ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

文字の大きさ
32 / 69
第四話:ようこそ、おめでとう

4-1:今夜は眠れない(1)

しおりを挟む
 その日は前日の夜から大忙しだった。

「きょっぴー、どれくらいできた?」

「まだ、2メートルくらいです……」

 のぞき込むヴィクターに、僕は今しがた完成したばかりの折り紙の輪飾りを広げてみせる。

「もうそんなに出来たんだ!? ボクなんかまだ1メートルにもなってないよ!」

 自分では遅いと思っていたけれど、ヴィクターの方が進みが遅かったらしい。

「でも、ホール全体を飾り付けるにはまだまだもっと沢山の輪飾りが必要ですよね……」

 僕と、ヴィクターは折り紙を切った短冊の山を見て溜息をつく。
 店に遊びに来た幽霊猫のチロは、そんな僕達を見て「ナァ~オ」と鳴いた。

 駄目だ、全然終わらない。

 というのも、明日は貸し切りパーティーがあるからなのだ。小学生の男の子のお祝いらしい。家族と、親戚と、友達を呼んでの豪華なパーティー。
 せっかくなら飾りつけも頑張ろうと思って、僕とヴィクターで飾りを作っているのだけれど……。

「全然終わらない……」

 ヴィクターがコテンと床に倒れた。なんでもソツなくこなすしっかりもののヴィクターだけど、手先は思いのほか不器用だったらしい。
 そういえば、料理の手伝いをするときもあまり細やかなものは手伝っていない。
 もしかすると、僕と握手したときに腕が落ちたように、あまり細かい作業は得意としない造りの可能性もある。

「えーと、じゃあヴィクターは折り紙で大きな星とか作って下さい! 僕は最低限飾り付けられるところまで輪飾り作りを頑張ります!」

 苦手なことを延々とやってもらうのは酷だろう。
 慌てて僕はヴィクターに別の作業をお願いすることにした。
 本当はアインさんとジェドさん達も手伝ってくれたらと思うけれど、二人も明日の料理の準備をしているから、こればかりはどうしようもない。

 そんなときのエミリオさん……も、実は明日のためのお菓子を作っているらしい。つまり、今頑張る事が出来るのは僕とヴィクターしかいないという訳だ。
 別にここまでしなくても良いんじゃないか、そういう意見も勿論あると思う。……ただ、折角の貸し切り誕生日パーティーならそれに見合う飾りつけで出迎えてあげたいと思った。
 まあ、自分たちの自己満足であることに変わりはないのだけれど。

「二人とも精が出るね」

 厨房から出てきたアインさんが、僕たちの周りに散乱する折り紙飾りをしげしげと見て、感心しながら言った。

「精が出るっていうか、真剣にやらないと終わらないっていうか……」

 アインさんに感心されたものの、実際大ピンチなので僕は苦笑いをする。猫の手も借りたいくらいだけれど、今、傍にいるチロは僕たちの周りをうろちょろするだけで当然手伝える訳もない。なんたって幽霊猫だし。

「大変そうだね。こちらの準備が終わったらすぐに二人の手伝いに駆け付けるよ」

「えっ、いいんですか? アインさんも疲れてるのに……」

 僕たちの作業なんかよりも、アインさん達は明日の為に沢山の料理の準備をしている。それなのに終わったらこっちまで手伝うなんて。
 流石に申し訳ないと思って恐縮してしまった。

「勿論だよ。なんたって可愛いお客様の誕生日パーティーだからね。出来るだけ喜んで貰いたいし」

 笑顔で僕達の脇にしゃがみ込むと、傍に落ちている折り紙の輪飾りを摘まみ上げた。

「懐かしいなあ。前に店でクリスマス会をやった時、子供たちがみんなで作っていたよ」

 このお店でクリスマス会なんかやった事もあったんだ。
 僕の知らない、ビストロ・ノクターン。一体皆はどんな顔をしていたんだろう。どんな料理が出てきたんだろう。
 きっと素敵なクリスマス会だったに違いない。
 その光景を想像して、少し羨ましいと思ってしまう。

「いつか見てみたいです。……僕も。『ビストロ・ノクターン』でのクリスマス会」

 だから、恐る恐るアインさんに言ってみた。
 以前の僕だったら言えなかったかもしれない。でも今なら言っても許されるんじゃないかと、少しだけそう思ったのだ。

「うん。……冬になったらきっとやろう。うちで、クリスマス会をね」

 アインさんは僕の言葉に頷くと、嬉しそうに微笑んだ。
 僕がこのビストロ・ノクターンに来てまだ日も浅い。
 いつか季節が巡り冬が来る頃に、一体僕はどうなっているんだろう。
 今日と変わらない、幸せな日を刻んで行くことができたならどんなに嬉しいか。いや、そうであって欲しい。

 僕の記憶が戻らなくても。
 ここに居ることができるのならば、それだけで充分だ。

「よしっ! 頑張るぞ!」

 アインさんが厨房に戻った後は一段と気合を入れる。

「きょっぴー、凄い気合だね」

 ヴィクターがにこにこしながら僕を見ている。

「えへへ……」

 僕はそんなヴィクターの視線に少し照れながら笑う。
 だってアインさんが太鼓判を押してくれたのだ。きっと明日のお客さんは喜んでくれるに違いない。
 僕は自信を持って折り紙の輪飾り作りに再び取り掛かった。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

潮に閉じ込めたきみの後悔を拭いたい

葉方萌生
ライト文芸
淡路島で暮らす28歳の城島朝香は、友人からの情報で元恋人で俳優の天ヶ瀬翔が島に戻ってきたことを知る。 絶妙にすれ違いながら、再び近づいていく二人だったが、翔はとある秘密を抱えていた。 過去の後悔を拭いたい。 誰しもが抱える悩みにそっと寄り添える恋愛ファンタジーです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...