69 / 177
藕断糸連哥和弟(切っても切れぬ兄弟の絆)
067:堅物宮主(八)
しおりを挟む
恒凰宮を出た煬鳳と凰黎は、鸞快子と再び落ち合うべく一番近い都市へと向かっていた。
「仕方ないとはいえ、俺も直でその話聞きたかったなぁ」
『クエェ』
煬鳳のぼやきを聞いて、黒曜は煬鳳の肩の上で申し訳なさそうな、不服そうな鳴き声をあげる。
目覚めたら全てが丸く収まって、凰黎の手の中には万晶鉱の宝剣『露双』があったのだ。それを見てすぐさま黒曜が凰神偉の説得に成功したのだということには気づいた。
全ては終わったあとだったが、凰黎は目覚めてすぐに煬鳳を動かすことを良しとはせず、凰神偉の好意で落ち着くまで恒凰宮で休ませてもらったのだ。
煬鳳が黒曜に体を貸している間の話は、その間に凰黎が全て話してくれた。
「私だって煬鳳の意識がない間は落ち着かなくて、本当は話どころではなかったですよ。でも、黒曜のお陰で万晶鉱の短剣を借りることができたのですから。結果的には煬鳳の霊力をなんとかするという、我々の目標に一歩近づいたというものです」
そう言って凰黎は大切そうに己の袖に触れる。万晶鉱の短剣は恒凰宮を出るとき、凰黎が袖の中に仕舞ったのだ。
『露双は元々原始の谷の封印を解くために作られたもの。他の宝器とは用途が全く異なっている。取り扱いには普段以上に気を付けた方がいい』
別れ際、凰神偉はそのように忠告した。いったいどう異なっているのかは分からなかったが、凰黎は『原始の谷を恒凰宮の力だけでも開くことができるよう、封印をこじ開けられるくらいの強力な力を込めたのではないでしょうか』と語った。
真実は彩鉱門で宝剣を鍛造した人物しか分からないことなのだろう。
(そういえば……)
ふと、煬鳳は凰神偉が別れ際に煬鳳に言った言葉を思い出した。
彼は凰黎の傍にいる煬鳳のことをあまり良くは思わなかったようだったが、二人が恒凰宮を出る直前、煬鳳だけを呼び止め告げたのだ。
『弟を狙うものがいる。守ってやって欲しい』
と。
凰黎は強い。天才的に強い。強さだけなら煬鳳も負けてはいないが、聡明さや機転、そのほか全てのことに対して凰黎は人より優れている。
(なのに、わざわざ凰黎に聞こえないように俺に言うなんて……)
凰神偉の顔は決して冗談を言っているわけではなく、まして煬鳳に嘘を言っている顔でもなかった。純粋に弟のことを想う顔だ。
とうぜん煬鳳は二つ返事で彼の頼みを承諾したが、正直にいえば凰黎を守る機会など訪れるのだろうか。それくらいには凰黎はしっかりしているし、強いのだ。
「なあ、原始の谷の封印を解くには恒凰宮と翳冥宮、二つの力が必要ってことは、翳冥宮が滅んだその日から原始の谷には誰も入ることはできなくなったんだよな」
「そうなりますね」
煬鳳の疑問に対し、凰黎は即答で返事をくれる。
「てことは、もう百年以上ずっと原始の谷は封印されたままってことになるし、誰ひとり本当に万晶鉱が原始の谷にあるのかどうか、確かめたやつはいないってことになるよな」
「……そうですね」
「そんな証拠もないようなただの言い伝えを、なんでみんな知ってるし、信じているんだ? 百年も封印されっぱなしで恒凰宮も大々的にそのことを広めているわけでもない。なら、殆どの人間がそのことを忘れたっていいはずだ」
煬鳳は万晶鉱のことを五行盟にやってくるまで知ることはなかった。田舎育ちだからといえばそれまでだが、しかし恒凰宮や翳冥宮のものはともかくとして、五行盟の周りやその周囲の門派には万晶鉱が知られ過ぎているように思えた。
触れれば恒久の叡智が手に入り、この世の全てを知ることができる。
宝器を造れば誰も太刀打ちできないほどの力を手に入れることができる。
彩藍方はそのように煬鳳たちに話してくれたが、それとて煬鳳の知る「触ったら死ぬ」お伽話とは雲泥の差だ。本当にそうであるのなら、知るものはみな喉から手が出るほど欲するのも無理はない。
万晶鉱を扱える門派、彩鉱門が五行盟にいたせいもあるのだろうが……それにしても皆が皆、百年前に閉ざされたきりの原始の谷と万晶鉱の伝説を信じているのはどこか奇妙だ。
「凰黎?」
煬鳳は凰黎が黙ってしまったことに気づき、声をかけた。兄弟のわだかまりもそこそこ解けて、昔の家族への憂いも多少は拭えたと思ったのだが、急に表情を曇らせた凰黎にいったい何が起こったのか。
「いえ、少し色々なことを思い出していました」
「色々なこと?」
凰黎が『色々』という時は大概何か隠しているときだ。
それにしたって、恒凰宮の話が出てからいままで、殆ど凰黎は悩んでいることが多い。相談して欲しいのだが、己ではその話を打ち明けるには見合わないのだろうか。そんなやきもきとした気持ちが湧き上がる。
「先ほど煬鳳は『百年以上ずっと原始の谷は封印されたまま』だと言いました。しかし――物事に絶対というものは存在しないのです」
「それって……」
――物事に絶対というものは存在しない。
ならば、次にくる言葉は『封印されたままではなかった』ということになるのではないだろうか。
――――――
※今回区切りの関係で少な目になりましたが、次回からまた4000文字前後に戻ります。
