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無常因果的終結(終末)
158:屍山血河(六)
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「一つ――いや、二つ聞いてもいいか」
「なんだ? 小僧」
煬鳳はいつ尋ねようかとずっと考えていた言葉を瞋九龍に向ける。
「彩鉱門を滅ぼそうとしたのもお前の仕業だな?」
「半分はな」
「半分?」
意外な答えに、そして意外にも彼が素直に答えてくれたことに煬鳳は驚く。
「儂にとって彩鉱門の技術は邪魔でしかない。なにせ、儂の体を傷つけた瞋九龍の槍もまた、万晶鉱の宝器であったからな。同じことを二度と起こさせないために、万晶鉱を扱う門派などというふざけた奴らは滅ぼしておく必要があった」
「なら、もう半分は?」
「そこまで言う義理はないな」
なぜか含みのある物言いで、瞋九龍は笑う。
――妙だ。
やけにあっさりと認め、やけにすっぱりと突っぱねた。恐らくは『もう半分』の中に理由があるのだろうが、少なくとも半分というからには恐らくもう半分は彼の仕業ではない。
自ずと導き出される結論をいったん脇に回し、煬鳳は二つ目の質問を投げかける。
「なら二つ目。黒冥翳魔をこの黒炎山に封じたのは、火龍復活のための養分にするためか?」
「当然だ。狂乱状態に陥った黒冥翳魔は、全てを恨むあまり己の体が崩れることも躊躇せず怒りに任せて力を振るった。奴の翳炎はこの山の岩漿とも相性が良く、何より雨や風で消えることはない。上手く育ててやれば永遠に消えることはなく燃え続ける、たとえ当人が魂魄だけの存在になって封印されようとな! 儂が復活するための養分としてこれほど最適な素材はない!」
やはり、と思うしかない。
瞋九龍の正体が判明してから、薄々そのような予感はあったのだ。
翳黒明がこの場にいなくて良かったと思うとともに、いま煬鳳と共にいる翳黒明の片割れ――黒曜はどのような思いでいまの話を聞いていたのかと思うと胸が痛む。
「儂は『黒冥翳魔を倒し平和を取り戻す』という尤もらしい大義名分を掲げ、五行使いたちに呼び掛けた。そうして魂魄だけを上手く残し、翳炎を火口で燃やし続けることに成功したのだ! お陰で随分と想定よりも早く、儂の体が復活の兆しを見せてくれた。本当に黒冥翳魔には感謝しておるぞ! はっはっはっはっは!」
笑いが収まらぬうちに、煬鳳の肩に留まっていた黒曜が瞋九龍へと飛び掛かった。
「おいっ! 黒曜!」
止めようとしたが間に合わず、しかしもっと驚いたのは黒曜だけではなくもう一人瞋九龍に飛び掛かる者がいたからだ。
「嶺主様! 待って!」
凰黎の制止を振り切った静泰還が、黒曜と共に瞋九龍に斬りかかる。二人とも先ほどからずっと怒りを抑え続けていたのだ。先ほどの瞋九龍の言葉によって、我慢も限界を超えたのだろう。
「笑止!」
それでも、たった一振り槍で払っただけで、二人は地面に叩きつけられる。すぐさま立ち上がってもう一度斬りかかろうとする静泰還を、凰黎が懸命に押さえている。
「お願いです! 怒りに任せて闇雲に戦うのはお止め下さい!」
「行かせてくれ、阿黎! 私は、この日をずっと、待っていたのだ……!」
「できません!」
力任せに振りほどこうとする静泰還を、それでも凰黎は行かせない。叫ぶ声は泣き声にも似て、煬鳳のこと以外でここまで彼が誰かのために必死でなにかを言うさまを煬鳳は初めて目の当たりにした。
煬鳳は腕の中で暴れる黒曜を宥めながら彼に言い聞かせる。
「黒曜、お前も行くな。本気で瞋九龍を倒すなら、全員でかからなきゃ」
『そんな悠長なことできるか! 奴は、俺のことを、火龍復活のために火山に封じたんだぞ! 許せるか!』
「許せないなら、返り討ちにはされたくないだろ? まあ、見てろよ」
意外にも煬鳳は冷静だった。それは恐らく――彼の周りの人間が、しかも普段は穏やかで聡明な者たちがみな怒りで我を忘れかけていたからだ。
普段は浅はかな行動が多いと自覚しているが、いまこのときばかりは自分だけでもしっかりしなくては、という気になったのだ。
「みんな、聞いたろ? 五行盟は瞋九龍に成り済ました火龍のために作られた同盟なんだ! そして黒冥翳魔もまた、火龍復活のために利用された! ……もう分かってるよな、ここでこいつを止めなかったら、火龍は復活してしまうんだ!」
「その通りだ!」
後方部隊を守っていた鸞快子が叫ぶ。既に乱戦状態に入り、どこが後方なのかも分からぬ状態にはなっているが、それでも戦いには直接加わらない鼓牛や清林峰の面々の安全を確実に守っている。
鸞快子はそれまで瞋九龍の話に口を挟むことはなかったが、時が満ちたと思ったのか皆の前に歩み出た。
「眠れる龍が蘇るとき、この地は滅びる。……これは睡龍の外にある王国の国師が賜った神託だ。我々はここで瞋九龍を、火龍を倒さねばならない。先ほどまで剣を交えていた者たちも、これからどうすれば良いのかは分かっているな?」
彼の口調は玲瓏にして鮮烈、それでいて水のように穏やかだった。
何をしなければいけないのかは分かっている。みなが迷い、互いの顔色を窺っていた。しかし、相手は睡龍全体ほどの巨大な龍であり、その龍が依り代にしているのは他でもない、その強大な龍を打ち倒した英雄の体なのだ。
そのような化け物相手に、果たして勝機などあるのだろうか?
瞋九龍を見据える鸞快子からは恐れも憤りも感じず、晴雲秋月が如く落ち着いている。
「ははは……! 鸞快子よ。お前は儂に忠実な振りをして、かような反乱分子を率いて儂に楯突こうとは随分と大きく出たものだな?」
「それは恐縮至極。しかし私は決して己の身の丈を超えた行いなどは一切しておりませんが?」
「たわけ!」
瞋九龍が激高し鸞快子に槍を放つ。あわやと思いきや――瞋九龍の放った槍は鸞快子の袖一振りではじき返されてしまった。
――まさか瞋九龍の一撃を、片手で!?
鸞快子が強いのは知っている。しかしここまで圧倒的だとは誰一人思ってはいない。
信じられないような光景を目の当たりにして、煬鳳をはじめその場にいた全員が驚き言葉を失った。
「なん……だと……?」
あまりの衝撃で瞋九龍は呆然とする。しかしすぐに気を取り直して彼は不敵な微笑みを浮かべた。
「……ふ、ふふ。いまのはかなり驚いたぞ。しかし、そのような些細なことはどうでも良い……! 儂は、儂の目的を果たすのみ……!」
地面が轟き、鳴動する。
激しく、強く。
それまで立っていたはずなのに、いまは必死で転ばぬように耐えるしかない。
「あ……れ……?」
誰かが膝から崩れ落ちた。足がいうことをきかないのか、両腕で倒れぬように支えている。
あれよという間に次々と各門派の門弟たちが足元から崩れ落ち、膝をつく。
「ど、どうしたんだ?」
「おかしい……!? どうなってるんだ!?」
「分からない……でも、体に力が入らないんだ!」
先ほどまでの敵味方関係なく、その場にいる者たちがみな同様の症状だ。辛うじて腕で支えていた者も、腕にすら力を入れることができなくなってその場に倒れ伏してゆく。
「これは……瞋九龍! お前、何をした!?」
体の中を流れる翳炎から異変を感じ取り、煬鳳は瞋九龍に叫んだ。
「何をしたもなにも。お前たちは儂が懇切丁寧に全てのことを話してやったのは、単なる暇つぶしだとでも思ったか? なぜ儂が、残った門派を引き連れて火口までやってきたと? そして、お前たちよりも先に着いていたにもかかわらず――わざわざお前たちのことを待ってやったと思っているのだ?」
五行盟の盟主とも思えぬ下卑た笑いを瞋九龍は浮かべる。そんな彼の笑いは、圧倒的な龍というよりは、小者の見せる表情に近い。
「それもこれも……全てはより多くの人間の命を吸収するためだ!」
龍というのは圧倒的な力を持った化け物という印象が大きかったが、三百年も人の姿を借りていると段々と人に近くなってゆくのだろうか。
不気味なほどの意地の悪い微笑みに、煬鳳はぞわりとした。
しかし倒れ伏す周囲の状況とは裏腹に、実のところ煬鳳はそれほど体に影響を受けているようには感じない。その理由が分からぬまま、煬鳳は凰黎に尋ねた。
「凰黎、大丈夫か?」
意外にも凰黎の顔色は悪くないし、他の門弟たちと異なって倒れているわけでもない。倒れた静泰還を気遣うように彼のことを支えている。
「私はまだ大丈夫。……火龍は黒炎山の炎を操って我々の生命力を吸収し、力に変えようとしているようですね」
「なんて悪知恵の働く奴なんだ!」
忌ま忌ましい思いで瞋九龍を睨みつけると、大きな声で瞋九龍は笑う。
「はっはっは! 本当に愚かな者たちだ! 儂の餌になるためにこうしてのこのことやってくるとはな……! お陰でこれだけ大量の生気が儂の物になるということ……!」
「ふざけるな!」
怒りに任せ、鉄鉱力士で襲い掛かったのは彩藍方だ。仮に本人が動けずとも鉄鉱力士は瞋九龍による力の影響を受けることはない。鉄鉱力士は両手を広げ、瞋九龍を押さえつけようと飛び掛かった。
「ふん!」
鉄鉱力士の巨体を瞋九龍が投げ飛ばす。強靭な鉄鉱力士を一撃で破壊することはできなかったが、炎の力が満ちる黒炎山の山頂では、いかに強力な宝器といえど瞋九龍のほうが有利なようだ。
「彩鉱門は本当に目障りな奴らだ。隠れてこそこそしているかと思えば、図々しくもこのような厄介な宝器を作り出す。やはり彩鉱門も清林峰のように完全に滅ぼすしかないようだな?」
ギロリと睨んだ瞋九龍の目が黄金色に輝く。紛れもない龍の力を宿す瞳の輝きに、普段は何者も恐れぬ彩藍方も尻もちをついたまま後退る。
一歩、また一歩。
瞋九龍がじわじわと歩み寄る。
敢えて勿体つけているのは、見ている者たちを恐れさせるためだ。
思うように動けない悔しさからか、彩藍方の舌打ちが微かに届く。二人との距離は既にかなり縮まっていて、恐らく瞋九龍は彩藍方を見せしめに皆の前で殺すつもりなのだと煬鳳は直感した。
(くそっ……こうなったら……)
煬鳳は両手を地面につけると、火山を流れる翳炎の力を探り始める。
「なんだ? 小僧」
煬鳳はいつ尋ねようかとずっと考えていた言葉を瞋九龍に向ける。
「彩鉱門を滅ぼそうとしたのもお前の仕業だな?」
「半分はな」
「半分?」
意外な答えに、そして意外にも彼が素直に答えてくれたことに煬鳳は驚く。
「儂にとって彩鉱門の技術は邪魔でしかない。なにせ、儂の体を傷つけた瞋九龍の槍もまた、万晶鉱の宝器であったからな。同じことを二度と起こさせないために、万晶鉱を扱う門派などというふざけた奴らは滅ぼしておく必要があった」
「なら、もう半分は?」
「そこまで言う義理はないな」
なぜか含みのある物言いで、瞋九龍は笑う。
――妙だ。
やけにあっさりと認め、やけにすっぱりと突っぱねた。恐らくは『もう半分』の中に理由があるのだろうが、少なくとも半分というからには恐らくもう半分は彼の仕業ではない。
自ずと導き出される結論をいったん脇に回し、煬鳳は二つ目の質問を投げかける。
「なら二つ目。黒冥翳魔をこの黒炎山に封じたのは、火龍復活のための養分にするためか?」
「当然だ。狂乱状態に陥った黒冥翳魔は、全てを恨むあまり己の体が崩れることも躊躇せず怒りに任せて力を振るった。奴の翳炎はこの山の岩漿とも相性が良く、何より雨や風で消えることはない。上手く育ててやれば永遠に消えることはなく燃え続ける、たとえ当人が魂魄だけの存在になって封印されようとな! 儂が復活するための養分としてこれほど最適な素材はない!」
やはり、と思うしかない。
瞋九龍の正体が判明してから、薄々そのような予感はあったのだ。
翳黒明がこの場にいなくて良かったと思うとともに、いま煬鳳と共にいる翳黒明の片割れ――黒曜はどのような思いでいまの話を聞いていたのかと思うと胸が痛む。
「儂は『黒冥翳魔を倒し平和を取り戻す』という尤もらしい大義名分を掲げ、五行使いたちに呼び掛けた。そうして魂魄だけを上手く残し、翳炎を火口で燃やし続けることに成功したのだ! お陰で随分と想定よりも早く、儂の体が復活の兆しを見せてくれた。本当に黒冥翳魔には感謝しておるぞ! はっはっはっはっは!」
笑いが収まらぬうちに、煬鳳の肩に留まっていた黒曜が瞋九龍へと飛び掛かった。
「おいっ! 黒曜!」
止めようとしたが間に合わず、しかしもっと驚いたのは黒曜だけではなくもう一人瞋九龍に飛び掛かる者がいたからだ。
「嶺主様! 待って!」
凰黎の制止を振り切った静泰還が、黒曜と共に瞋九龍に斬りかかる。二人とも先ほどからずっと怒りを抑え続けていたのだ。先ほどの瞋九龍の言葉によって、我慢も限界を超えたのだろう。
「笑止!」
それでも、たった一振り槍で払っただけで、二人は地面に叩きつけられる。すぐさま立ち上がってもう一度斬りかかろうとする静泰還を、凰黎が懸命に押さえている。
「お願いです! 怒りに任せて闇雲に戦うのはお止め下さい!」
「行かせてくれ、阿黎! 私は、この日をずっと、待っていたのだ……!」
「できません!」
力任せに振りほどこうとする静泰還を、それでも凰黎は行かせない。叫ぶ声は泣き声にも似て、煬鳳のこと以外でここまで彼が誰かのために必死でなにかを言うさまを煬鳳は初めて目の当たりにした。
煬鳳は腕の中で暴れる黒曜を宥めながら彼に言い聞かせる。
「黒曜、お前も行くな。本気で瞋九龍を倒すなら、全員でかからなきゃ」
『そんな悠長なことできるか! 奴は、俺のことを、火龍復活のために火山に封じたんだぞ! 許せるか!』
「許せないなら、返り討ちにはされたくないだろ? まあ、見てろよ」
意外にも煬鳳は冷静だった。それは恐らく――彼の周りの人間が、しかも普段は穏やかで聡明な者たちがみな怒りで我を忘れかけていたからだ。
普段は浅はかな行動が多いと自覚しているが、いまこのときばかりは自分だけでもしっかりしなくては、という気になったのだ。
「みんな、聞いたろ? 五行盟は瞋九龍に成り済ました火龍のために作られた同盟なんだ! そして黒冥翳魔もまた、火龍復活のために利用された! ……もう分かってるよな、ここでこいつを止めなかったら、火龍は復活してしまうんだ!」
「その通りだ!」
後方部隊を守っていた鸞快子が叫ぶ。既に乱戦状態に入り、どこが後方なのかも分からぬ状態にはなっているが、それでも戦いには直接加わらない鼓牛や清林峰の面々の安全を確実に守っている。
鸞快子はそれまで瞋九龍の話に口を挟むことはなかったが、時が満ちたと思ったのか皆の前に歩み出た。
「眠れる龍が蘇るとき、この地は滅びる。……これは睡龍の外にある王国の国師が賜った神託だ。我々はここで瞋九龍を、火龍を倒さねばならない。先ほどまで剣を交えていた者たちも、これからどうすれば良いのかは分かっているな?」
彼の口調は玲瓏にして鮮烈、それでいて水のように穏やかだった。
何をしなければいけないのかは分かっている。みなが迷い、互いの顔色を窺っていた。しかし、相手は睡龍全体ほどの巨大な龍であり、その龍が依り代にしているのは他でもない、その強大な龍を打ち倒した英雄の体なのだ。
そのような化け物相手に、果たして勝機などあるのだろうか?
瞋九龍を見据える鸞快子からは恐れも憤りも感じず、晴雲秋月が如く落ち着いている。
「ははは……! 鸞快子よ。お前は儂に忠実な振りをして、かような反乱分子を率いて儂に楯突こうとは随分と大きく出たものだな?」
「それは恐縮至極。しかし私は決して己の身の丈を超えた行いなどは一切しておりませんが?」
「たわけ!」
瞋九龍が激高し鸞快子に槍を放つ。あわやと思いきや――瞋九龍の放った槍は鸞快子の袖一振りではじき返されてしまった。
――まさか瞋九龍の一撃を、片手で!?
