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勅使がやってきた
06-06:龍笛の音
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「桜はどこに行きたい?」
「えっとね……」
桜は少し考える。きょろきょろと周りを見回した後、もう一度昂明を見上げた。
「……東宮さまってどちらにいらっしゃるの?」
桜がつまらないと駄々をこねた理由はそれか。
彼女は、重大な情報を黙っていたことに責任を感じている。だから、何もしないでいることが耐えられなかったのだ。もっともらしい「退屈」という嘘までついて。
「怖い思いをしたんだろ。それなのに自分で危なくなるようなことをするな」
こつりと桜のおでこに軽いゲンコツをお見舞いする。
「だって……」
俯く桜を引き寄せる。
「それに、この後の宴にはその東宮さまも来るかもしれないぞ。何せ美しい式神と有能な陰陽師に会うのを楽しみにしてたからな」
「ぶっ、有能な陰陽師って昂明さまのこと!? 全然見えない!」
「笑うな!」
吹き出した桜の頬を引っ張ると、桜は腕の中からすり抜けて「わ~い」とはしゃぎ出す。
「ったく、子供なんだから、それくらいでいいんだよ」
ようやく笑顔を見せた桜に、昂明は溜め息をついた。
「ま、折角ここまで来たんだ。行くだけ行ってみるか」
どちらにしても、途中で咎められるかもしれない。ならば試してみるのも悪くは無いだろう。
「ところで、桜が例の会話を聞いた場所ってどの辺りだったんだ?」
「えっとね……仁寿殿の辺りだったかしら。確かあの日は仁寿殿で内宴が催されたの。それでわたし、内侍さまのおいいつけで運びものとかやっていて……」
年はじめの内宴ともなればその規模は相当なものだ。名だたる公卿や文人達が参内し、とてもじゃないが怪しい奴の割り出しも容易に出来るとは思えない。
(しかし、そうであるならその宴に呼ばれた者のうちの誰かが、東宮さまの拐かしを目論んでいるんだろうな)
梨壺へと向かおうとすると、笛の音が聞こえてきた。その音色には何故か覚えがあるように感じられた。
「ね、昂明さま」
昂明には、桜の言わんとすることが分かる。
(銀と同じ……龍笛の音だ……)
宴の為に呼ばれた奏者という可能性もあるが、しかし聞こえてくるのが龍笛だけとなると途端に胸が騒ぎ出す。
「銀の笛の音に似てるね、行ってみましょうよ」
「そうだな……俺も気になる」
音の方へと歩いて行けば、そこには直衣姿の若い男が一人、高欄に腰掛け笛を吹いていた。
二藍の直衣に冠を被っているのでおおかた参内してきた公卿だろうか。しかしこんなところで何故笛をと思わなくもない。それはさておいても、少し目を伏せ龍笛を奏でる姿は妙な色気があって美しく思える。
(そして、心なしか銀に似ている……)
そうなると、やはり銀の血縁の者――東宮ということになるのだろうか。何より、その手に持っている龍笛。
「凄く綺麗な人ね」
思わず桜が感嘆の声を漏らす。
その声で男は昂明達に気づいたようだ。笛を吹く手を止め、こちらに微笑みかけると手招きをした。どうしようかと躊躇ったのだが、招かれては行かぬわけにもいかないだろう。
「もしや、おぬし達は加持祈祷のために呼ばれたという陰陽師か?」
「は、はい。左様で御座います。刀岐昂明と申します」
「おお、では噂に聞く美しい式神をを使役しているという、有能な陰陽師か!」
……嫌な思い出し方をされてしまった。
そして、華やかな顔に似合わぬ豪快な物言いに、思わず怯んでしまう。
「いえ……安倍晴明さまや賀茂光栄さまのいる中で、そのような恐れ多いことを申し上げることは出来ません。私はまだ元服もしたばかりの若輩者でして……」
「おぬしの噂は私の元まで常々聞こえてくるぞ! 聞けば嵐を起こし、雷を呼ぶそうだな! 是非とも見てみたい!」
それは誤解がありすぎる。嵐も雷も起こした覚えは一切ないのだが。しかし目の前の興奮気味に語る東宮を前にして、「出来ない」などと言う隙もない。
「いや、流石にこれから宴という時にそのようなことは……」
「なんだ、随分弱気だな! 公卿達にその力を見せつける良い機会なのだぞ! 場合によっては更に上の官職も望めよう!」