「仕方ないとはいえ、俺も直でその話聞きたかったなぁ」
『クエェ』
煬鳳のぼやきを聞いて、黒曜は煬鳳の肩の上で申し訳なさそうな、不服そうな鳴き声をあげる。
目覚めたら全てが丸く収まって、凰黎の手の中には万晶鉱の宝剣『露双』があったのだ。それを見てすぐさま黒曜が凰神偉の説得に成功したのだということには気づいた。
全ては終わったあとだったが、凰黎は目覚めてすぐに煬鳳を動かすことを良しとはせず、凰神偉の好意で落ち着くまで恒凰宮で休ませてもらったのだ。
煬鳳が黒曜に体を貸している間の話は、その間に凰黎が全て話してくれた。
「私だって煬鳳の意識がない間は落ち着かなくて、本当は話どころではなかったですよ。でも、黒曜のお陰で万晶鉱の短剣を借りることができたのですから。結果的には煬鳳の霊力をなんとかするという、我々の目標に一歩近づいたというものです」
そう言って凰黎は大切そうに己の袖に触れる。万晶鉱の短剣は恒凰宮を出るとき、凰黎が袖の中に仕舞ったのだ。
『露双は元々原始の谷の封印を解くために作られたもの。他の宝器とは用途が全く異なっている。取り扱いには普段以上に気を付けた方がいい』
別れ際、凰神偉はそのように忠告した。いったいどう異なっているのかは分からなかったが、凰黎は『原始の谷を恒凰宮の力だけでも開くことができるよう、封印をこじ開けられるくらいの強力な力を込めたのではないでしょうか』と語った。
真実は彩鉱門で宝剣を鍛造した人物しか分からないことなのだろう。
(そういえば……)
ふと、煬鳳は凰神偉が別れ際に煬鳳に言った言葉を思い出した。
彼は凰黎の傍にいる煬鳳のことをあまり良くは思わなかったようだったが、二人が恒凰宮を出る直前、煬鳳だけを呼び止め告げたのだ。
『弟を狙うものがいる。守ってやって欲しい』
と。
凰黎は強い。天才的に強い。強さだけなら煬鳳も負けてはいないが、聡明さや機転、そのほか全てのことに対して凰黎は人より優れている。
(なのに、わざわざ凰黎に聞こえないように俺に言うなんて……)
凰神偉の顔は決して冗談を言っているわけではなく、まして煬鳳に嘘を言っている顔でもなかった。純粋に弟のことを想う顔だ。
とうぜん煬鳳は二つ返事で彼の頼みを承諾したが、正直にいえば凰黎を守る機会など訪れるのだろうか。それくらいには凰黎はしっかりしているし、強いのだ。
「なあ、原始の谷の封印を解くには恒凰宮と翳冥宮、二つの力が必要ってことは、翳冥宮が滅んだその日から原始の谷には誰も入ることはできなくなったんだよな」
「そうなりますね」
煬鳳の疑問に対し、凰黎は即答で返事をくれる。
「てことは、もう百年以上ずっと原始の谷は封印されたままってことになるし、誰ひとり本当に万晶鉱が原始の谷にあるのかどうか、確かめたやつはいないってことになるよな」
「……そうですね」
「そんな証拠もないようなただの言い伝えを、なんでみんな知ってるし、信じているんだ? 百年も封印されっぱなしで恒凰宮も大々的にそのことを広めているわけでもない。なら、殆どの人間がそのことを忘れたっていいはずだ」
煬鳳は万晶鉱のことを五行盟にやってくるまで知ることはなかった。田舎育ちだからといえばそれまでだが、しかし恒凰宮や翳冥宮のものはともかくとして、五行盟の周りやその周囲の門派には万晶鉱が知られ過ぎているように思えた。
触れれば恒久の叡智が手に入り、この世の全てを知ることができる。
宝器を造れば誰も太刀打ちできないほどの力を手に入れることができる。
彩藍方はそのように煬鳳たちに話してくれたが、それとて煬鳳の知る「触ったら死ぬ」お伽話とは雲泥の差だ。本当にそうであるのなら、知るものはみな喉から手が出るほど欲するのも無理はない。
万晶鉱を扱える門派、彩鉱門が五行盟にいたせいもあるのだろうが……それにしても皆が皆、百年前に閉ざされたきりの原始の谷と万晶鉱の伝説を信じているのはどこか奇妙だ。
「凰黎?」
煬鳳は凰黎が黙ってしまったことに気づき、声をかけた。兄弟のわだかまりもそこそこ解けて、昔の家族への憂いも多少は拭えたと思ったのだが、急に表情を曇らせた凰黎にいったい何が起こったのか。
「いえ、少し色々なことを思い出していました」
「色々なこと?」
凰黎が『色々』という時は大概何か隠しているときだ。
それにしたって、恒凰宮の話が出てからいままで、殆ど凰黎は悩んでいることが多い。相談して欲しいのだが、己ではその話を打ち明けるには見合わないのだろうか。そんなやきもきとした気持ちが湧き上がる。
「先ほど煬鳳は『百年以上ずっと原始の谷は封印されたまま』だと言いました。しかし――物事に絶対というものは存在しないのです」
「それって……」
――物事に絶対というものは存在しない。
ならば、次にくる言葉は『封印されたままではなかった』ということになるのではないだろうか。
――――――
※今回区切りの関係で少な目になりましたが、次回からまた4000文字前後に戻ります。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
109
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる