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無常因果的終結(終末)
156:屍山血河(四)
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鉄鉱力士のうち翼の生えた一体は、吾太雪を抱え上げている。鼓牛の霊薬がなかったら、恐らくは抱えることも難しかっただろう。
「煬鳳。こちらだ」
声に振り返ると既に鸞快子は最後尾で煬鳳を待っている。
(ここまで皆を引っ張ってきた鸞快子が切り込み役ではなくしんがりを務めるってのも、不思議なもんだ)
しかし彼はかつて蓬静嶺の客卿だったとしても、水行使いかどうかは定かではない。ゆえに彼を蓬静嶺と同列に扱うことは難しいだろう。
加えて煬鳳と二人、それに数体の鉄鉱力士だけで後方の守りを固めるなどということは、鸞快子にしかできない芸当だ。
煬鳳の視線に気づいたのか、振り向いた鸞快子の視線は煬鳳と交錯する。口元に笑みを湛えた鸞快子は、再び前方に向き直ると煬鳳に言った。
「前線には出るなと言ったが、いざ戦いになればそうも言っていられなくなるだろう。君がどういった人間なのか、私はよく知っているつもりだ。支援部隊の守護は私に任せ、君は思うままに行動しなさい。――ただし」
「無茶はするな、だろ?」
分かってる、と言わんばかりに煬鳳はにやりと笑う。
「いいや、少し違う」
しかし、その予想は少し異なっていたらしい。
「凰黎を悲しませないように」
「……」
煬鳳は驚き、そして先ほど別れ際の――凰黎とのやり取りを思い出した。あんなささやかな口付けなのに思い出すと頬が熱くなり、胸が苦しくなる。恥ずかしさのあまり思わず駆け出してしまったが故に残った、少しばかりの未練。
――確かに、あんな別れ方のまま死ぬわけにはいかないよな。
凰黎の触れた額にそっと触れ、もう一度思い出を反芻する。
「――ああ、もちろんさ。凰黎を悲しませるようなことなんて、するもんか」
淡青の袖が揺れる凰黎の後ろ姿。
絶対にその背を追いかけて彼の手を掴むのだと、煬鳳は心の中で繰り返した。
「来るぞっ!」
暫く歩き、山頂が見えてきた頃に誰かの叫ぶ声がした。
赤い炎が閃き、登ってきた一同に向け雨のように降り注いだ。
「恐れることはない! 次の攻撃に備えるんだ!」
鸞快子が頭上に展開した光の防壁陣は、最後尾から最前列にまで範囲を広げ全てを打ち消した。降り注いだ燃え盛る礫の雨は一瞬で霧と消え、誰一人炎が届くことはない。
「いまです!」
叫んだ声は凰黎だった。彼の号令を合図にして蓬静嶺が一気に距離を詰める。霆雷門、瞋砂門、そして雪岑谷の門弟たちが姿を現し、既に交戦状態に突入している。しかし……彼らを倒すことが煬鳳たちの目的ではないため、蓬静嶺の面々は専ら彼らの攻撃をいなすことに専念しているようだ。
あとに続いた彩鉱門もすぐに彼らの元に追いつくと、戦いの輪に加わった。
しかし、瞋九龍には有効な水行の攻撃も、霆雷門の雷撃にはやや苦戦する。そのため、金行である彩鉱門の援護はとても重要な役割を果たすのだ。
(彩藍方たちも頑張ってるかな……)
恐らく霆雷門とて本気で殺しに来るわけではないだろう。しかし残された時間はそう多くはない。瞋九龍が一声「殺せ」と言えば、一転してこの場は血の色に染まってしまう。
「煬掌門」
耳慣れない呼び方に振り向くと、そこにいたのは清粛たち後方支援部隊と共にやってきた吾太雪だ。
どうやらそろそろ、頃合いらしい。煬鳳は彼の言いたいことをすぐに悟った。
彼は雪岑谷の門弟たちを止める為に、殆ど動かない体を引きずってここまでやってきたのだから。
煬鳳のことを煬掌門と呼んだのは――門派を纏める者同士としての、彼の気持ちだろうか。
