如何様陰陽師と顔のいい式神

銀タ篇

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泰山府君祭

09-04:如何様陰陽師と式神

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「言いがかりは止めて頂こう。いくら右大将殿といえど限度がある! 所詮は小娘の戯言、死んだものが生き返るものか! 全て、我々を貶める為の謀だ!」


 中宮大夫は怒りに任せ立ち上がる。

「付き合っていられるか! 帰る!」

 弾正大弼も、南廂を通り抜けようとする中宮大夫の後に続く。
 南庭に立つ昂明は、簀の子の淵を歩く中宮大夫を目で追った。……と同時に、昂明の心の中に『こいつをこのまま行かせていいのか』という気持ちが沸き上がる。

「中宮大夫さまともあろう御方が、自分の立場が悪くなったら尻尾巻いて逃げ出すつもりか?」
「なんだと?」

 生来喧嘩っ早い性分なのだ。
 目があった瞬間に、思わず口走ってしまった。しまったと思ったがもう遅い。
 死人だと言うほどに怯えていた桜の苦しみを、戯言などと言うのが許せなかった。何か言ってやりたい、そう思ってしまったのだ。

「桜が……一の姫が生きているんじゃないかと不安で仕方なかったんだろ? 態々偽の東宮妃の話まで持ち出して、襲わせた程だもんな」

 中宮大夫の瞳がぎろりと睨む。
 不味いと思ったが、それでも喋りだしたら止まらない。

「そんな器の小さい奴が、皇籍復帰出来たところで、帝になんかなれやしねえよ。懸けてもいいぜ」

 刹那のうちに怒りに変じた中宮大夫の表情は、さながら鬼のようにも見える。
 その鋭さと冷たさにぞわりと背筋に悪寒が走り、思わず昂明は後退った。

「このっ……如何様陰陽師が! 貴様のせいで……!」

 階から転がるように走り降り、その下にいた昂明に飛び掛かる。雅もくそもない、まるで野獣のような姿に圧倒され、ただ一人を除いて誰も動けなかった。

「昂明!」

 素早く銀が中宮大夫の懐に入り込むと、中宮大夫の巨体を軽々と投げ飛ばす。そのあまりにも華麗な身のこなしに、周りからどよめきが起こるほどだった。

「今だ、捕らえろ!」

 検非違使別当の呼びかけを合図に、検非違使達が中宮大夫と弾正大弼の二人を取り囲んだ。弾正大弼は観念したのか抵抗はしない。皆が呆然と見守る中、ちらりと輝く君のいる方へ一度だけ振り返り、そのまま検非違使達に連れられて邸を後にした。詳しいことはこの後で明らかにされていくのだろう。

「銀、助かった」
「なに、少しくらいは陰陽師殿の式神として働いておかないとな。……それにしても無茶をする。肝が冷えた」
「考える前に口が動く性分でね」

 言い終え、互いの顔を見て噴き出した。
 ようやく軽口を叩ける余裕も戻ってきたと、お互い安心したのだ。
 そんなやりとりを見守る公卿たちからは「あれが都で一番美しい式神と噂の……」「確かに見事だ、そして美しい……」などという溜め息や声が漏れ聞こえていたとかなんとか。

 検非違使たちが消えた後も、まだ公卿たちは南廂にいるし、頼央や内親王も残っている。公卿達は今しがた起こった出来事が飲み込めず、放心しているだけなのだが昂明は違う。昂明達にはもう一つだけ、やらねばならないことが残されているのだ。
 昂明はゆっくりと南廂に向き直る。

「参議さま。一の姫があなたに申し上げたいことがあるそうです」

 呼ばれた参議――藤原時臣は思わず顔を逸らす。後ろめたいことが沢山あるから、まともに桜の顔も見られないのだろう。
 桜は銀に手を引かれながら参議の前に進み出ると、静かに頭を下げた。

「お久しぶりです、叔父さま。わたくし……知っての通り、恐ろしい者たちに襲われて死んでしまいました。なのに叔父さまは頑なにそれを認めず、そのようなことは一切なかったと仰ったそうですね」

 ぎくり、とぎこちなく参議が体を揺らす。

「――しかも叔父さまはお姉さまの一人をわたくしと偽って東宮妃にしようとしたそうですね」
「ち、違う! あれは……あんな良い話逃す訳にはいかないと思って、ほんの出来心で……!」

 慌てて弁明しようとした参議の言葉。それを見つめる桜の表情は、悲しみを通り越して諦めの顔をしていたようにも見えた。

「そ、それに、私の娘の豊子だって! お前のお陰で死にかけているんだぞ!? だ、だから私を恨むなど筋違いだ!」

 なんて事を言いやがる。一発殴ってやりたいと思ったのだが、すんでのところで思いとどまり昂明は拳を握りしめた。
 銀は桜を抱きしめている。そうでもしなければきっと桜は泣き崩れてしまっただろう。
 桜は肩を震わせながら気丈にも銀の腕を掴み、顔を上げた。
 涙こそ流してはいたが、真っ直ぐな強い瞳で参議のことを見据えている。
 恐らくそれは訣別の――嬰子姫なりの、覚悟の表明だったのだろうと昂明は思った。

「もう良いんです。……ですから叔父さま、さようなら。わたくし二度と、あの邸には戻りません」

 公卿たちが見守る中、静かに桜の声だけが響く。
 やがて桜は、銀と共に暗闇の中に消えていった。
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