鸞快子が強いのは知っている。しかしここまで圧倒的だとは誰一人思ってはいない。
信じられないような光景を目の当たりにして、煬鳳をはじめその場にいた全員が驚き言葉を失った。
「なん……だと……?」
あまりの衝撃で瞋九龍は呆然とする。しかしすぐに気を取り直して彼は不敵な微笑みを浮かべた。
「……ふ、ふふ。いまのはかなり驚いたぞ。しかし、そのような些細なことはどうでも良い……! 儂は、儂の目的を果たすのみ……!」
地面が轟き、鳴動する。
激しく、強く。
それまで立っていたはずなのに、いまは必死で転ばぬように耐えるしかない。
「あ……れ……?」
誰かが膝から崩れ落ちた。足がいうことをきかないのか、両腕で倒れぬように支えている。
あれよという間に次々と各門派の門弟たちが足元から崩れ落ち、膝をつく。
「ど、どうしたんだ?」
「おかしい……!? どうなってるんだ!?」
「分からない……でも、体に力が入らないんだ!」
先ほどまでの敵味方関係なく、その場にいる者たちがみな同様の症状だ。辛うじて腕で支えていた者も、腕にすら力を入れることができなくなってその場に倒れ伏してゆく。
「これは……瞋九龍! お前、何をした!?」
体の中を流れる翳炎から異変を感じ取り、煬鳳は瞋九龍に叫んだ。
「何をしたもなにも。お前たちは儂が懇切丁寧に全てのことを話してやったのは、単なる暇つぶしだとでも思ったか? なぜ儂が、残った門派を引き連れて火口までやってきたと? そして、お前たちよりも先に着いていたにもかかわらず――わざわざお前たちのことを待ってやったと思っているのだ?」
五行盟の盟主とも思えぬ下卑た笑いを瞋九龍は浮かべる。そんな彼の笑いは、圧倒的な龍というよりは、小者の見せる表情に近い。
「それもこれも……全てはより多くの人間の命を吸収するためだ!」
龍というのは圧倒的な力を持った化け物という印象が大きかったが、三百年も人の姿を借りていると段々と人に近くなってゆくのだろうか。
不気味なほどの意地の悪い微笑みに、煬鳳はぞわりとした。
しかし倒れ伏す周囲の状況とは裏腹に、実のところ煬鳳はそれほど体に影響を受けているようには感じない。その理由が分からぬまま、煬鳳は凰黎に尋ねた。
「凰黎、大丈夫か?」
意外にも凰黎の顔色は悪くないし、他の門弟たちと異なって倒れているわけでもない。倒れた静泰還を気遣うように彼のことを支えている。
「私はまだ大丈夫。……火龍は黒炎山の炎を操って我々の生命力を吸収し、力に変えようとしているようですね」
「なんて悪知恵の働く奴なんだ!」
忌ま忌ましい思いで瞋九龍を睨みつけると、大きな声で瞋九龍は笑う。
「はっはっは! 本当に愚かな者たちだ! 儂の餌になるためにこうしてのこのことやってくるとはな……! お陰でこれだけ大量の生気が儂の物になるということ……!」
「ふざけるな!」
怒りに任せ、鉄鉱力士で襲い掛かったのは彩藍方だ。仮に本人が動けずとも鉄鉱力士は瞋九龍による力の影響を受けることはない。鉄鉱力士は両手を広げ、瞋九龍を押さえつけようと飛び掛かった。
「ふん!」
鉄鉱力士の巨体を瞋九龍が投げ飛ばす。強靭な鉄鉱力士を一撃で破壊することはできなかったが、炎の力が満ちる黒炎山の山頂では、いかに強力な宝器といえど瞋九龍のほうが有利なようだ。
「彩鉱門は本当に目障りな奴らだ。隠れてこそこそしているかと思えば、図々しくもこのような厄介な宝器を作り出す。やはり彩鉱門も清林峰のように完全に滅ぼすしかないようだな?」
ギロリと睨んだ瞋九龍の目が黄金色に輝く。紛れもない龍の力を宿す瞳の輝きに、普段は何者も恐れぬ彩藍方も尻もちをついたまま後退る。
一歩、また一歩。
瞋九龍がじわじわと歩み寄る。
敢えて勿体つけているのは、見ている者たちを恐れさせるためだ。
思うように動けない悔しさからか、彩藍方の舌打ちが微かに届く。二人との距離は既にかなり縮まっていて、恐らく瞋九龍は彩藍方を見せしめに皆の前で殺すつもりなのだと煬鳳は直感した。
(くそっ……こうなったら……)
煬鳳は両手を地面につけると、火山を流れる翳炎の力を探り始める。
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