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兄上は幽霊がお好き
03-07:伎梅姫
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「幽霊の姫の正体は、あの邸に住む『伎梅姫』と呼ばれている兵部卿の二の姫だ。つい最近、番匠を呼び築地塀と同じ色に出入り口を塗らせたらしいからあの邸が関わっているのは間違いないだろう。聞くところによれば、二の姫は少し前から病で臥せっているらしい。死んだのではないかと噂もされている程だ」
「伎梅? だから『梅花』の香りだったのか」
「多分な」
「だが、病で臥せっているならば幽霊の振りなどは無理なんじゃないか?」
銀の言うことはもっともだ。
しかし同時に、昂明はこうも思う。
「幽霊の振りなら使用人でも出来るだろう。もしも本当に病で臥せっているのならな」
「もしも本当に……ってことは、きみはそうではないと思っているのか。昂明」
そして銀のこの推測も当たっている。
「いや、でもまさか。だって相手は姫君なんだろう?」
「姫君でも、想いが募れば大胆な行動をすることだってあるだろうよ。……おいで、桜」
そう言って昂明は桜を手招きして呼び寄せ、懐から取り出した見事な蝙蝠扇を桜の手に乗せた。桜が扇を広げれば、そこには美しい文字で何かが書き連ねてある。
「これなあに? 昂明さま」
「扇だよ。さる貴族のな。……これをあの邸の門番の元へ持って行って、こう言って欲しいんだ――」
桜はをきらきら輝かせ「わたしに任せて!」と力強く拳を握った。
* * *
次の日の昼下がり。昂明達は三人で兵部卿の邸へとやってきた。
弘継はいない……というか、まだ仔細を報せてはいない。
書かせた歌は預かっているものの、本人をいきなり連れてくるわけにはいかないからだ。まずは相手の出方を見てから、どうするかを考えてもよいと思っていた。
「あの、ごめんなさい! ちょっとお話聞いてほしいの!」
桜が無邪気に門番に走り寄る。
門番は嫌そうな顔を浮かべ桜を追い払おうとするが、桜はそんなことは気にも留めない。こほんと咳ばらいをすると、背筋をしゃんと伸ばす。
「わたしはさる高貴な御方にお仕えしている女童で御座います。実はこの扇を持つ高貴な方が、御邸にお住まいの二の姫様にお会いしたいって仰っております! 二の姫様の大事な方だと思うので、どうか扇だけでも届けていただけないでしょうか」
門番達は話も聞かずに追い払おうとしたものの……見事な扇を桜が広げて見せると少し考える。
「分かった。ならば扇だけは届けよう」
そう言って門の奥へと一人消えていった。
「桜は凄いな。子供であんなしっかりと話せるものなのか」
「そこはやっぱり……後宮に出入りしている貴族の娘、だからかもな」
驚く銀にそう言ったものの、昂明自身も桜と門番とのやり取りを見て驚いてはいた。自分よりは桜の方が警戒されなくて良いのではないかと思い、物は試しで任せたのだが、思った以上の活躍だ。
やがて門番が慌ただしい様子で戻って来たかと思うと、桜の前に屈みこむ。
「姫様が是非、その扇の持ち主と話したいと仰せだ。その御仁は今近くにおられるのか」
「はい! 勿論で御座います。わたし、呼んでまいりますわ!」
二つ返事で桜は頷く。そして言い終わるなり、物陰にいた昂明達の元へと走って来た。
「昂明さま! 銀! やったね! 今すぐ会いたいって!」
「よし、良くやったぞ桜!」
昂明は桜の頭を撫でると、ぽかんとしている銀に向かって「ほら、行くぞ」と急き立てる。
「なあ……一体どうして門番は急に会わせるって言ったんだ?」
「そりゃ、幽霊が会いたかった人がやってきたと思っているからさ」
「へ?」
まだ分からない様子の銀に「詳しくは中で話す。とにかく行くぞ」と言いながら、昂明と桜の三人は兵部卿の邸へと入って行ったのだった。
「伎梅? だから『梅花』の香りだったのか」
「多分な」
「だが、病で臥せっているならば幽霊の振りなどは無理なんじゃないか?」
銀の言うことはもっともだ。
しかし同時に、昂明はこうも思う。
「幽霊の振りなら使用人でも出来るだろう。もしも本当に病で臥せっているのならな」
「もしも本当に……ってことは、きみはそうではないと思っているのか。昂明」
そして銀のこの推測も当たっている。
「いや、でもまさか。だって相手は姫君なんだろう?」
「姫君でも、想いが募れば大胆な行動をすることだってあるだろうよ。……おいで、桜」
そう言って昂明は桜を手招きして呼び寄せ、懐から取り出した見事な蝙蝠扇を桜の手に乗せた。桜が扇を広げれば、そこには美しい文字で何かが書き連ねてある。
「これなあに? 昂明さま」
「扇だよ。さる貴族のな。……これをあの邸の門番の元へ持って行って、こう言って欲しいんだ――」
桜はをきらきら輝かせ「わたしに任せて!」と力強く拳を握った。
* * *
次の日の昼下がり。昂明達は三人で兵部卿の邸へとやってきた。
弘継はいない……というか、まだ仔細を報せてはいない。
書かせた歌は預かっているものの、本人をいきなり連れてくるわけにはいかないからだ。まずは相手の出方を見てから、どうするかを考えてもよいと思っていた。
「あの、ごめんなさい! ちょっとお話聞いてほしいの!」
桜が無邪気に門番に走り寄る。
門番は嫌そうな顔を浮かべ桜を追い払おうとするが、桜はそんなことは気にも留めない。こほんと咳ばらいをすると、背筋をしゃんと伸ばす。
「わたしはさる高貴な御方にお仕えしている女童で御座います。実はこの扇を持つ高貴な方が、御邸にお住まいの二の姫様にお会いしたいって仰っております! 二の姫様の大事な方だと思うので、どうか扇だけでも届けていただけないでしょうか」
門番達は話も聞かずに追い払おうとしたものの……見事な扇を桜が広げて見せると少し考える。
「分かった。ならば扇だけは届けよう」
そう言って門の奥へと一人消えていった。
「桜は凄いな。子供であんなしっかりと話せるものなのか」
「そこはやっぱり……後宮に出入りしている貴族の娘、だからかもな」
驚く銀にそう言ったものの、昂明自身も桜と門番とのやり取りを見て驚いてはいた。自分よりは桜の方が警戒されなくて良いのではないかと思い、物は試しで任せたのだが、思った以上の活躍だ。
やがて門番が慌ただしい様子で戻って来たかと思うと、桜の前に屈みこむ。
「姫様が是非、その扇の持ち主と話したいと仰せだ。その御仁は今近くにおられるのか」
「はい! 勿論で御座います。わたし、呼んでまいりますわ!」
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「そりゃ、幽霊が会いたかった人がやってきたと思っているからさ」
「へ?」
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