「吾谷主。準備はいいですか? 雪岑谷の門弟全体に聞こえる場所まで移動するわけだから……ちょっと荒っぽいですよ」
そして煬鳳が彼に対して下手なりに丁寧な呼び掛けをするのもまた、年上の先達に対する敬意でもある。
吾太雪は煬鳳の言葉に「もちろんだ」と頷くと、前に進み出た。
彼を戦いの中心へと連れて行くのは煬鳳の役目だ。
火口へと辿り着く前に炎の礫が飛んできたように、彼らが初めから話を聞くなど思ってもいなかった。何故なら――火龍である瞋九龍が彼らを扇動しているのだから。頃合いを見て戦いの間に割って入り、注目を集め話を聞かせること、それが煬鳳が請け負った役目だった。
「必ず門弟たちを説き伏せてみせましょう。お願いいたします……!」
「よし!」
煬鳳は鉄鉱力士の背を叩き「乗るぞ!」と呼び掛けた。言葉を合図に鉄鉱力士は背中に二人が乗れるよう体を屈める。煬鳳は吾太雪と共に鉄鉱力士の背に乗ると、今度は鸞快子の方に振り返った。
「鸞快子、ちょっと行ってくるよ!」
「援護は必要か?」
「大丈夫だ! でも、万が一危なくなったときだけ頼む!」
呼び掛けた鸞快子に応えると、煬鳳は黒曜を袖から呼び出す。
「黒曜、合図を頼む!」
『任せろ!』
黒曜は二度三度鳴き声をあげながら前方に飛んでゆく。
煬鳳は意識を集中させ、片手に霊力を集中させる。右手に集まった霊力は翳炎へと姿を変え、激しい炎の渦を生み出した。
「鉄鉱力士、飛べ!」
打ち出した炎は凄まじい風圧とともに、軌道上で戦っていた門弟たちを吹き飛ばす。予め黒曜の合図を聞いていたものたちは、翳炎の渦へと巻き込まれる前に飛び退った。
風を切って飛びあがった鉄鉱力士は翳炎のあとを追うように突き進む。予め清粛が霊力を注ぎ込んでいてくれたお陰で、その速度に追いつけるものは誰一人いなかった。
「ここで止まれ!」
煬鳳の合図で鉄鉱力士は飛行を止める。狙い通り、二人が降り立ったのは火山の頂上手前――戦う門弟たちの姿が一望できる場所だった。
(凰黎……)
瞋九龍と戦う凰黎と静泰還の姿が見える。不利ともいえないが有利とも言い難い、一進一退の攻防を続けているようだ。神侯の淡い燐光が残像を残しながら美しい軌道を描く。その美しさに暫し見惚れそうになり、慌てて煬鳳は邪念を振り払った。
そして凰黎たちから少し離れた場所では彩藍方と瞋熱燿が他の門弟たちと争っている。いまは戦わねばならぬとはいえ、理由が分かれば戦う必要などなくなる者たちだ。本気でやりあうわけにもいかず、苦心しているように見える。
「!」
背後から迫る剣を、永覇で叩き落とす。こうしているいまも煬鳳たちを狙う者は少なくはない。
追い打ちをかけるように飛翔してきた無数の剣を永覇で打ち返し、煬鳳は吾太雪が鉄鉱力士から下りるのを手伝う。そうしている間にも攻撃が止むことはなかったが、黒曜と凰黎の白刃の煌めきによって全ての攻撃は煬鳳たちへ届くことはなかった。
煬鳳は吾太雪の肩を支え、風下を見据える。
そして大きく息を吸い込み、力の限りの大声で叫んだ。
「雪岑谷の門弟たち! よく見ろ! お前たちの吾谷主はここだ!」
雨のように降り注いでいた攻撃が止まった。
「そんな、吾谷主は閉閑修行中ではなかったのか……?」
「しかし、随分痩せたような……別人では?」
「いや、よく見ろ、あの顔は確かに吾谷主ではないか」
他の門派の者たちも、閉閑修行中の吾太雪が現れたとなっては戸惑いを隠せない。
しかし、誰よりも驚いたのはやはり門弟たち、しかも、瞋九龍に脅されていた一代弟子の面々だった。
「まさか……!? 吾谷主!? 本物なのか!?」
「逞しかった谷主があのように痩せてしまわれるとは……よもや本当に、助け出されたのか!?」
半信半疑の門弟たちに、煬鳳は畳みかけるように呼び掛けた。
