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藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)

067:堅物宮主(八)

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 恒凰宮こうおうきゅうを出た煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィは、鸞快子らんかいしと再び落ち合うべく一番近い都市へと向かっていた。

「仕方ないとはいえ、俺も直でその話聞きたかったなぁ」
『クエェ』

 煬鳳ヤンフォンのぼやきを聞いて、黒曜ヘイヨウ煬鳳ヤンフォンの肩の上で申し訳なさそうな、不服そうな鳴き声をあげる。

 目覚めたら全てが丸く収まって、凰黎ホワンリィの手の中には万晶鉱ばんしょうこうの宝剣『露双ルーシュアン』があったのだ。それを見てすぐさま黒曜ヘイヨウ凰神偉ホワンシェンウェイの説得に成功したのだということには気づいた。

 全ては終わったあとだったが、凰黎ホワンリィは目覚めてすぐに煬鳳ヤンフォンを動かすことを良しとはせず、凰神偉ホワンシェンウェイの好意で落ち着くまで恒凰宮こうおうきゅうで休ませてもらったのだ。
 煬鳳ヤンフォン黒曜ヘイヨウに体を貸している間の話は、その間に凰黎ホワンリィが全て話してくれた。

「私だって煬鳳ヤンフォンの意識がない間は落ち着かなくて、本当は話どころではなかったですよ。でも、黒曜ヘイヨウのお陰で万晶鉱ばんしょうこうの短剣を借りることができたのですから。結果的には煬鳳ヤンフォンの霊力をなんとかするという、我々の目標に一歩近づいたというものです」

 そう言って凰黎ホワンリィは大切そうに己の袖に触れる。万晶鉱ばんしょうこうの短剣は恒凰宮こうおうきゅうを出るとき、凰黎ホワンリィが袖の中に仕舞ったのだ。

露双ルーシュアンは元々原始の谷の封印を解くために作られたもの。他の宝器とは用途が全く異なっている。取り扱いには普段以上に気を付けた方がいい』

 別れ際、凰神偉ホワンシェンウェイはそのように忠告した。いったいどう異なっているのかは分からなかったが、凰黎ホワンリィは『原始の谷を恒凰宮こうおうきゅうの力だけでも開くことができるよう、封印をこじ開けられるくらいの強力な力を込めたのではないでしょうか』と語った。
 真実は彩鉱門さいこうもんで宝剣を鍛造した人物しか分からないことなのだろう。

(そういえば……)

 ふと、煬鳳ヤンフォン凰神偉ホワンシェンウェイが別れ際に煬鳳ヤンフォンに言った言葉を思い出した。
 彼は凰黎ホワンリィの傍にいる煬鳳ヤンフォンのことをあまり良くは思わなかったようだったが、二人が恒凰宮こうおうきゅうを出る直前、煬鳳ヤンフォンだけを呼び止め告げたのだ。

『弟を狙うものがいる。守ってやって欲しい』

 と。
 凰黎ホワンリィは強い。天才的に強い。強さだけなら煬鳳ヤンフォンも負けてはいないが、聡明さや機転、そのほか全てのことに対して凰黎ホワンリィは人より優れている。

(なのに、わざわざ凰黎ホワンリィに聞こえないように俺に言うなんて……)

 凰神偉ホワンシェンウェイの顔は決して冗談を言っているわけではなく、まして煬鳳ヤンフォンに嘘を言っている顔でもなかった。純粋に弟のことを想う顔だ。
 とうぜん煬鳳ヤンフォンは二つ返事で彼の頼みを承諾したが、正直にいえば凰黎ホワンリィを守る機会など訪れるのだろうか。それくらいには凰黎ホワンリィはしっかりしているし、強いのだ。

「なあ、原始の谷の封印を解くには恒凰宮こうおうきゅう翳冥宮えいめいきゅう、二つの力が必要ってことは、翳冥宮えいめいきゅうが滅んだその日から原始の谷には誰も入ることはできなくなったんだよな」
「そうなりますね」

 煬鳳ヤンフォンの疑問に対し、凰黎ホワンリィは即答で返事をくれる。

「てことは、もう百年以上ずっと原始の谷は封印されたままってことになるし、誰ひとり本当に万晶鉱ばんしょうこうが原始の谷にあるのかどうか、確かめたやつはいないってことになるよな」
「……そうですね」
「そんな証拠もないようなただの言い伝えを、なんでみんな知ってるし、信じているんだ? 百年も封印されっぱなしで恒凰宮こうおうきゅうも大々的にそのことを広めているわけでもない。なら、殆どの人間がそのことを忘れたっていいはずだ」

 煬鳳ヤンフォン万晶鉱ばんしょうこうのことを五行盟ごぎょうめいにやってくるまで知ることはなかった。田舎育ちだからといえばそれまでだが、しかし恒凰宮こうおうきゅう翳冥宮えいめいきゅうのものはともかくとして、五行盟ごぎょうめいの周りやその周囲の門派には万晶鉱ばんしょうこうが知られ過ぎているように思えた。

 触れれば恒久の叡智が手に入り、この世の全てを知ることができる。
 宝器を造れば誰も太刀打ちできないほどの力を手に入れることができる。

 彩藍方ツァイランファンはそのように煬鳳ヤンフォンたちに話してくれたが、それとて煬鳳ヤンフォンの知る「触ったら死ぬ」お伽話とは雲泥の差だ。本当にそうであるのなら、知るものはみな喉から手が出るほど欲するのも無理はない。

 万晶鉱ばんしょうこうを扱える門派、彩鉱門さいこうもん五行盟ごぎょうめいにいたせいもあるのだろうが……それにしても皆が皆、百年前に閉ざされたきりの原始の谷と万晶鉱ばんしょうこうの伝説を信じているのはどこか奇妙だ。

凰黎ホワンリィ?」

 煬鳳ヤンフォン凰黎ホワンリィが黙ってしまったことに気づき、声をかけた。兄弟のわだかまりもそこそこ解けて、昔の家族への憂いも多少は拭えたと思ったのだが、急に表情を曇らせた凰黎ホワンリィにいったい何が起こったのか。

「いえ、少し色々なことを思い出していました」
「色々なこと?」

 凰黎ホワンリィが『色々』という時は大概何か隠しているときだ。
 それにしたって、恒凰宮こうおうきゅうの話が出てからいままで、殆ど凰黎ホワンリィは悩んでいることが多い。相談して欲しいのだが、己ではその話を打ち明けるには見合わないのだろうか。そんなやきもきとした気持ちが湧き上がる。

「先ほど煬鳳ヤンフォンは『百年以上ずっと原始の谷は封印されたまま』だと言いました。しかし――物事に絶対というものは存在しないのです」
「それって……」

 ――物事に絶対というものは存在しない。

 ならば、次にくる言葉は『封印されたままではなかった』ということになるのではないだろうか。


――――――
※今回区切りの関係で少な目になりましたが、次回からまた4000文字前後に戻ります。
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