如何様陰陽師と顔のいい式神

銀タ篇

文字の大きさ
50 / 77
勅使がやってきた

06-06:龍笛の音

しおりを挟む
「桜はどこに行きたい?」
「えっとね……」

 桜は少し考える。きょろきょろと周りを見回した後、もう一度昂明を見上げた。

「……東宮さまってどちらにいらっしゃるの?」

 桜がつまらないと駄々をこねた理由はそれか。
 彼女は、重大な情報を黙っていたことに責任を感じている。だから、何もしないでいることが耐えられなかったのだ。もっともらしい「退屈」という嘘までついて。

「怖い思いをしたんだろ。それなのに自分で危なくなるようなことをするな」

 こつりと桜のおでこに軽いゲンコツをお見舞いする。

「だって……」

 俯く桜を引き寄せる。

「それに、この後の宴にはその東宮さまも来るかもしれないぞ。何せ美しい式神と有能な陰陽師に会うのを楽しみにしてたからな」
「ぶっ、有能な陰陽師って昂明さまのこと!? 全然見えない!」
「笑うな!」

 吹き出した桜の頬を引っ張ると、桜は腕の中からすり抜けて「わ~い」とはしゃぎ出す。

「ったく、子供なんだから、それくらいでいいんだよ」

 ようやく笑顔を見せた桜に、昂明は溜め息をついた。

「ま、折角ここまで来たんだ。行くだけ行ってみるか」

 どちらにしても、途中で咎められるかもしれない。ならば試してみるのも悪くは無いだろう。

「ところで、桜が例の会話を聞いた場所ってどの辺りだったんだ?」
「えっとね……仁寿殿の辺りだったかしら。確かあの日は仁寿殿で内宴が催されたの。それでわたし、内侍さまのおいいつけで運びものとかやっていて……」

 年はじめの内宴ともなればその規模は相当なものだ。名だたる公卿や文人達が参内し、とてもじゃないが怪しい奴の割り出しも容易に出来るとは思えない。

(しかし、そうであるならその宴に呼ばれた者のうちの誰かが、東宮さまの拐かしを目論んでいるんだろうな)

 梨壺へと向かおうとすると、笛の音が聞こえてきた。その音色には何故か覚えがあるように感じられた。

「ね、昂明さま」

 昂明には、桜の言わんとすることが分かる。

(銀と同じ……龍笛の音だ……)

 宴の為に呼ばれた奏者という可能性もあるが、しかし聞こえてくるのが龍笛だけとなると途端に胸が騒ぎ出す。

「銀の笛の音に似てるね、行ってみましょうよ」
「そうだな……俺も気になる」

 音の方へと歩いて行けば、そこには直衣姿の若い男が一人、高欄に腰掛け笛を吹いていた。
 二藍の直衣に冠を被っているのでおおかた参内してきた公卿だろうか。しかしこんなところで何故笛をと思わなくもない。それはさておいても、少し目を伏せ龍笛を奏でる姿は妙な色気があって美しく思える。

(そして、心なしか銀に似ている……)

 そうなると、やはり銀の血縁の者――東宮ということになるのだろうか。何より、その手に持っている龍笛。

「凄く綺麗な人ね」

 思わず桜が感嘆の声を漏らす。
 その声で男は昂明達に気づいたようだ。笛を吹く手を止め、こちらに微笑みかけると手招きをした。どうしようかと躊躇ったのだが、招かれては行かぬわけにもいかないだろう。

「もしや、おぬし達は加持祈祷のために呼ばれたという陰陽師か?」
「は、はい。左様で御座います。刀岐昂明と申します」
「おお、では噂に聞く美しい式神をを使役しているという、有能な陰陽師か!」

 ……嫌な思い出し方をされてしまった。
 そして、華やかな顔に似合わぬ豪快な物言いに、思わず怯んでしまう。

「いえ……安倍晴明さまや賀茂光栄さまのいる中で、そのような恐れ多いことを申し上げることは出来ません。私はまだ元服もしたばかりの若輩者でして……」
「おぬしの噂は私の元まで常々聞こえてくるぞ! 聞けば嵐を起こし、雷を呼ぶそうだな! 是非とも見てみたい!」

 それは誤解がありすぎる。嵐も雷も起こした覚えは一切ないのだが。しかし目の前の興奮気味に語る東宮を前にして、「出来ない」などと言う隙もない。

「いや、流石にこれから宴という時にそのようなことは……」
「なんだ、随分弱気だな! 公卿達にその力を見せつける良い機会なのだぞ! 場合によっては更に上の官職も望めよう!」

 駄目だ、この人、人の話を聞かない人だ……。
 先ほどの憂いある姿は一体どこへ。
 あまりの迫力に桜も昂明も気圧され、呆気に取られてしまった。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...