ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~

銀タ篇

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第四話:ようこそ、おめでとう

4-5:誕生日パーティー

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 それから約束の時間が来るとパーティーの参加者たちは続々と現れた。
 パーティーの主催者が入り口で一人一人の名前を確認してチェックする。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」

 アインさんが丁寧にお辞儀をして入り口で来客を出迎える。僕とヴィクターは、それぞれのテーブルにお客さんたちを案内した。

「うわぁ~~! すごい! お城みたい! お星さまもあるよ!」

 ひときわ大きい声がホールの中に響き渡った。
 今日のパーティーの主役、『ゆうと君』だ。

 祖父母に両手を引かれながら目をキラキラさせて飾りつけされたホールの中を見回している。
 壁に飾られた輪飾りに興味津々の顔で、祖父母が手を緩めた途端に、ダッシュで壁際まで行ってしまった。今は輪飾りのチェーンや壁に貼った星を、穴が開くほど眺めている。

「あらあら、ゆうと君は随分ご機嫌ね」

「うん! だって凄いんだもん! こんな豪華な誕生日初めて!」

 母親らしき人の言葉に、ゆうと君と呼ばれたその子は満面の笑顔で頷く。ゆうと君を見つめる優しいその眼差しを見て、きっとこの子はとても愛されているのだろうと僕は思った。

 それに沢山の友達に囲まれている。みんな笑顔で、ゆうと君と楽しそうに話しているみたいだ。

 素敵だなあ。つい僕まで顔が綻んでしまう。

「気に入っていただけましたでしょうか? うちのスタッフ達が作ったんです」

 喜んで貰えたことが嬉しかったのか、アインさんが会釈してゆうと君に声をかけた。

「これ、お兄ちゃんたちが作ったの?」

「そうだよ。あっちのお兄ちゃんが、君に喜んで欲しいって」

 そう言うと、アインさんは急に僕の方を指差してにこりと笑う。

「へっ!?」

 まさか急に僕の方に話が向けられるとは思ってもいなくて、僕は心臓が止まるほどどぎまぎしてしまった。
 どうしよう。もどうしようもないのでとりあえず愛想笑いだけ返す。

「嬉しい! 有難う、お兄ちゃん!」

 ゆうと君は、僕の方に駆け寄って勢いよくお辞儀をすると、また家族の元へと走っていった。
 僕は緊張のあまり何も言えなくて、ただその一部始終を目で追うだけだ。

「良かったね、きょっぴー」

「ヴぃ、ヴィクター……」

 僕はどんな顔をしていいか分からなくて、変な顔のままヴィクターの方へ振り返る。さながらさび付いたブリキのおもちゃみたいに。

「きょっぴーが一番頑張ったもんね」

「そ、そんなことは、皆だって遅くまでやったし……」

 結局僕だけじゃどうにもならなかったろうし、ヴィクターだって一緒に飾りを作っていたし、他の皆も後から沢山手伝ってくれた。だから僕が一番頑張ったわけでもなくて……。

「顔、緩んでますよ」

 いつの間に現れたのか、ジェドさんが僕の横に来たかと思うと突然頬をつんとつつく。

「うひゃあ」

 ジェドさんの不意打ちに何も出来なくて、思わず僕は変な声を出して頬を抑えてしまった。

「……発起人はきょっぴーだし、諦めないで頑張ったのもきょっぴーなんだから、それでいいんです」

「は、はひ……」

 次にまた不意打ちされないかと涙目で警戒しながら僕は頷く。
 不意打ちなんてジェドさんも人が悪い。

「さ。それじゃ持ち場に行って、よろしくお願いしますよ。エミリオももう来てますから料理の補充は任せちゃって大丈夫です」

「わ、わかりました!」

 いつまでもにやにや油を売っている訳にはいかない。気持ちを切り替えて僕はドリンクとケーキの持ち場に移動した。
 向こうのテーブルに目を向けると誕生日パーティーがそろそろ始まりそうだ。続々皆がこちらに向かって立ち上がる。

 ちらりと向こうの壁際のヴィクターを見ると、ウインクして頷いてくれた。
 ビュッフェの対応なんて初めてだけど、頑張らなきゃ。
 自分を鼓舞するように、僕は握る拳に力を込めた。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 ドリンクの対応も、ケーキの対応も、一時的に食事中だけ忙しくなった以外は暇なものだった。あとは思い思いに時々やってくる人がいる程度。

 それにしても親戚と友達一同集まっての貸し切り誕生日パーティーなんて本当に豪華なものだ。ビストロ・ノクターンは貸し切りの際も追加料金を取っているわけではないけれど、ビュッフェ対応などを考えればやっぱりそれなりに豪華なパーティーなのだろうと思う。

 向こうの席で皆でワイワイと語らっている、幸せそうなゆうと君の笑顔を見ながら、僕は色々な事を考える。

 例えば、自分の子供の頃はどんなだったのだろうか、なんて。

 僕の記憶は徐々に思い出してくなんてこともなくて。時折何かのタイミングで一瞬浮かび上がることもあるけれど、そこから広がっていく気配はない。
 記憶なんかなくてもここで働いていけるのなら、正直それが一番幸せかもと思っている。

