはすぐに分かった。

「おい、止せよ。凰黎ホワンリィは嫌がってるだろ」

 閑白シャンバイ凰黎ホワンリィの間に割り込んで、煬鳳ヤンフォン閑白シャンバイの一方的な会話を遮る。再び閑白シャンバイの威圧的な眼差しが煬鳳ヤンフォンに向けられたが、今度は煬鳳ヤンフォンは怯むことはなかった。

「あんたらがどうして凰黎ホワンリィを連れて行きたいのかは分からないけど、本人の意志を無視してどうこうして良いもんじゃないだろ? 仙人ってのはそんな横暴がまかり通るほど偉いのかよ?」
「黙れ愚物が」
「……」

 この落差はなんだろうか。あまりのにべもない言葉に煬鳳ヤンフォンは閉口する。しかし黙ってもいられずなにか言ってやろうと思った矢先に、凰黎ホワンリィの方が先に口を開いた。

「貴方がたの話を聞く気はありません。お願いですからお帰り頂けないでしょうか」
「二公子様、そのようなことを仰って良いのですか?」
「なにがですか?」

 閑白シャンバイ憫笑びんしょうを浮かべる。

蓬莱ほうらい様は、あなたがたの悩みを存じております。恒凰宮こうおうきゅうで借り受けた万晶鉱ばんしょうこうの短剣は、容易く扱えるものではないのでしょう? 偉大なる蓬莱ほうらい様が、場合によっては二公子様に力添えしても良いと……」
「おい、俺を取り引きの材料にする気か? ふざけるなよ」

 さすがに自分のことを引き合いに出され、我慢ができなくなって煬鳳ヤンフォン閑白シャンバイに掴みかかろうとした。ところが閑白シャンバイは視線すら合わせずに手を伸ばした煬鳳ヤンフォンを弾き飛ばす。やはり仙界せんかいの者、というのは本当らしい。強さの程は分からないが、それでも煬鳳ヤンフォンが容易く触れられる相手ではなかった。

「くそっ……!」

 よろけた煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィが抱き留める。それを見た閑白シャンバイの表情がより一層歪んだのを煬鳳ヤンフォンは見た。
 何故だか分からないが、自分は相当この鳥野郎に憎まれているようだ――さすがにここまでくると、確信せざるを得ない。

「そのような行いが、貴方たちは本当に……っ! いい加減にして下さい!」

 珍しく凰黎ホワンリィが声を荒らげた。煬鳳ヤンフォンはびっくりして抱えられたまま凰黎ホワンリィを見る。
 凰黎ホワンリィの瞳には怒りが宿っていたが、しかし同時に彼の手も震えていることに煬鳳ヤンフォンは気づいた。
 普段ならどんなものにも怯まぬ、彼らしくない反応だ。

閑白シャンバイ様。よくお聞き下さい。仮に私が力を借りるとしても、貴方がたには絶対に助けを求めることはありません。私はここでこれからも生きていくつもりですし、やりたいことも沢山あるのです。貴方がたの都合で飛昇するようなことは決してしないでしょう。ですから、どうかお引き取り下さい」

 声にはまだ怒りが込められていたが、それでも凰黎ホワンリィは怒りを抑え閑白シャンバイを見た。対する閑白シャンバイは薄笑いを浮かべて凰黎ホワンリィを見ている。

「そうですか。ここまで我々が丁寧にお願いをしても、まだ聞き届けて頂けないのですね……」

 こちらの言い分を一切無視した、強引な『お願い』のどこが丁寧なお願いなのだろうか。

 ――こいつは絶対にヤバい奴だ。

 目の前の閑白シャンバイが次になにを言い出すのか、半ば恐怖も感じながら煬鳳ヤンフォンは彼を睨みつけていた。

「最悪――飛昇しなくても良いのです。どんな形でも、貴方が仙人になられるのなら」
「な!?」

 閑白シャンバイが口にしたその答え。
 その意味を煬鳳ヤンフォンは直感して戦慄する。
 何故ならそれは――。

「お前、凰黎ホワンリィ尸解仙しかいせんにする気か!?」
「黙れ、私に気安く話しかけるな。これは仙界せんかいの総意であり、その頂点であらせられる蓬莱ほうらい様のご意志なのだ」