「よく聞けよ! 吾谷主は昨日瞋砂門の秘密の地下室に捕らえられていたところを俺たちが助け出したんだ!」
瞋砂門の名を聞いて、周囲がざわつき、そして今度は静まり返る。
すぐに信じられるはずもないだろう。かの五行盟のなかでも英雄、瞋九龍擁する火行瞋砂門が、よもや雪岑谷の谷主を捕らえていたなど、俄には信じ難いに違いない。
「聞いてくれ。儂は間違いなく吾太雪だ。儂が捕らえられていたことにより、雪岑谷の皆には随分辛い思いをさせてしまった。瞋九龍の脅しにより、望まぬことに手を貸さねばならないときもあっただろう。しかし、それも今日で終わりだ。私は帰ってきた、正真正銘、儂は吾太雪だ」
門弟たちのすすり泣く声が聞こえる。それまで剣を握っていたものもいつの間にか地面に剣を落とし、いまはただ茫然と涙を流し吾太雪を見つめていた。
「儂を捕らえていたのは他でもない瞋九龍だ。奴は人ではない! 奴は瞋九龍がかつて倒し、睡龍の地に封じたはずの火龍なのだ! 姿は瞋九龍だが、中身は火龍。儂は奴が妖邪を食っているところを目撃して、このように長い間、瞋砂門の地下室に捕らえられてしまった」
雪岑谷の門弟たちの目が先ほどまで共闘していたはずの瞋砂門のに向けられた。なにも知らない瞋砂門の門弟たちは驚きと混乱で戸惑うばかり。どうしていいかも分からずにおろおろと門弟同士で顔を見合わせ狼狽えている。
「よくも吾谷主を……!」
誰かが言った。
「許さない! 谷主の苦しみを、同じ目に遭わせて……!」
そしてまた、誰かが剣を取り、瞋砂門に向ける。
「待て! 待つのだ! 見誤ってはならぬ!」
吾太雪が門弟たちに呼び掛けた。
「聞いて欲しい。確かに儂を捕らえたのは瞋九龍だが、瞋砂門は決して悪ではない! 儂を助け出すことに協力してくれたのは他でもない、瞋砂門の瞋公子だ!」
吾太雪は隅のほうでおろおろしていた瞋熱燿を指差す。名指しされたことで驚いた瞋熱燿だったが、吾太雪に手招きされ躊躇いながらも煬鳳たちの元へと走り寄った。
「煬鳳。こちらだ」
声に振り返ると既に鸞快子は最後尾で煬鳳を待っている。
(ここまで皆を引っ張ってきた鸞快子が切り込み役ではなくしんがりを務めるってのも、不思議なもんだ)
しかし彼はかつて蓬静嶺の客卿だったとしても、水行使いかどうかは定かではない。ゆえに彼を蓬静嶺と同列に扱うことは難しいだろう。
加えて煬鳳と二人、それに数体の鉄鉱力士だけで後方の守りを固めるなどということは、鸞快子にしかできない芸当だ。
煬鳳の視線に気づいたのか、振り向いた鸞快子の視線は煬鳳と交錯する。口元に笑みを湛えた鸞快子は、再び前方に向き直ると煬鳳に言った。
「前線には出るなと言ったが、いざ戦いになればそうも言っていられなくなるだろう。君がどういった人間なのか、私はよく知っているつもりだ。支援部隊の守護は私に任せ、君は思うままに行動しなさい。――ただし」
「無茶はするな、だろ?」
分かってる、と言わんばかりに煬鳳はにやりと笑う。
「いいや、少し違う」
しかし、その予想は少し異なっていたらしい。
「凰黎を悲しませないように」
「……」
煬鳳は驚き、そして先ほど別れ際の――凰黎とのやり取りを思い出した。あんなささやかな口付けなのに思い出すと頬が熱くなり、胸が苦しくなる。恥ずかしさのあまり思わず駆け出してしまったが故に残った、少しばかりの未練。
――確かに、あんな別れ方のまま死ぬわけにはいかないよな。
凰黎の触れた額にそっと触れ、もう一度思い出を反芻する。
「――ああ、もちろんさ。凰黎を悲しませるようなことなんて、するもんか」
淡青の袖が揺れる凰黎の後ろ姿。
絶対にその背を追いかけて彼の手を掴むのだと、煬鳳は心の中で繰り返した。
「来るぞっ!」
