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兄上は幽霊がお好き
03-08:気まずい空気
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兵部卿の邸ともなれば南庭の風情は流石のものだ。優雅な遣水の先には船が見え、手入れの行き届いた前栽には四季折々の草花が整然と植えられていた。とりわけ目を引く梅の木は既に満開を迎え、風と共にちらちらと散ってゆく。その姿がまた美しく、風情がある。
それはさておき、幽霊こと二の姫は大層困惑した表情をしていた。
いや、正確には御簾越しなので表情は分からない。
しかし昂明達が姫の前に現れるなり、どう考えても『困惑している』としか思えないような沈黙が訪れた。
そして今もなお、それは続いている。
早く何か言えとばかりに、銀が昂明の脇腹を小突く。
「ええと……姫君はさぞ困惑されておられるかと思います。しかしそれは仕方のないことかと存じます。なにせ姫君は『近衛中将さま』がここに来ると、そう思われたのでしょう?」
「近衛中将さま!?」
姫より先に銀が叫んだ。
途端に桜が銀の口を塞ぎ「駄目!」と小さく叱る。どうやら今回は銀よりも桜の方が何倍も大人らしい。
「あなた方は一体何者です。何故近衛中将さまであるかのような嘘をついたのですか」
御簾の向こうからは悲しみと怒りを堪えたような声が小さく聞こえる。
「謀るような真似をして申し訳御座いません。ですが、姫君自ら幽霊の真似事など、ましてや想い人に嫌がらせをするようなことは相応しいとは思えません」
「っ……!」
昂明の言葉に姫君が驚いたのが分かった。
「今日お会いした御様子で確信致しましたが、姫様は病では御座いませんね。全ては世間に、そして輝く君に『二の姫は近衛中将さまに捨てられて病になってそして死んでしまった』と思わせたかったのでしょう」
「何故……そのように思われるのです?」
「この辺りでは幽霊に関する噂で持ちきりでした。勿論その噂もピンからキリまで様々なものばかり。ですが、不思議と明確に語られる情報を拾っていくと、ある程度一つの話が見えてくるのです」
そう。それはとても高貴な美しい貴族の男の話。男に捨てられ病で臥せって亡くなった姫君。駆け落ちの話などはざっくりとした語られ口にも関わらず、要所要所だけしっかり表現されているのだ。
「さる美しい公卿がいた。姫君はその公卿に捨てられてやがて病に臥せってしまい……最後は死んでしまった。捨てられた恨みで邸の近くに幽霊となって現れるのだ――。姫様は輝く君に『貴方に捨てられて私は病になり、死んでしまったのですよ。幽霊になって今もあなたのことを御恨み申し上げております』と訴えたかったのでしょう」
姫君は何も言わない。
驚いているのか、それとも思い出して泣いているのか。静けさの中になんとも言えない溜め息のようなものが微かに聞こえた。
「……何故、その公卿が近衛中将さまだと思ったのですか?」
「それは半分は推測です。美しい公卿で真っ先に浮かぶのはやはり美しいと噂に名高い『近衛中将さま』でしょう。しかし違う可能性もある。……ですが」
「近衛中将さまの扇を受け取った私が、会いたいと言ったから。ですね」
「騙すような真似をして申し訳御座いません」
たまたま輝く君が先日扇の一件を解決した後で文と共に扇を寄越した。丁度あれが使えると、そう思ったのだ。
ある意味賭けだった。
怒られるかもしれない。それも覚悟していたのだが、二の姫から返ってきた言葉は意外なものだった。
「いいえ……。実は思いのほか噂が大きくなってどうしようかと困っておりました。ですから……正直少しだけほっとしたのも事実なのです」
結婚できると勝手に思っていた。約束したような気になっていたが今思い返せばそういう訳でもなかったのだ。
ただ捨てられたことが悔しくて悲しくて惨めで、どうにかして後悔させてやりたかったし、自分の元にもう一度戻って来て欲しいと思った――二の姫はそう語った。
それはさておき、幽霊こと二の姫は大層困惑した表情をしていた。
いや、正確には御簾越しなので表情は分からない。
しかし昂明達が姫の前に現れるなり、どう考えても『困惑している』としか思えないような沈黙が訪れた。
そして今もなお、それは続いている。
早く何か言えとばかりに、銀が昂明の脇腹を小突く。
「ええと……姫君はさぞ困惑されておられるかと思います。しかしそれは仕方のないことかと存じます。なにせ姫君は『近衛中将さま』がここに来ると、そう思われたのでしょう?」
「近衛中将さま!?」
姫より先に銀が叫んだ。
途端に桜が銀の口を塞ぎ「駄目!」と小さく叱る。どうやら今回は銀よりも桜の方が何倍も大人らしい。
「あなた方は一体何者です。何故近衛中将さまであるかのような嘘をついたのですか」
御簾の向こうからは悲しみと怒りを堪えたような声が小さく聞こえる。
「謀るような真似をして申し訳御座いません。ですが、姫君自ら幽霊の真似事など、ましてや想い人に嫌がらせをするようなことは相応しいとは思えません」
「っ……!」
昂明の言葉に姫君が驚いたのが分かった。
「今日お会いした御様子で確信致しましたが、姫様は病では御座いませんね。全ては世間に、そして輝く君に『二の姫は近衛中将さまに捨てられて病になってそして死んでしまった』と思わせたかったのでしょう」
「何故……そのように思われるのです?」
「この辺りでは幽霊に関する噂で持ちきりでした。勿論その噂もピンからキリまで様々なものばかり。ですが、不思議と明確に語られる情報を拾っていくと、ある程度一つの話が見えてくるのです」
そう。それはとても高貴な美しい貴族の男の話。男に捨てられ病で臥せって亡くなった姫君。駆け落ちの話などはざっくりとした語られ口にも関わらず、要所要所だけしっかり表現されているのだ。
「さる美しい公卿がいた。姫君はその公卿に捨てられてやがて病に臥せってしまい……最後は死んでしまった。捨てられた恨みで邸の近くに幽霊となって現れるのだ――。姫様は輝く君に『貴方に捨てられて私は病になり、死んでしまったのですよ。幽霊になって今もあなたのことを御恨み申し上げております』と訴えたかったのでしょう」
姫君は何も言わない。
驚いているのか、それとも思い出して泣いているのか。静けさの中になんとも言えない溜め息のようなものが微かに聞こえた。
「……何故、その公卿が近衛中将さまだと思ったのですか?」
「それは半分は推測です。美しい公卿で真っ先に浮かぶのはやはり美しいと噂に名高い『近衛中将さま』でしょう。しかし違う可能性もある。……ですが」
「近衛中将さまの扇を受け取った私が、会いたいと言ったから。ですね」
「騙すような真似をして申し訳御座いません」
たまたま輝く君が先日扇の一件を解決した後で文と共に扇を寄越した。丁度あれが使えると、そう思ったのだ。
ある意味賭けだった。
怒られるかもしれない。それも覚悟していたのだが、二の姫から返ってきた言葉は意外なものだった。
「いいえ……。実は思いのほか噂が大きくなってどうしようかと困っておりました。ですから……正直少しだけほっとしたのも事実なのです」
結婚できると勝手に思っていた。約束したような気になっていたが今思い返せばそういう訳でもなかったのだ。
ただ捨てられたことが悔しくて悲しくて惨めで、どうにかして後悔させてやりたかったし、自分の元にもう一度戻って来て欲しいと思った――二の姫はそう語った。
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