 なんということだろうか。
 とんでもない奴らだ、と煬鳳ヤンフォンは呆れ、そして恐れた。

 ――尸解しかい

 仙人となるためにはいくつかの手段がある。
 そのうちの一つが尸解しかいして仙人となる方法だ。つまるところ一度死んで、仙人になるということ。
 もっと直接的に言うならば、彼らは凰黎ホワンリィを殺すことで仙人にするつもりなのだ。しかもタチの悪いことに、そこに凰黎ホワンリィの意志は介在しない。

(なんて奴らなんだ……!)

 あまりにも身勝手な言い分に、煬鳳ヤンフォンは怒りを通り越してなにがなんだか分からなくなり、目の前が真っ暗になりそうだった。まともに話が通じない、それもそのはずだ。彼らははなから、凰黎ホワンリィの意志など無視しているのだから。

「そうですね、できれば早い方がいいでしょう。なんなら今すぐでも」

 そう言った閑白シャンバイの手には銀色に伸びる針がある。どうやら彼の『今すぐ』は本気のようだ。
 煬鳳ヤンフォン閑白シャンバイと一戦交える覚悟を決めると、無言で黒曜ヘイヨウを呼び出す。黒曜ヘイヨウ閑白シャンバイに素早く飛び掛かったが、一瞬で閑白シャンバイに叩き落とされると小さく鳴き声をあげて体に戻ってしまった。

黒曜ヘイヨウ!?」

 次の瞬間には閑白シャンバイが眼前に迫る。咄嗟に煬鳳ヤンフォン閑白シャンバイの攻撃をかわしたが、体を捻った閑白シャンバイはすぐに方向を変えて再び煬鳳ヤンフォンの喉元めがけて銀の針を突き出した。

 ――来る!

 考えるよりも早く体が先に動く。煬鳳ヤンフォンは瞬間的に霊力を掌へと集約し、閑白シャンバイの針が届くよりも早く掌打を繰り出す。爆発的な衝撃が直撃して閑白シャンバイの体は吹っ飛んでゆき、激しく地面に叩きつけられた。何度か回転しながら地面に打ち付けられ飛び起きた閑白シャンバイは、忌ま忌ましいとばかりに煬鳳ヤンフォンのことを睨みつける。

「小賢しい真似を!」
「へっ、俺が黒曜ヘイヨウを使うことしか能がないと思ったのか? 残念だったな!」

 煬鳳ヤンフォンは満足げに笑う。なにせ閑白シャンバイに一泡吹かせることができたのだから。
 普段の煬鳳ヤンフォン黒曜ヘイヨウを放ち、自らは剣で戦うが、実のところ玄烏門げんうもんが得意とするのは剣術ではなく掌法だ。煬鳳ヤンフォンの師は戦い方にさほど拘りはなく、みな戦い方もばらばらだったのだが、彼らに合う戦い方を考え、煬鳳ヤンフォン玄烏門げんうもん掌門しょうもんになってからは一律してみなに教えるようになった。

「油断しないで」

 凰黎ホワンリィの言葉で我に返る。閑白シャンバイは今にも煬鳳ヤンフォンを殺しそうな目で睨みつけていた。閑白シャンバイの手が煬鳳ヤンフォンの方へと向けられる。

「っ!?」

 突然の痛みが煬鳳ヤンフォンを襲う。閑白シャンバイが触れたわけでもないのに頸根くびねの痣に思い切り刃を刺したような激痛が走ったのだ。尚も痣を抉られるような痛みに耐え切れず煬鳳ヤンフォンは片膝をつく。やはり元が鳥とはいえ仙界せんかいの者。おいそれと戦える相手ではないのだ。

 しかし、そのようなことすら考える余裕はなかった。
 閑白シャンバイが翼を広げれば無数の羽が舞い上がる。宙に浮かんだ羽は鋭さを増し、まるで飛鏢(*飛び道具)であるかのように煬鳳ヤンフォンに向かってきたのだ。


――――――
※「蓬莱」は何故日本語読みなのかといえば、実は蓬莱天尊とかそんな感じの名前だったということに。

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