暫く歩き、山頂が見えてきた頃に誰かの叫ぶ声がした。
赤い炎が閃き、登ってきた一同に向け雨のように降り注いだ。
「恐れることはない! 次の攻撃に備えるんだ!」
鸞快子が頭上に展開した光の防壁陣は、最後尾から最前列にまで範囲を広げ全てを打ち消した。降り注いだ燃え盛る礫の雨は一瞬で霧と消え、誰一人炎が届くことはない。
「いまです!」
叫んだ声は凰黎だった。彼の号令を合図にして蓬静嶺が一気に距離を詰める。霆雷門、瞋砂門、そして雪岑谷の門弟たちが姿を現し、既に交戦状態に突入している。しかし……彼らを倒すことが煬鳳たちの目的ではないため、蓬静嶺の面々は専ら彼らの攻撃をいなすことに専念しているようだ。
あとに続いた彩鉱門もすぐに彼らの元に追いつくと、戦いの輪に加わった。
しかし、瞋九龍には有効な水行の攻撃も、霆雷門の雷撃にはやや苦戦する。そのため、金行である彩鉱門の援護はとても重要な役割を果たすのだ。
(彩藍方たちも頑張ってるかな……)
恐らく霆雷門とて本気で殺しに来るわけではないだろう。しかし残された時間はそう多くはない。瞋九龍が一声「殺せ」と言えば、一転してこの場は血の色に染まってしまう。
「煬掌門」
耳慣れない呼び方に振り向くと、そこにいたのは清粛たち後方支援部隊と共にやってきた吾太雪だ。
どうやらそろそろ、頃合いらしい。煬鳳は彼の言いたいことをすぐに悟った。
彼は雪岑谷の門弟たちを止める為に、殆ど動かない体を引きずってここまでやってきたのだから。
煬鳳のことを煬掌門と呼んだのは――門派を纏める者同士としての、彼の気持ちだろうか。
「吾谷主。準備はいいですか? 雪岑谷の門弟全体に聞こえる場所まで移動するわけだから……ちょっと荒っぽいですよ」
そして煬鳳が彼に対して下手なりに丁寧な呼び掛けをするのもまた、年上の先達に対する敬意でもある。
吾太雪は煬鳳の言葉に「もちろんだ」と頷くと、前に進み出た。
彼を戦いの中心へと連れて行くのは煬鳳の役目だ。
火口へと辿り着く前に炎の礫が飛んできたように、彼らが初めから話を聞くなど思ってもいなかった。何故なら――火龍である瞋九龍が彼らを扇動しているのだから。頃合いを見て戦いの間に割って入り、注目を集め話を聞かせること、それが煬鳳が請け負った役目だった。
「必ず門弟たちを説き伏せてみせましょう。お願いいたします……!」
「よし!」
煬鳳は鉄鉱力士の背を叩き「乗るぞ!」と呼び掛けた。言葉を合図に鉄鉱力士は背中に二人が乗れるよう体を屈める。煬鳳は吾太雪と共に鉄鉱力士の背に乗ると、今度は鸞快子の方に振り返った。
「鸞快子、ちょっと行ってくるよ!」
「援護は必要か?」
「大丈夫だ! でも、万が一危なくなったときだけ頼む!」
呼び掛けた鸞快子に応えると、煬鳳は黒曜を袖から呼び出す。
「黒曜、合図を頼む!」
『任せろ!』
黒曜は二度三度鳴き声をあげながら前方に飛んでゆく。
煬鳳は意識を集中させ、片手に霊力を集中させる。右手に集まった霊力は翳炎へと姿を変え、激しい炎の渦を生み出した。
「鉄鉱力士、飛べ!」
打ち出した炎は凄まじい風圧とともに、軌道上で戦っていた門弟たちを吹き飛ばす。予め黒曜の合図を聞いていたものたちは、翳炎の渦へと巻き込まれる前に飛び退った。
風を切って飛びあがった鉄鉱力士は翳炎のあとを追うように突き進む。予め清粛が霊力を注ぎ込んでいてくれたお陰で、その速度に追いつけるものは誰一人いなかった。
「ここで止まれ!」
煬鳳の合図で鉄鉱力士は飛行を止める。狙い通り、二人が降り立ったのは火山の頂上手前――戦う門弟たちの姿が一望できる場所だった。
(凰黎……)
瞋九龍と戦う凰黎と静泰還の姿が見える。不利ともいえないが有利とも言い難い、一進一退の攻防を続けているようだ。神侯の淡い燐光が残像を残しながら美しい軌道を描く。その美しさに暫し見惚れそうになり、慌てて煬鳳は邪念を振り払った。