 ……それでも、たまに思う事がある。

 僕にも家族は居たんだろうか、こうして誕生日にはお祝いなんかしていたんだろうか。
 もしも家族が居るとしたら、今僕が居なくてその人たちはどういう気持ちなんだろう。心配してくれているんだろうか。
 目の前で幸せそうにお祝いをしている人達の姿を見て、ついそんな事を考えてしまった。

「あの」

「はいっ!」

 呼ばれて僕は慌てて現実の世界へと戻る。

「オレンジジュースお願いします」

 ちょっとおませなピンクのカクテルドレスの可愛い女の子がテーブルの前に立っていた。
 慌てて僕はオレンジジュースを取り出すと、新しいワイングラスに注ぐ。

「お待たせいたしました」

「ありがとう」

 差し出したオレンジジュースを受け取って、女の子はまた皆のもとへと戻っていった。

「ふう……」

 暇だからといって、あんまり考え事ばかりするのもダメだな。
 もっとしっかりしなきゃ。
 再び姿勢を正して僕はテーブルに向き直った。


「頑張るのね」


 突然すぐ近くで声がしたので、僕は慌てて辺りを見回す。
 よく見れば、傍の壁に体を預けるようにして女の人が立っていた。サングラスをかけて赤いお洒落なフォーマルスーツに身を包んでいる。顔ははっきりとは見えないけれど、なんとなく凄く美人のような気がした。

 もしかして、パーティーの参加者だろうか?

「あの、お客様、ですよね?」

 僕の言葉に、女性は少し驚くと「ええ」と言ってにこりと笑った。

「このお店、気に入った?」

 サングラスで目元は隠しているけれど、そう年を重ねている様子もなく……だいたい二十歳そこそこくらいだろうか。
 サングラスの上からわずかに見える眼差しが、とても優しいものに感じられた。

「はい、皆とても良くしてくださってますし。それに、僕はどじだしとろいし、でもそんな僕でもみんな受け入れてくれて。仕事は勿論不安な時もあるけどとてもやりがいがあって、拝み倒してここで働かせて貰って良かったって……」

 そこまで言って、女性の口元が笑っていることに気づく。

「ああっ、す、すみません! 僕余計なことまでべらべらと……」

 聞かれたこと以上に話し過ぎだ、慌てて謝って反省するけどもう遅い。
 女性はさほど気にした風もなく、ただ楽しそうにくすくすと肩を揺らして笑った。

「いいのよ、私が聞いたんだから。……とても幸せそうで安心したわ」

「え?」

 僕は何か言おうと思って言葉を探す。
 けれど、僕が一瞬視線を彷徨わせた間に女性は何処かに行ってしまった。
 実は幻でも見たんじゃ無いかとつい思ってしまいそうになる。

「今の人、何だったんだろう……」

 不思議と悪い人だとは思わなかった。
 優しそうな人だったと、僕はそう思った。



 その後、赤いスーツの女性は再び現れることはなく……ゆうと君の誕生日パーティーは大盛況のうちに終了した。

 終わるまでの間にエミリオさんはホールを何往復もしたし、パーティーの人数の以上には忙しかったと思う。
 きっと料理が美味しかったからだろうと思うと、忙しさも大変さも嬉しさへと変わる。

 ゆうと君は料理は勿論、僕達が用意した飾りつけの数々を本当に気に入ってくれて、「あの飾り欲しい!」と言ってお父さんお母さん達を困らせてしまった。
 あれは今日のパーティーの為に作ったものだし、そこまで喜んでもらえるなら有難いことこの上ない。

 僕たちは皆で相談して、好きなものをゆうと君に持って帰って貰いたいと伝えると、飛び跳ねて大喜びしてくれた。実際、ここまで喜んでもらえたら僕達も徹夜して飾りつけを作ったかいがあるというものだ。

 夕日を背に、両手いっぱいに輪飾りと折り紙で折った飾りの数々を抱えて去っていくゆうと君の後ろ姿。僕の心の中に、忘れられない思い出の一つとして焼き付いた。

「頑張ったね、きょっぴー」

 ゆうと君の残像を未だ見つめていた僕に、アインさんが声をかけてくれた。

「いえ、僕は準備を頑張っただけですし。それに皆が手伝ってくれたから……」

「ほらまた言ってる。素直に有難うでいいんですよ」

 ジェドさんがまた僕の頬をつんと触る。

「うひゃあああ、やめてくださいっ」

 慌てて僕はその場から飛び退って、ヴィクターの陰に隠れた。
 そんな僕を、ヴィクターは困ったような顔のまま笑っている。

「今日の仕事も含めて、店長は頑張ったねって言ったんだよ」

 それこそ、みんな頑張ったんだから別に僕が特別頑張ったわけじゃない。
 正直贔屓目に見ても一人前まではまだまだだ。

「いやでも……」

 言いかけた僕の言葉を遮るようにアインさんが大きく手を叩く。

「さ、それじゃあ片づけして次の段取り始めようか!」

「え?」

「せやな! 派手にいくで!」

 エミリオさんが声高らかに宣言すると一斉に皆がてきぱきと動き始めた。

 次の、段取り……?
 僕、何も聞いていないんだけど……。

 戸惑う僕をよそに、みんな「おーーっ!」と叫ぶ。
 一体これから、何が始まるんだろう。
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