駄目だ、この人、人の話を聞かない人だ……。
先ほどの憂いある姿は一体どこへ。
あまりの迫力に桜も昂明も気圧され、呆気に取られてしまった。
「えっとね……」
桜は少し考える。きょろきょろと周りを見回した後、もう一度昂明を見上げた。
「……東宮さまってどちらにいらっしゃるの?」
桜がつまらないと駄々をこねた理由はそれか。
彼女は、重大な情報を黙っていたことに責任を感じている。だから、何もしないでいることが耐えられなかったのだ。もっともらしい「退屈」という嘘までついて。
「怖い思いをしたんだろ。それなのに自分で危なくなるようなことをするな」
こつりと桜のおでこに軽いゲンコツをお見舞いする。
「だって……」
俯く桜を引き寄せる。
「それに、この後の宴にはその東宮さまも来るかもしれないぞ。何せ美しい式神と有能な陰陽師に会うのを楽しみにしてたからな」
「ぶっ、有能な陰陽師って昂明さまのこと!? 全然見えない!」
「笑うな!」
吹き出した桜の頬を引っ張ると、桜は腕の中からすり抜けて「わ~い」とはしゃぎ出す。
「ったく、子供なんだから、それくらいでいいんだよ」
ようやく笑顔を見せた桜に、昂明は溜め息をついた。
「ま、折角ここまで来たんだ。行くだけ行ってみるか」
どちらにしても、途中で咎められるかもしれない。ならば試してみるのも悪くは無いだろう。
「ところで、桜が例の会話を聞いた場所ってどの辺りだったんだ?」
「えっとね……仁寿殿の辺りだったかしら。確かあの日は仁寿殿で内宴が催されたの。それでわたし、内侍さまのおいいつけで運びものとかやっていて……」
年はじめの内宴ともなればその規模は相当なものだ。名だたる公卿や文人達が参内し、とてもじゃないが怪しい奴の割り出しも容易に出来るとは思えない。
(しかし、そうであるならその宴に呼ばれた者のうちの誰かが、東宮さまの拐かしを目論んでいるんだろうな)
梨壺へと向かおうとすると、笛の音が聞こえてきた。その音色には何故か覚えがあるように感じられた。
「ね、昂明さま」
昂明には、桜の言わんとすることが分かる。
(銀と同じ……龍笛の音だ……)
宴の為に呼ばれた奏者という可能性もあるが、しかし聞こえてくるのが龍笛だけとなると途端に胸が騒ぎ出す。
「銀の笛の音に似てるね、行ってみましょうよ」
「そうだな……俺も気になる」
音の方へと歩いて行けば、そこには直衣姿の若い男が一人、高欄に腰掛け笛を吹いていた。
二藍の直衣に冠を被っているのでおおかた参内してきた公卿だろうか。しかしこんなところで何故笛をと思わなくもない。それはさておいても、少し目を伏せ龍笛を奏でる姿は妙な色気があって美しく思える。
(そして、心なしか銀に似ている……)
そうなると、やはり銀の血縁の者――東宮ということになるのだろうか。何より、その手に持っている龍笛。
「凄く綺麗な人ね」
思わず桜が感嘆の声を漏らす。
その声で男は昂明達に気づいたようだ。笛を吹く手を止め、こちらに微笑みかけると手招きをした。どうしようかと躊躇ったのだが、招かれては行かぬわけにもいかないだろう。
「もしや、おぬし達は加持祈祷のために呼ばれたという陰陽師か?」
「は、はい。左様で御座います。刀岐昂明と申します」
「おお、では噂に聞く美しい式神をを使役しているという、有能な陰陽師か!」
……嫌な思い出し方をされてしまった。
そして、華やかな顔に似合わぬ豪快な物言いに、思わず怯んでしまう。
「いえ……安倍晴明さまや賀茂光栄さまのいる中で、そのような恐れ多いことを申し上げることは出来ません。私はまだ元服もしたばかりの若輩者でして……」
「おぬしの噂は私の元まで常々聞こえてくるぞ! 聞けば嵐を起こし、雷を呼ぶそうだな! 是非とも見てみたい!」
それは誤解がありすぎる。嵐も雷も起こした覚えは一切ないのだが。しかし目の前の興奮気味に語る東宮を前にして、「出来ない」などと言う隙もない。
「いや、流石にこれから宴という時にそのようなことは……」
「なんだ、随分弱気だな! 公卿達にその力を見せつける良い機会なのだぞ! 場合によっては更に上の官職も望めよう!」
駄目だ、この人、人の話を聞かない人だ……。
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