そして凰黎たちから少し離れた場所では彩藍方と瞋熱燿が他の門弟たちと争っている。いまは戦わねばならぬとはいえ、理由が分かれば戦う必要などなくなる者たちだ。本気でやりあうわけにもいかず、苦心しているように見える。
「!」
背後から迫る剣を、永覇で叩き落とす。こうしているいまも煬鳳たちを狙う者は少なくはない。
追い打ちをかけるように飛翔してきた無数の剣を永覇で打ち返し、煬鳳は吾太雪が鉄鉱力士から下りるのを手伝う。そうしている間にも攻撃が止むことはなかったが、黒曜と凰黎の白刃の煌めきによって全ての攻撃は煬鳳たちへ届くことはなかった。
煬鳳は吾太雪の肩を支え、風下を見据える。
そして大きく息を吸い込み、力の限りの大声で叫んだ。
「雪岑谷の門弟たち! よく見ろ! お前たちの吾谷主はここだ!」
雨のように降り注いでいた攻撃が止まった。
「そんな、吾谷主は閉閑修行中ではなかったのか……?」
「しかし、随分痩せたような……別人では?」
「いや、よく見ろ、あの顔は確かに吾谷主ではないか」
他の門派の者たちも、閉閑修行中の吾太雪が現れたとなっては戸惑いを隠せない。
しかし、誰よりも驚いたのはやはり門弟たち、しかも、瞋九龍に脅されていた一代弟子の面々だった。
「まさか……!? 吾谷主!? 本物なのか!?」
「逞しかった谷主があのように痩せてしまわれるとは……よもや本当に、助け出されたのか!?」
半信半疑の門弟たちに、煬鳳は畳みかけるように呼び掛けた。
「よく聞けよ! 吾谷主は昨日瞋砂門の秘密の地下室に捕らえられていたところを俺たちが助け出したんだ!」
瞋砂門の名を聞いて、周囲がざわつき、そして今度は静まり返る。
すぐに信じられるはずもないだろう。かの五行盟のなかでも英雄、瞋九龍擁する火行瞋砂門が、よもや雪岑谷の谷主を捕らえていたなど、俄には信じ難いに違いない。
「聞いてくれ。儂は間違いなく吾太雪だ。儂が捕らえられていたことにより、雪岑谷の皆には随分辛い思いをさせてしまった。瞋九龍の脅しにより、望まぬことに手を貸さねばならないときもあっただろう。しかし、それも今日で終わりだ。私は帰ってきた、正真正銘、儂は吾太雪だ」
門弟たちのすすり泣く声が聞こえる。それまで剣を握っていたものもいつの間にか地面に剣を落とし、いまはただ茫然と涙を流し吾太雪を見つめていた。
「儂を捕らえていたのは他でもない瞋九龍だ。奴は人ではない! 奴は瞋九龍がかつて倒し、睡龍の地に封じたはずの火龍なのだ! 姿は瞋九龍だが、中身は火龍。儂は奴が妖邪を食っているところを目撃して、このように長い間、瞋砂門の地下室に捕らえられてしまった」
雪岑谷の門弟たちの目が先ほどまで共闘していたはずの瞋砂門のに向けられた。なにも知らない瞋砂門の門弟たちは驚きと混乱で戸惑うばかり。どうしていいかも分からずにおろおろと門弟同士で顔を見合わせ狼狽えている。
「よくも吾谷主を……!」
誰かが言った。
「許さない! 谷主の苦しみを、同じ目に遭わせて……!」
そしてまた、誰かが剣を取り、瞋砂門に向ける。
「待て! 待つのだ! 見誤ってはならぬ!」
吾太雪が門弟たちに呼び掛けた。
「聞いて欲しい。確かに儂を捕らえたのは瞋九龍だが、瞋砂門は決して悪ではない! 儂を助け出すことに協力してくれたのは他でもない、瞋砂門の瞋公子だ!」
吾太雪は隅のほうでおろおろしていた瞋熱燿を指差す。名指しされたことで驚いた瞋熱燿だったが、吾太雪に手招きされ躊躇いながらも煬鳳たちの元へと走り寄った。
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